アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

エピローグ② 反省会

 そこは真っ白で無機質な空間だった。
「あむっ。むぐむぐむぐむぐ……────んぐっ」
 部屋の至る所に地上を切り取った映像が浮かぶ奇妙な一室。 無機質な空間にまるで似合わない炬燵に彼女は両足をうずめながら、星形に剥いた蜜柑の中身を口へと運んだ。
「ん~~~~~っ……甘酸っぱい! この季節はやっぱり、懐かしき冬の風物詩に限るね」
 感情豊かに最後の一切れを味わうと、残されたゴミをポイッと亜空間へ投げ捨てた。 そして、
「ようこそ。神々の住む理想郷──アルカディアへ」
 誰に言うでもなく両手を広げるとすました顔で彼女はそう切り出す。 銀糸で編まれた奇妙な衣装。 人であれば十五、六の若い外見。 そして人の子とは思えない佇まい。
「それでは、運命の女神ちゃんの~~~、はーんせーいかーーーーーい♪」
 気の抜けた声で司会をしながら孤独にパチパチパチと両手を叩いた。 しかし部屋に居るのは女神ただ一人。 故に彼女に反応する神も天使も人間も誰一人としておらず、なんともうら寂しい光景がそこには広がっていた。
「さて。今回、我は東堂藤四郎という男の運命に介入した。失敗続きにもかかわらず平然とまともに生きていられるあの男に退屈を覚えた我は一人のリスナーとして運命の流れを変えさせてもらった。具体的には並行世界に存在する異物を混入させることによって。ところが結果から言えば彼は今も普通に退屈な人生を生きている。いやそれどころか今まで以上に人生を楽しんでいるじゃあないか。
「という訳で本日のお題は『なぜ東堂藤四郎はクリーチャーに勝てたのか』だ。
「宿命づけられた失敗の運命の元に生まれながら、超レベル錬金術師アルミちゃんという不確定要素がありながら、自分勝手なアパートの住人によって被害を広げられながら、人とは一線を画す力を備えたモンスターを相手にしながら、五十を優に上回る大多数の敵に対して実質二人だけで挑みながら、自分を模倣した上位互換の人外を相手にしながら、なぜ彼は勝利を手にする事が出来たのか。
「それを分析することは介入が結果的に失敗した理由を突き止めることに繋がるだろうからね。是非ともそれをこれから全二十話に渡って協議していこう──と言いたいところだが、残念ならどうやらそこまでの尺は用意できないらしい。よって疑問に対して順番に回答を並べるだけに留めよう。
「まずは彼の運命について。東堂藤四郎は二十八年間の短い人生の間に自らの失敗を自覚し、そして意外にも周囲の人間との違いに気付いていた。だが彼はその違いを悲観する事無くあくまでも個性という形で認めていた。これには彼の周りの人間たちもまた同じように認めていたのが大きいだろう。だからこそ彼は失敗続きの自分に嫌気がさして人生を放り投げる事もなく、自分と向き合って失敗を積み重ねれたに違いない。
「そしてだからこそなのだろう。不確定要素のアルミちゃんが加わっても彼は動じることはなかった。いやそれどころか互いにとって良い影響をもたらす事となる。例えばアルミちゃんの成長については東堂藤四郎によるところが大きいだろう。全ての失敗を『大丈夫』の一言で許してしまう彼の寛容さと戦闘において自分をサポートしてくれる懸命さが彼女を安心させ成功率を上げている。現に語られてはいないが彼がいない場合の成功率は見るも無残な結果だったよ。
「不確定要素はそれだけではない。不幸にも彼は大谷燈子という存在がアルミちゃんに関わることで私物をクリーチャーに変えられてしまったのだが、彼は人一倍失敗に寛容な男であった。むしろ無職の彼に街のヒーローという役割を与えた結果、逆にモチベーションアップに繋がっているので全く問題にならない。
「さて人外生物クリーチャーとの戦闘については知っての通り語るべきところが無いのだが、念のため触れておこう。彼らは元々、アルミちゃんの世界では錬金術における失敗作という位置づけだ。つまりは元より欠陥品。確かにクリーチャーによっては強力な力を持っていたようだが彼らを良く知る錬金術師にしてみればさほど問題がある相手ではない。
「では大多数のクリーチャーを相手にしてなぜ勝てたのか。これはアルミちゃんが当時危機感を抱いていた通り、本来の錬金術師は一対多を想定していないようだ。勿論彼女が終盤で使い始めた強力な技でならその懸念も無視できるだろう。だが使ってしまえば動けなくなる大技を安易に使うことはできない。そこで彼らがとった作戦は一撃離脱ヒットアンドアウェイ、奇襲、闇討ち、遊撃戦ゲリラ。強者のとる行動ではなく弱者が強いられる手段。最初の一撃離脱戦法はともかく、どれも敵の数を削ぐには比較的有効だ。特に統率を失った敵に地の利を生かした結果は、本編を読まれた読者様には言うまでもないことだろう。
「そして東堂藤四郎の対上位互換戦だが、これについては気付いた読者もいるだろうがあえて言わせてもらおう。アホか、と。人間は決して少なくない失敗を積み重ねることによって最適化され生きていく、言うなれば環境適応生物だ。削れた以上に皮は分厚くなり、折れた数だけ骨が太く修復される様に。失敗を知る人間は知らない人間よりも打たれ強いのは一般常識と言ってもいい。そして東堂藤四郎から失敗を捨ててステータスを上乗せしただけのクリーチャーはそもそも失敗を理解できないし、失敗から学ぶことを知らないのだ。短時間で心が折れるような主人公ならいざ知らず、東堂藤四郎を倒すのは万に一つもなかっただろう。
「つまり端的にまとめれば、クリーチャーは強いが、アルミちゃんは彼に対してのみ強く。東堂藤四郎は弱いが、彼の偽物は打たれ弱い。
「何とも退屈な結論、という訳だ。
 と、そこまで言い切って女神は湯飲みに入れられた緑茶を口にした。 ずずっという音と共に茶柱の浮かぶ水面が僅かに波打つ。
「ではここからは更に余計な思考時間シンキングタイム、どうすれば東堂藤四郎達を打ち破れるか。答えは簡単さ。人間の身でどうこうできない不幸を与えてしまえばいい。主人公にどうしようもない力を作者かみさまが加えてやればいい。例えば彼をちょいと摘まみ上げて他の異世界に一人放り投げる。モンスターが世界を闊歩するような無秩序な世界がいい。すると翌日には彼もモンスターの胃の中でぐっすりだろう。あるいはミュータント達が蠢く異界の果てに送り込むか。目が覚めた時には全身がバラバラにされて臓器単位で競売に掛けられているかもしれない。あるいはもっと手っ取り早くどこぞの国家のミサイルを彼の住む町に飛ばしてみるとか。しかしそれだと彼の阿鼻叫喚を見る間もなく死んでしまうだろう────
「さて、次はどんな風にして遊ぼうか……」
 そう呟くと、運命の神様は彼にとって良からぬことを企みながら一人ほくそ笑むのだった。

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