アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

真の失敗者

 藤四郎の一撃と共に苛烈な攻防がようやく鳴りを潜め始めた。 しかし本当の静寂が訪れることはなく、ひゅうと涼風が吹き抜け、川は静かにせせらぎ、時折橋の上をエンジン音が通り抜ける。 高架下には日常の音色だけがどこか寂し気に聞こえていた。
「花凛ちゃんを放して大人しく降参しろ」「…………」
 衣服も身体も傷だらけの藤四郎が毅然として言い放ち、殆ど無傷のクリーチャーが無言で地面の上に醜態を晒す。 傍から見ればちぐはぐな光景がそこにはあった。
「それとも、まだやるのか?」
 そう言って藤四郎が慎重に拳を構える。 油断も疲労も焦りもない。 もう一戦交えれるだけの余裕を彼は全身で見せつけていた。
「さて、どうしようか? 私は見ての通りほぼ無傷、こっちには人質もいる」
 継続の意思を言外に滲ませながらクリーチャーは無言で片手を掲げだす。 こちらはいつでも花凛を縛り付ける鎖を操作できるぞと匂わせている事に藤四郎が気付くと、
「っ、花凛ちゃんには手を出すな……!」「ふっ……」
 言葉でしか制止しようとしない藤四郎を嘲笑うと、クリーチャーは黙ってそのままパチンと指を鳴らした。 すると、花凛の周囲に異変が起きる。
「このっ……!」
 拘束していた鎖がガラスの様にその場で粉々に砕け散りだしたのだ。 予想外の結果に唖然とする藤四郎。
「……鎖が──」
 視線をクリーチャーに戻してみれば先程までの冷笑が跡形もなく消え去り、両手を上げて諦め顔を浮かべていた。
「降参だよ、降参。認めよう、確かに君こそが東堂藤四郎だ」
 同時に一陣の風が藤四郎に向かって吹きつける。 まるでクリーチャーがこの勝利を祝っているかのように、散った鎖が紙吹雪の如くパラパラと藤四郎の周辺に舞い散りだす。
「トーシロー……!」
 と、聞き慣れた声を耳が拾って藤四郎はようやく我に返る。 振り向いた瞬間、アルミが泣いて喜びながら駆け寄るとそのまま抱き着いた。 藤四郎もその場でしゃがんで彼女に応えた。
「アルミちゃん……」「良かった……本当に良かったのですぅ! わたし……ト、トーシローが、カリンが、どうにかなるんじゃないかって……」「大丈夫だって、言ったばかりじゃないか……」「ふぇえええええええええええええええええええええええええええっ!!!」「おおよしよし……」
 溢れ出した涙が止まらないアルミを胸に抱き締めると、藤四郎は苦笑しながら頭を優しくさすった。 するとやる気のない拍手がクリーチャーの方から聞こえだす。 ふと見れば体を起こして自分達の様子を詰まらなそうに見ている。
「まずはおめでとう、とでも言っておこうか?」
 藤四郎はその言葉を無視して花凛へと歩み寄り、
「……花凛ちゃんは無事なんだろうな」
 見た所出血はない。 怪我をしている様子もなく、今は穏やかな表情で浅い呼吸を繰り返している。
「ちょっと眠ってもらっただけだ。明日の朝には目を覚ますだろう」「……分かった。花凛ちゃん、ちょっと失礼するよっ……と」
 そう言って藤四郎は器用に一人で彼女を背負った。 後で本人に怒られるだろうがこの状況では致し方ないだろう。
「それで、君はこれからどうするつもりだ?」
 ふとクリーチャーは問いかけた。 自分の最後を達観したように平然として二人の動向を横目で追っている。
「どうするって?」「私の処遇だよ」
 クリーチャーは呆れた声と共に溜息を吐き出す。
「クリーチャーである以上、錬金術師であるアルミちゃんや君が生かしておく理由はないだろう。煮るなり焼くなり破くなり燃やすなり、何なりと好きにしてくれ」
 何せ友人を拉致して、本人に数えきれない暴行を加えた犯人。 重罪だ。簡単に許されるものではないだろう。 しかしその答えは耳を疑うような言葉だった。
「その要望には聞けないよ」「何……? じゃあ一体……」
 意図が読めないと眉をひそめたクリーチャーをよそに藤四郎は、
「アルミちゃん」「はいなのですっ」「こいつを元の姿に戻して欲しい」「ふぇ……? いいのですか?」「うん、いいんだ」「分かったのですっ」
 アルミは元気よく返事をするとれんじくんを呼び寄せて準備を始める。
「元の姿に……?」「僕は君を使ってもう一度面接を受けに行くことにするよ。元々そのために君は生まれたんだからね」
 成程、とクリーチャーは納得するだけでなく、むしろそれ以上に呆れながら思い出し笑いをしていた。
「そういえば東堂藤四郎という男は、そういう諦めの悪い男だったよ」「そうだよ。何回失敗しても成功するまで挑戦するのが東堂藤四郎ぼくだよ」「敵ながら祈っておくよ。次こそ仕事が決まるようにね」
 そう言ってクリーチャーは右手を差し出した。 今度は殴り合うためではなく分かり合うためのそれ。
「ああ、ありがとう」
 固く握り返す藤四郎。 そしてアルミちゃんがれんじくんを動かすと、彼はこの世からいなくなった。 代わりに残された履歴書の写真では、彼は不思議と凛々しくどこか吹っ切れた表情をしていた。
『よお、終わったか?』「はい、今度こそ僕らが生み出した全てのクリーチャーを回収しました」『お疲れさん。じゃあ失敗尽くしのお前にも今度こそ成功が訪れたって訳か』「いいえ、また失敗ですよ」『あ? どうしてだよ?』「実はなくしたと思ってた履歴書を見つけちゃいまして。どこか受けようと思うんです」『それのどこが失敗なんだよ』「履歴書ですら逃げ出すような面接ですよ。そんな面接に行かなきゃならないなんて、大失敗ですよ」
 そう自虐的に答えながら、藤四郎は新たな失敗を積み上げる。 別に自分の進む道半ばに成功がなくったっていい。 これまでに出会ってきた幾つもの失敗こそが自分を育てたのだから。 辿り着いた最後の景色にただ一つの成功と幸せさえあれば──
「じゃあ帰ろっか」「はいなのですっ」
 そしてようやくと言うべきか、遂にと言うべきか。 藤四郎とアルミの二週間に渡るクリーチャーとの戦いに終止符が打たれた。 二人の住むこの街に、当たり前の平和が戻ってきたのであった。

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