アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

失敗VS失敗

「フッフッフ……ハァアアアアアア────ッハッハッハッハァアアアアアアッッッ!!! 弱い、弱い、弱い! 弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い!!!!!!! 弱すぎるぞ東堂藤四郎ッッッ!!!」「うっ……ぐっ、があぁっ……!」
 連打。 火の出るようなクリーチャーの猛打ラッシュ連続攻撃コンビネーション。 その圧倒的な強さを全身に受けて文字通り手も足も出ない藤四郎。 しかし苦痛に顔を歪めながらも防御姿勢だけは崩さず、必死になって敵の猛攻に耐えていた。 だが、
「甘いんだよ、そのガードがッ!」「がっ……!」
 左右の連打を受けて怯んだ所への不意打ちの回し蹴り。 側頭部へ打ち込まれた一撃により藤四郎はあえなく吹き飛んで転がっていく。
「……っと危ない危ない」
 足場の悪い戦場に思わずバランスを崩しかけたクリーチャー。 しかしそこは上位互換、倒れて隙を見せる事なく平常心。 振り抜いた蹴りもこの足場の所為で力が分散していただろうが、それでも頭に食らえば脳震盪は確実だろう。
「ッチ……」
 小癪な、とクリーチャーが忌々しそうに舌打ちする先で、既に藤四郎が地面に両手を突いて起き上がろうとしていた。
(回し蹴りの直前、両腕のガードが間に合ってたか……)
 だが反射的にではない。 まるでどこから攻撃が来るか事前に分かっていたかのようなスムーズな動きだった。 見せつけられてはクリーチャーの脳裏に嫌でも疑念がよぎってしまう。
(あいつの目が慣れたのか、私の動きが鈍ったのか……あるいは──)
 自分が誘われて、あえて攻撃を受けたのか。 現に回し蹴りを受けて派手に転がった所為で、二人の間には五メートルもの距離が空いていた。 それは藤四郎に休む時間を与えている事になる。 そして忌々しいのはそれだけじゃない。
「まだだ、まだ終わってない……!」「クソッ……」
 二人が拳を交わし始めてから既に十分が経過しようとしている。 その間、クリーチャーは東堂藤四郎の上位互換として当然の如く歯向かってくる目の前の男を終始凌駕していた。
(私は上位互換……この失敗作に勝てて当然だ)
 にもかかわらずだ。 クリーチャーの裏拳を鳩尾にめり込まされ、
「がはっ…………」
 肺に詰まった息を全て吐き出した藤四郎は、地面に膝を付きながらも再び立ち上がろうとしていた。
「何故だ……」
 足取りがおぼつかない相手を正面から蹴り飛ばしながらクリーチャーは問う。 そして何十と繰り返された攻防と同様に、当然の如く・・・・・起き上がる藤四郎。 この河川敷で繰り広げられた死闘の全てがまるで下手な脚本の茶番劇と言わんばかりに、彼は幾ら傷付いてもどれだけ倒れても──
「何故まだ立ち上がれるんだッ……!」
 クリーチャーは叫び問いかけた。 得体の知れない敵から感じた畏怖を跳ねのけるための防衛本能とは知らずに。
「……何度殴られようとも、何度蹴られようとも……この程度の失敗なんて、全然大したことないから……だ」「何……?」
 それは誰がどう見ても強がりにしか見えない言葉だった。 何せ最早数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに目の前のクリーチャーに負けて何度も地面に突っ伏しているのだ。 仮にどちらが優勢かと第三者に問えば、迷わず一目瞭然と答えるだろう。 それはこの場に居て藤四郎の味方であるアルミも同じだった。 無傷のクリーチャーと、手負いの藤四郎。 どう贔屓目に見てもクリーチャーが優勢なのは間違いない。 そもそも比較することすらおこがましい程に、傍観しているだけで痛々しい程に、藤四郎は惨めな姿をしていたのだから。
「これが……この既に勝敗が決したと言っても可笑しくないこの状況が! 大したことがない、だって……?」
 なんて無様で見苦しい冗談だ、と思わずクリーチャーは余裕の冷笑を浮かべた。 子供でももっとまともな詭弁を言うに違いない。 あるいは今にも気を失いそうな苦痛の中で、最後に仲間の前で格好つけておきたかったのかもしれない。 そう一笑するクリーチャーに藤四郎は平然と答える。
「ああそうだ……お前の拳なんて燈子さんの鉄拳に比べれば痛くも痒くもない。アルミちゃんが傍にいるだけでいつだって心強いし、辛くなったら綴ちゃんが慰めてくれる。家に帰れば花凛ちゃんの温かいご飯が待っていて、どれだけ失敗しても明日からまたやり直せるんだ」
 一見して強がっているだけの言葉。 だが彼の表情を見た瞬間、クリーチャーの笑みが消えた。
「……この程度の失敗がなんだ、この程度の痛みがなんだ……今まで舐めてきた辛酸と味わってきた屈辱に比べれば全っ然、大したことがないんだよっ!」
 この一方的な状況で、未だにへらへら笑うだけの余裕を残している事実が。 下位互換の癖にまるで負ける訳がないと言いたげな負け惜しみの理屈が。 理解できないクリーチャーじぶんを小馬鹿にしているようだと癪に障り、クリーチャーは猛然と飛び出していた。
「もういい! いい加減終わらせて────」
 それは偶然、戦闘が始まって初めて駆け出した所為か。 あるいは必然、挑発に乗って感情が高ぶった所為か。
「なっ……!」
 勢い良く走り出した三歩目の着地が、不規則に乱された砂利を踏み込んだ途端に地面が沈み込んでクリーチャーの体勢を崩した。
(こいつ、わざと蹴り飛ばされて──)
 慌ててもう片方の足を地面に着けるよりも先に藤四郎は倒れ込む彼の懐に潜り込むと、顎に右拳を合わせた。
「その失敗を待っていた」
 呟き、渾身の力で拳を突き上げる。 斜めに倒れかけていたはずのクリーチャーの全身が刹那、空中で仰け反った。
「二つだけ、言い忘れていた事がある。一つは当然、履歴書には僕が知り尽くした失敗が一文字たりとも刻まれていなかっただろう、という事」
 藤四郎は砂利をまき散らして背中から落下した偽物を見下ろしながら言う。
「二つ目は、お前がこれから思い知る敗因……お前の敗因は、たったひとつ。たったひとつの単純シンプルな答えだ……」
 脳を揺さぶる本物の一撃を受けてクリーチャーは茫然と彼を見上げた。 自分と瓜二つで。 しかし自分よりも失敗ばかりで。 なのに上位互換のはずの自分をも打ち倒した本物の東堂藤四郎を。
「『お前みたいな薄っぺらい偽物に、本物が負けるはずがない』」

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