アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

曇り空

 クリーチャー連合の撃破という快挙を上げてから数日後。 二人が運命の出会いを果たしてから実に二週間が経過しようとしていた。 昼下がり。藤四郎とアルミはクリーチャー退治が終わってからも続けていた日課の散歩から戻ると、
「あ。トーコなのです」「あ、ほんとだ」
 アパートの掲示板の前で何やら作業している燈子を見かけたのだった。
「よし……っと」「何してるんですか、燈子さん?」「ああ? はっはっはー、何してるって……お前が言い出したんだろうがっ!」
 燈子はさりげなく近づいて肩を組むと、そのまま藤四郎の首に腕を回して華麗にスリーパーホールドを決めた。
「これでもコレ作るのに結構時間かかってんだぞープータロー」「ちょ、まっ、当たっ、がぁっ! ギブギブギブギブギブギブギブ──ッ!」
 年頃の女性と密着。男なら誰しもが喜ぶ嬉し恥ずかしイベントなのかもしれないが当人にしてみれば実際に命の危険を感じてしまうので嬉しい訳がなかった。 燈子は胸元で必死にタップしてる友人を無視しつつそのまま掲示板の前に引きずりだした。
「ほら、これ見ろ」「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……な、何がっすか」「チラシだよチラシ」「チラシぃ……?」
 顔を赤くしながら見上げると、確かにテンプレ感満載のチラシが画鋲で留められていた。 そのタイトルは、
「お花見会……?」「おおよ。お前が最初に言い出したんだろう?」
 言われてようやく、ああと藤四郎の断片的な記憶が蘇りだす。
『いいですね。そうだ、花見なんかどうですか?』
『プータローにしてはなかなか粋な提案じゃねえかっ! アパートの連中集めて花見っていうのも管理人の仕事として悪くねえかもな』
 バイトの面接に行く直前だっただろうか。 確かにそんな会話をしていた覚えがあった。
「そういえばそんな事も言いましたっけ……アルミちゃんが来て、クリーチャーが現れて……ドタバタしてたんで、つい」「おいおい忘れんなよなあ、あたしに仕事押し付けておいて、っさあ!」「痛っ、痛いっすよ」「へっ、忘れてた罰だっつーの」
 痛烈かつ一方的なスキンシップを仲睦まじくし合う二人を見上げながら、アルミは小首を傾げて呟いた。
「おはなみ……?」「そっ、お花見」「日本の春の風物詩だよ。ほら、アパートの裏に桜の樹が一本あるでしょ」「あっ、ピンク色の綺麗な花びらの樹なのですっ」
 ぱあっと笑顔を咲かせるアルミにそうそうと相槌。
「んーで、その桜の花を愛でながら、旨いもん食って旨い酒飲んで、どんちゃん騒ぎすんのが花見なんだよ」
 そう聞くとアルミは拳を握ってわなわなと打ち震えた。
「おおおおっ!!!」「開催は明日の土曜の昼。食べもんは各自持ち寄りだけど、当アパートの名シェフであらせる花凛のフルコースも振舞われる予定だ」「すごいのですっすごいのですっ!!」「へえ……花凛ちゃん、朝はそんな風に見えなかったのに……」
 今朝も藤四郎は花凛から朝食を頂いていたが、そんな話題が上がる事も準備に追われている様子もなかった。
「いや、まだ言ってねえよ?」「はい?」
 思わず聞き返した。
「決めたのがさっきだからなー。まっ、花凛には学校から帰ってきた時に予算渡すついでに言うつもりだし、別に良いかと思って」
 この女、鬼か。 前日の夕方にいきなり言い渡されて急きょ買い物と仕込みをする事になる花凛。 余りにも不憫で内心荷物持ちを手伝おうと決意する藤四郎だった。
「ま、まあ、花凛ちゃんなら燈子さんの頼みをむげに断ったりはしないでしょうけど……しかしいきなりですね」「フッ……ちょっと臨時収入が入ってな……」
 燈子は含みを持たせた言い回しをしつつ、くいっくいっとノブを回すようなジェスチャーでその金の出所を伝えてきた。 どれだけ格好良く見せても格好つかない。 藤四郎は思わず呆れずにはいられなかった。
「また行ってきたんですか……」「勝ったんだからいいだろ? なんならプータローも今度一緒に行こうぜ」「勘弁してくださいよっ」
 道連れを逃がすまいと伸ばした腕を今度はするり躱される。
「ありゃっ?」
 大家の娘である燈子は一人暮らしと言っても家賃はタダ。 実質実家住まいで仕事も金も親に甘やかされている彼女と違って藤四郎にそんな金銭的余裕はないのだ。 それに無収入の無職にとってそんな趣味は危険すぎる。
「っちえ、つれねーの。あ、そうだアルミ」「なのです?」「まさかそんな子供まで誘うつもりですか……?」「ちげーよ!」
 節操なしの烙印を苦笑して否定しつつ燈子は続けて、
「そのお花見。主役はアルミだからな」「ええっ!?」「当然だろ? お前の歓迎会と、あとクリーチャー退治の打ち上げも兼ねてるんだ。遅刻厳禁だからな?」「はいなのです! むふーっ」
 まあ主役だからと言って特にやる事はないと思うけど、と気合を入れるアルミを暖かい目で見つめる藤四郎と燈子だった。 ただ気がかりは、
「明日、雨降らないといいですけどね……」「あー。朝も晴れてたし、予報じゃ今日明日は晴れるって話だったんだけどなあ……」
 二人して空を見上げると、どんよりとした薄暗い曇り空がまるで何かの予兆を告げているかのように広がっていた。 そして同時に藤四郎は新たな失敗をひしひしと予感するのだった。

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