アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

失敗を乗り越えた先

 鈍い衝撃音が響いた。 藤四郎はアルミを守る様に胸に抱くと、砂煙を巻き上げながら横に吹っ飛んで園内を転がった。 やがて静止して、束の間の静寂が公園に訪れた。
「トーシロー……? トーシローっ……!」
 アルミが藤四郎の服を掴み、体をゆすって涙目で呼び掛ける。 数秒後、呻くような声と共にその瞼がうっすらと開き始めた。
「……大丈夫だよ、アルミちゃん……」
 藤四郎は力のない掠れた声で答える。 回復した意識に安心して気が緩んだのか彼の胸の中で嗚咽を繰り返した。
「良かったのです……」「ごめんね、心配かけて……」
 呟いて地面に手をつくと、よろけながらも自力で立ち上がろうと試みる。
「っ……トーシロー、無茶は駄目なのですっ……」
 公園の中だったのが幸いした。砂場や土が緩衝剤となったおかげで派手に吹っ飛んだ割にダメージは少ない。  アスファルトならこうはいかないだろう。
「なあに……これくらいの失敗、なんてことないさ……」
 お互いの無事を確認し合う二人をよそに、クリーチャーは白けた顔で自分の尻尾を手繰り寄せる。
「ッチ……今ので外れちまったぶひ」「トーシローによくも……」「何ぶひ?」「絶対に……許さないのですっ!」
 声に怒りをにじませ、燃えるような苛烈な瞳でクリーチャーを睨みつけた。
「れんじくん! 『出力強化レイズ・オブ・七〇〇セブンハンドレット』!」「ぶひっ……?」
 その声を合図にれんじくんは虹色の光に包まれた。 旧式の外観を再構築、一新された金属光沢メタルカラーの大型電子レンジへと変貌を遂げた。
「フン……何かと思えばちょーっと新型に買い替えただけじゃないかぶひ。悪いけど十分楽しめたし、我はもうアジトに帰るぶひ」
 公園の端から端まで離れているのだ、容易に逃げられるだろう。 そう打算したクリーチャーが悠々と振り返り背を向けた瞬間、
「やっちゃえれんじくん!」「ぶひ?」
 アルミが指示を出すと、れんじくんは下開き式の扉を開口させた。 何かと思って振り返ったクリーチャーを遠距離から強引に吸引し始めたのだ。
「ぶひ? ……ぶひィイイイイイ!?」
 想像以上の力にクリーチャーは混乱しだす。 本来は仕留めたクリーチャーを吸い込むための補助的な能力のはずだ。 無傷の自分をこれだけ離れていて吸い込めるはずがない。 そう思っていた。そう思い込んでいた。
「何ぶひ?! この底知れない力は!」
 地面に蹄を突き立てて踏ん張り、尻尾のケーブルをベンチに巻き付け。 可能な限りの手段でもって抵抗するクリーチャー。 だがまるであの電子レンジから竜巻でも発生しているかの如き風圧に、じりじりとその体が吸い寄せられていた。 そしてやがて、
「ぶひ? ぶひ? ぶひ?」
 その図体が浮いた。 必死に地面を蹴ろうと足を回転させるも空しく空を切るばかり。 最早頼みの綱は自分をベンチに繋ぎとめるケーブルのみ──
「モノの癖に人間様に逆らった罪……そして、トーシローを傷つけた罪を償うのですっっ!!!」
 更に勢いを増した風圧に、終ぞ繋ぎ止めた先が根負けした。 ベンチは何やらぎしぎしと悲鳴を上げだすと地面との接点を一つ二つと減らしていき、最終的にその全身が宙に放り出される。
「こんなの聞いてないブヒィイイイイイイイ!!!!!」
 そしてクリーチャーは哀れな鳴き声を残し、ベンチごと電子レンジに吸い込まれていった。
「終わった……のか?」「……はい、なのですっ……」
 アルミは疲れ果てた声を吐き出して、その場にへたり込んだ。 同時にれんじくんも元の姿を取り戻す。
「ア、アルミちゃん大丈夫?!」「えへへ……。ちょっとだけ、疲れちゃったのです……」「もう無茶しちゃって……」「トーシロー、それはお互い様なのです」
 言われて自分の格好を改めて見直すと、公園を転がり回った所為で服がすっかりボロボロだった。
「似た者同士、だね……」「そうなのですっ、似た者同士なのですっ」
 どちらも失敗ばかりで、どちらもヘトヘトだ。 精一杯の笑顔を見せるアルミに、藤四郎も笑って答えた。 無事にクリーチャーを元のコントローラーの姿に戻し、ベンチを設置された場所に建て直すと、二人は公園を後にした。
 帰り道。 藤四郎の背中に背負られたアルミが何気なく呟き始めた。
「また失敗しちゃったのです……」「僕も、また失敗しちゃったよ」「次は失敗して、トーシローに迷惑掛けたくないのです……」「僕も、アルミちゃんに心配掛けさせたくないなあ」「どうすればいいのです?」「うーん……そうだ。アルミちゃんにぴったりな魔法の言葉があるよ」「魔法の言葉っ!?」
 繰り返す言葉の声音に、恐らく目を輝かせているのだろうと藤四郎は想像する。
「どんな言葉なのですか!?」「『失敗は成功の母』」「どういう意味なのです?」「もしも失敗しても、なんで失敗したのか考えて、少しずつでいいから駄目な所を直していけば、いつかは成功するっていう意味」「アルミも成功するのですか?」「もちろん」「トーシローも成功するのですか?」「とーぜん」「凄いのですっ!」
 急に背中の上ではしゃぎだして思わず落っことしそうになる。 あれだけヘロヘロになっていたアルミのこの喜びよう。まさに魔法の言葉だ。
「失敗が成功のお母さんなら、きっとトーシローはアルミのお母さんなのですよ!」「えー?」「アルミに膝枕してくれて、アルミのことを守ってくれて、アルミにいっぱい色んなことを教えてくれる……だからトーシローはアルミの母なのですっ」「僕、男なんだけどなあ……」「それで、トーコがお父さんなのですっ」「あー……それは燈子さんには言わないでね?」「なんでなのです?」
 肩越しにキョトンとした顔を見せるアルミ。
「なんでも」「なーんでなのですー?」「なーんでも」「ちゃんと教えて欲しいのですー」
 それから二人はまるで親子の様な影法師を作りながら、くだらない事を言い合ってふざけ合って、アパートまで笑い続けた。 それは束の間の日常なのだろう。それを理解していながらも、藤四郎はこの平穏がいつまでも続けばいいのにと願うのだった。

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