銃と剣の演舞

切々琢磨

第八話

 巨人を倒したという吉報を聞き、傭兵たちの歓喜の雄叫びが空気を震わせる。切り札を失った魔族らは完全に取り乱し、優劣が一気に逆転した。猛犬のように喚きながら切り捨てていく傭兵に対し、魔族は仲間を盾にして後退していく。

「まるで人形を相手にしているようだな! さっきまでの威勢はどうした!」
「カール。お前動けるじゃないか」

 彼らの活躍を見て戦線を離脱していた銃兵も戻ってくる。これを増援と勘違いした魔族の左翼部隊は士気崩壊を起こし武器を捨て逃げていった。

「よし、中央の援護をするぞ!」

 銃兵を先頭に隊列を組み直すと、中央の部隊と戦っている魔族に掃射を行う。突然横から銃弾を浴びせられ中央の魔族たちは混乱するが逃げる様子はない。士気はまだまだ健在のようだ。

「射撃辞め! 突撃するぞ!」
「いや待て」

 ジークフリートが背後から声をかけてくる。彼はまさに満身創痍と言った感じで、鎧は剥がれ腕からは血が流れ出ていたが、その獲物を射抜くような目は今でも健全だった。

「ここで逃したらまた追うことになる。今度は勝てるかわからない、ここで殲滅するぞ」
「包囲する気か? でもどうやって……」
「左翼の戦線を広げろ。俺は右翼を指揮する。お前らは騎兵隊を率いて背後に回れ」

 ジークフリートは部下に連れ添われ、馬に乗ると右翼に駆けて行った。
 カミールは改めて状況を確認する。現在左翼はこちらが優位に立っているが、中央と右翼は一進一退の攻防が続いているようだ。

「カール。俺達が位置についたら白兵戦を仕掛けてくれ。だが敵中央の背後は開けておくように」
「おうよ!」

 カミールは馬にまたがると騎兵隊を率いて中央の後方に回り込む。位置につき、それを確認したカールは傭兵に指示を出し、彼らは銃兵と共に中央の魔族に向けて一斉に突撃していく。

「穴を塞げ! 一匹たりとも逃がすな!」

 騎兵隊は徐々に包囲の輪を狭くしていき、逃げようとするゴブリンを彼らにとって巨大な存在である馬で威圧し、怯んだ隙に槍で貫いていく。追い詰められた魔族が馬鹿力を発揮するのではないかと気が気でなかったが、騎兵同士に隙間が開いてるのが功を奏したのか、魔族は戦いながらも常に逃げ道を探っていた。

 逃げようとしたゴブリンを切り捨てた直後、馬が悲鳴を上げカミールは振り落とされる。起き上がるのに手間取り、その隙きを逃さず視界に飛び込んできたゴブリンが手斧を振り下ろしてきた。

「畜生め!」

 足をなぎ払い切断する。瞬時に起き上がり襲ってきたもう一匹の頭をかち割ると、両足を失い聞くに堪えない悲鳴を上げるゴブリンにとどめを刺した。

 背中に何かがぶつかり剣を振り上げながら振り返ると、味方の傭兵だった。すんでのところで腕を止め、何歩か後ろに下がるとゴブリンの死体にかかとが当たる。いつの間にやら喧騒は収まり静かになっていた。息を整えながら辺りを見回すと、視界に入る地面全てに死体が転がっており血液が川のように窪地へと流れていた。死体の数はゴブリンが圧倒的に多いものの、銃兵を中心に人間の死体も目立つ。一体どれだけの損害を出したのだろうか。

「そうだ、マルタは……っ!」

 足を取られながらも折り重なった死体をどかしたり名前を呼んだりして必死に少女の姿を探す。勝利に沸く兵士たちと対象的なその姿は周囲から浮いて見えた。もうだめかと諦めかけたその時、か細い声で名前を呼ばれた。
「カミールさん……」

 顔を上げると、そこにはボロボロになった銃を杖のようにして抱え立っているマルタがいた。額の半分を赤く染め、だらりと力なく垂れた左腕からも血を流している。

「よかった……生きてたのか……よかった……」
 駆け寄り力の限りに抱きしめる。
「あう、鎧が当たって痛いです」
「ああすまん。怪我は大丈夫か?」
「少し切れたことろはありますが、大したことありません」
「いや待て、少しの傷からも感染症になるかもしれない。早く医者に見てもらおう」

 カミールはマルタを抱え上げると野営地に向けて一直線に走っていく。
「じ、自分で歩けますって!」
 傭兵たちが戦利品を漁る中、二人は誰よりも早く戦線を離脱したのだった。

「あ~終わった終わった!」
 いつもの酒場。カール、マルクスとテーブルを囲むカミールは一気飲みし空になったコップを机に叩きつける。

「なんだ。せっかく生き延びたんだからもう少し機嫌を良くしろよ」
「今回は生きていたが、もうあんな戦いは懲り懲りだ。命がいくつあっても足りやしない」
「まあ大した報酬ももらえなかったしな」

 人間同士の戦争では戦いが終わった後、敵の装備を略奪し売りさばいて報酬の足しにするのだが、魔族らの使う青銅の剣に価値はない。故にいつもの護衛と同程度の報酬しか手に入らなかったのだ。

「でも村人たちの報酬は傭兵より安いみたいですよね。それなのに暴動が起きないなんて不思議ですよね」
「あいつらは自分たちの村を取り戻せたしいいんだろ。まあはした金しか手に入らなかった奴もいるみたいだけどな……」

 三人は騒がしい傭兵らの陣取るテーブルに目を向ける。そこには、頭と腕に包帯を巻いたマルタがせっせと自分の売り込みをしていた。しかし以前にもまして弱々しくなった彼女に目を向ける者はいない。

「カミール。非常に残念なんだが、先の戦闘で我らスカーミッシュのメンバーが二人死んじまったんだよ」
「ああ、そうだな」
「給料に空きもできたし、雑用が欲しいと前から思っていたんだよなあ」
「わかってる、わかってるよ……全く、それぐらい俺も考えてたさ」

 カミールは立ち上がると、マルタの元へ向かう。頭に手を置くと、彼女は振り返り、カミールの顔を見てにっこりと微笑む。

「カミールさん。どうしたんですか?」
「まあなんだ、色々大変そうだな。いや別に煽りに来たってわけじゃなくて……」

 くそっ、子供相手に何動揺してるんだ。ストレートに伝えればいいだろう。マルタは彼が何を言いたいのかわかりかねるようで、不思議そうに首をかしげている。

「実はメンバーを一人募集していて、雑用兼見習い傭兵として一人雇ってもいいんだがってうぉっ 」
「ホントですか 」

 ぱぁと顔を輝かせたマルタに飛びつかれ思わず後ろにたじろぐ。彼女は兎のようにぴょんぴょんと飛び跳ね、年相応に全身で喜びを表現していた。傭兵ギルドに入ってこんなに喜ぶ奴なんて初めて見たぞ。

「当分は給料は俺達の半分だ。あとは、お前の頑張り次第だな」
「はい! よろしくお願いします!」

 改めて向けられる彼女の笑顔は向日葵のように可憐で、ギルドの金で彼女の店を買い取る欲求を抑えるのに全神経を使わなければならなかった。

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