銃と剣の演舞

切々琢磨

プロローグ

 幹の細い広葉樹が乱雑に生え、地面ではシダ植物がグループごとに群生している。空には太陽が閑々と輝いているはずなのに、地面に直接届く光はごく僅かだ。そのためか、所々でツルが樹木を足掛けとし、太陽の恩恵をうけるべくその細い枝を必死に伸ばしていた。

 そんな、鳥の声も聞こえてきそうな深い森の中、場違いな音がいくつも響いていた。

 金属同士を叩きつけたような甲高い金属音と男の怒声は、森から神秘的な要素を消し去り血生臭い戦場へと変えていく。春の訪れと共に長い眠りから覚めた新芽は、草木をかき分けるように走ってきた男に無残にも踏み潰された。

「一匹そっちに行きました!」

 若い青年を彷彿とさせる、中性的な男の叫び声がカミールの耳に入る。左側を見ると、緑色の化け物が彼に襲いかかろうと跳び込んできた。

 ゴブリン。少なくとも彼の住んでいる地域ではそう呼ばれている異型の小人だ。薬草をすり潰したような濁った深緑色の肌に、大きな鼻と細長い耳。成人男性と比べ身長は低いものの、日常的に狩猟をしているとあってかカミールのような屈強な男とも対等に渡り合える力を持っている。

 ゴブリンが力任せに振り下ろした銅剣をバスタードソードで受け止め、後ろに下がり次の攻撃を避ける。背中に木の幹がぶつかり、肺の中の空気が小さなうめき声となって押し出された。

 カミールは剣先を肩を上下させるゴブリンに向け、刀身の付け根を右手で握る。バスタードソードは叩きつけるのと突き刺すのを目的に使われる大きな直剣であり、彼の刃は衝撃を集中させる程度しか研がれていない。その為素手で握っても問題ないのだ。

 刀身を細かく上下させフェイントを仕掛ける。ゴブリンは刺突をしてくるものだと思い込み、刃先に合わせ短い刃を揺らす。ステップを踏んで距離を詰め、一度突いた後、引っ込ませながら大きく回転させ無防備な脇を狙う。

 衝撃が左手を襲い危うく剣を落としそうになるが、刃は浮き出た肋骨を砕き、ゴブリンは脇腹を押さえながら逃げていった。

「そっちは大丈夫か 」

 深追いせず仲間の安否を確認する。草木に隠れ姿は見えないものの、五人の仲間はいずれも健在か、雄叫びにも似た歓声が沸き起こった。

「予定通りの場所へ逃げて行きました。追いましょう」

 そろそろ嫁を貰ってもいい年齢のカミールに比べ、まだまだ幼さが残る金髪の青年が草をかき分けながら目の前を通りすぎようとする。カミールは彼の首根っこを掴むと目の前に引き寄せた。

「待て、この先は銃兵が待機してる。しゃがめ」

 カミールは右手を高く上げ他の仲間にも屈むよう命令した。しばらくすると、太鼓を叩くような心臓に響く乾いた銃声がいくつも鳴る。直後、風を切るような音と共に葉や幹が弾けていき、青年……マルクスの足元の土が跳ね、彼は短い悲鳴をあげた。

 銃声が止み、遠くの方で鳥の声が聞こえる。カミールは立ち上がると合図を出し、仲間と共にゴブリンが走っていった方角へ歩き出す。

「酷いもんですね、俺達も巻き添えにするつもりだったんでしょうか?」

「あいつらにとっては商売道具程度の認識だろう」

 森を抜けると、開けた場所にマッチロック式ライフルを持った男が十人程度たむろしていた。彼らの足元にはゴブリンの死体が五体転がっており、男たちは持ち物を漁ったり観察するように銃身で腕を持ち上げている。

「お、ご苦労さん」

 銃兵のリーダーであるウドが、なんとも思ってないような声で労いの言葉をかける。カミールはそれを無視すると、脇腹にアザのあるゴブリンの元にしゃがみこんだ。

「あっけないもんだな。指を少し動かすだけで屈強なゴブリンもイチコロだなんて」

 銃……火薬の力で鉛の玉を飛ばすその武器は、彼が初めて剣を握った頃にはまだ存在していなかった。

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