底辺召喚師は亡き勇者を召喚す

野草こたつ

◇別離2◆

 大丈夫なのだろうかと思いつつ外に出ると宮廷魔術師の一団が待っていて、フィロメーナとロレンスは姿を消して王宮を目指した。
 馬車の使用はできず、徒歩でだ。そう遠くない距離だが、周囲にひとの気配はない。
 道中、彼女は沈黙に耐えかねて彼に問いかける。

「レイスルトさんとはお知り合いなのですか?」
「おお、そうとも。あいつはなかなかどうして腕のいい召喚師だ、本人はクソ生意気なのが玉に瑕だが、先は明るいだろう」
 その言葉は、レイスルトの友人であるフィロメーナにとっても嬉しいものだった。
 彼は才能がある、人格的にもそう問題はないと思うし、きっといい召喚師になるだろう。
「あんたもだぞ、フィロメーナ嬢。セヴェリアを召喚するくらいだ、才能があるのは間違いない、ただ、あんたはちょっといいひとすぎるんだろう」
「どういう意味でしょうか?」
 ロレンスは悪戯っぽく笑って言う。

「あんたも習ったことがあるだろうが、精霊と召喚師は波長の似た者が引き寄せられる。だがなぁ精霊ってのはどうしてか、そうイイ性格をしちゃいない、悪戯が好きだったり、意地悪が好きだったりもする。そういう意味じゃ、あんたに引き寄せられる者が少ないのもよく分かる。そうでない精霊ってのは神代の代物だからな。天使だとか、偉大な者だとか、そういうのを召喚するには、ちと能力が足りないだろう。ディメリナだって、召喚できたことがない……まぁ、あいつの場合は性格の問題かもしれないが」

 姉のことを語るときのロレンスはどこか苦々しい表情をしていたが、深追いはすまいとフィロメーナは唇を開いた。
「私がセヴェリアさんを召喚できたのは、奇跡のようなものですよ。そうでなかったら、きっと今頃ラングテール家から追いだされていたでしょう。それは父が望んだからというわけでもありません、ただ、私が家名に相応しくない不出来な存在だったからです」
「そうかねぇ? 奇跡だってなんだって、召喚したんなら誇っていいだろう? 俺たちだって、魔王に勝てたのはセヴェリアの犠牲あって、奇跡のようなものだった。あんたのそれがまぐれだって言うなら、俺たちだってまぐれみたいなもんさ、周囲は勝手に言うがね」
 そういうつもりではなかった、そう言う前に、ロレンスがくすくすと笑って言う。

「あんたの言いたいことは分かってるよ。ただまぁ、そう自分を卑下しなさんなと言いたいのさ。俺なんか、魔王討伐に選ばれたときにもなんとも思わなかったぜ。百姓として一生を終えると思ってたし、それになんの不満も持ってなかった……てのに、なんでだか今は王城を歩いてる始末だ、世の中、よくも悪くも何が起きるか分かったもんじゃないぜ」
「ロレンス様の噂は聞いておりますよ、剣の腕ではセヴェリアさんに匹敵するとか、それ以上だとか」
 そう言うと、彼は大袈裟に驚いてみせた。

「馬鹿を言わないでくれ、セヴェリアと手合わせをして勝てたことなんて一度もない、あいつは化け物じみて強いぞ。ただまぁ、二番三番くらいであるのは自覚しているよ。一番がどうかしているけどさ」
 彼は近づき始めた白の王城を前に、黄緑色の瞳を細めた。
「セヴェリアに黙ってあんたを連れてきちまったけど、大丈夫かなぁ……あとでぶん殴られるんじゃないかと不安になってきた」
「彼はそんなこと……しません……よ?」
 疑問に思ってしまったのは、フィロメーナの知らないセヴェリアの顔をロレンスはよく知っているようだからだ。
 やはり同性同士、言いやすいこともあるのだろう。
 ふと、第三者の声が割って入った。

「そうか、フィロが私をそういう人間だと信じてくれているなら、私はそれに相応しくあるように務めよう」
「きゃあっ⁉」
 突然声が聞こえたかと思うと、うしろから抱きしめられる。
 転びそうになった身体を簡単に支えて、セヴェリアが言う。
「フィロ? この頬はどうしたの?」
 フィロメーナとしてはさあっと血の気が引く思いだった。
 この質問にどう答えればいいのだろう、転んだ? 階段から落ちた? あるいは……。
「あぁ、いいよ、きみのその顔を見ていればなんとなく分かる。私を呼んでくれなかったんだね?」
 すうっと細まる青い瞳を見あげて、フィロメーナは慌てた。姉との仮契約を破棄にされては困るのだ。
「私を呼んでくれると……約束したはずではないかな、フィロメーナ」
「ち、違うのです! 故意にではなくて、突然のことでしたので、とっさに……その、声がでなくて……」
 フィロメーナの言葉にセヴェリアは不満そうだったが、そっと彼女の頬に手をかざすと淡い光がガーゼの下に眠る酷い痣を癒していく。
「きみを困らせたいわけではないから、今はまだディメリナとの仮契約を続行しよう。だけど、きみが窮地にあっても私を呼ばないつもりであるなら、話は別だ」
「わ、分かりました……」
 ほっと胸を撫でおろすフィロメーナを解放して、セヴェリアは彼女の横に並んで歩きだす。相変わらずその姿は周囲の人々には見えていないようだが、宮廷魔術師たちは気づいているふうだった。

「ひゃー、俺はお嬢様のおかげでぶん殴られずにすみそうだ、よかったよかった!」
 再び歩きだしながらロレンスが言うと、セヴェリアは青い瞳を細めたままで言う。
「黙って連れて行こうとしたことは許していない」
「いやぁだっておまえ絶対ぐずるだろ? そもそもお嬢様もその頬の怪我を隠したかったみたいだしさ。おまえが過保護すぎるんで、俺もお嬢様もまいっちまうよ!」
 茶化すような言葉にも動じた様子はなく、セヴェリアは冷静に答える。
「フィロの身が今どれほど危険に晒されているかは分かっているはずだ」
「わーかってるよ、だからこの大所帯でわざわざ一般人の出入りを禁止して城に向かってるんだろ? ま、よっぽど馬鹿じゃないかぎりは何が起きているか分かるだろうけどな」
 どうりで一般人が居ないわけだとフィロメーナは納得した。
 察しのいい者は、もうフィロメーナが屋敷に居ないと見て去っていくだろう。そして王城に押しかける命知らずも居ないだろう。
 というより、フィロメーナは牢に入れられたのだと見るのが普通かもしれない。

「ロレンス、魔王の動向は?」
 セヴェリアの問いにロレンスは口元に手をあてて唸った。
「相変わらずだよ、快楽殺人と言えばいいのかなんというか……いや、まぁおそらく魂喰いだよな、そうして肉体を維持しているんだろうが。ディメリナとの契約はとっくに破棄にされているだろうしさ」
 そういう方法がある、というのはフィロメーナも習ったので知っている。
 召喚師という、世界との繋がりを失うあるいは絶ったとしても、他者の魂、もとい膨大なエネルギーを奪うことで生き続ける者も居るとは。
 基本的にそのような行為は許されず、多くの場合は他の召喚師や魔術師、騎士によって阻止されるのだが、魔王と呼ばれる彼の場合は誰も太刀打ちできないだけに特例だ。
 だが、彼ほどの魔力を備えた人物がこの世に留まり続けるには、多くの犠牲が必要だ。

「……あれは必ずフィロを狙ってくる、それが不安なんだ」
 セヴェリアは静かな声でそう言った。その表情には憂いが見て取れる。
「先に言っておくけれど、フィロ、もしあれがきみとの契約を迫ったとしても決して応じないように。それで、犠牲の連鎖が止まるとしてもだ」
「え?」
 フィロメーナは首を傾げる。予想していない言葉だったのだ。
 彼が自分に契約を迫ることなどありえるだろうか?
 仮にあったとして、それで犠牲の連鎖がひとまず収まるなら、それもいい案ではないのだろうか?
 その心情を読み取ったのか、セヴェリアは小さなため息を吐いた。

「フィロ、彼は――私は、相手の自我や思考に影響を及ぼす術も扱えるんだ、防御できないきみでは、あっというまに傀儡にされてしまうだろう。そうなったら最悪だ、きみは自ら望んで彼の手を取り、闇の底へと消えてしまうことだろう。そんなの……冗談じゃない」
 セヴェリアにはそんなこともできるのかと、フィロメーナは翠の目を丸くして驚いていた。やはり、彼は自分には到底追いつけない天才なのだ。
「いいかい? 絶対にそれだけは駄目だ、分かるだろう? 一時的な犠牲は避けられても、この世界の「私」がどうなるか」
「――あ」
 思えば、彼は別の世界のセヴェリアである。フィロメーナに見捨てられた未来の姿だとしたら、今ここに居る彼もそうなってしまう可能性がなくはない。

「フィロ、お願いだから、それだけは約束していてほしいんだ」
「……わ、分かりました」
 フィロメーナが迷いながらも頷くと、ロレンスがひゅうと口笛を鳴らした。
「お熱いねえ! こりゃあディメリナの嫉妬がおっかない!」
「彼女には彼女に相応しい相手が現れる。私では、彼女を理解することもできない」
 セヴェリアの言葉にロレンスは軽く肩をすくめてみせた。
「あぁそうとも、あいつを理解できるのはあいつと同じ型の人間だけだろうさ。残念だが俺にはまったく理解できないし、あいつも俺に理解してもらいたくないだろう。あいつに言わせれば、俺は成り上がりの農民だからな」
 そんなことを姉は言ってしまったのかと、フィロメーナは頭を抱えたくなった。
 彼女は何かにつけて高慢であり傲慢な側面がある、それは絶対の自信からくるものであり、また、その自信がなければ彼女は彼女で居られないのだとフィロメーナは理解している。
 ディメリナという姉は、研ぎ澄まされた硬い硬い刃物のようなひとであり、丁寧に作られた硝子細工のようなひとである。どちらにしても、壊れるときは一瞬なのだ。

「さぁお嬢様、そろそろ城につくぜ。この場所ならある程度は安全だ。セヴェリアはもう戻れよ。怒ったディメリナがまたいたいけな妹に八つ当たりするぜ」
 ロレンスの言葉にセヴェリアは小さなため息を吐いた。疲労の色が見えるのを思うと、姉とうまくやれていないのだろうか。
「大丈夫ですか? セヴェリアさん……」
 フィロメーナが立ち止まって隣に並ぶ彼の頬に手を伸ばす。白い頬に触れると低い体温が伝わってくる。
 セヴェリアは優しく微笑んで、フィロメーナの額にキスを落とす。
「あぁ、大丈夫だよ。きみがそうしてくれただけで苦労も報われるというもの。フィロ、約束は守ること。次に破ったら私もきみとの約束を守らない。それでは……しばらくのお別れだ」
 そう言い残して、彼の姿は消え去った。
 名残惜しいとは思うのだが、そうも言っていられない。フィロメーナは再び前を向いて歩きだした。

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