今日も今日とて。

えんぴー

恋の致死量。


「恋は毒」
彼女は言う。
唐突な発言に、僕は何の返答も出来ない。

「恋って毒なの」
確かめるようにつぶやく。

「失恋?」
僕は尋ねた。

「だとしたらこんな感情わかない。」
彼女は頬杖をかいたままだ。

教室に黄金色の光が射し込む。
暖かな光が彼女の顔を照らすが、何の感情も読みとれない。

不安になる。
何か言うべきなのだろうか。
言葉がでない。

「恋は一種の高揚感を伴う。」
彼女は続けた。

「相手からの好意を期待してる。
けれど晴れて相手と気持ちが通じ合って恋愛へと発展しないかぎり報われることはない。
空回りするばかり。」

いたってうつろげ。

「自分へのちょっとした相手の反応がその気持ちの高ぶりを持続させる。相手への期待がより強まる。これって一種の麻薬だと思わない?」

ようやくこちらに顔を向け、口元をゆるめる。
「結局毒が回るのよ。」

その笑顔はいつ何時でも僕を高揚させる。
が、そのときのそれは微笑みとはほど遠いものだった。

「確かに恋に依存性はある。」

僕は続けた。

「でも、人を狂わすことはあっても毒に犯されるなんて言い過ぎだろ。」

「麻薬にだってあるでしょ、致死量。」

「恋に致死量が?」

ふと目線を移すと。
彼女の瞳が僕に訴えた。

たじろいだ。
彼女のその真剣な眼差しに、精悍な顔つきに、僕の中にある何かが貫かれた。


彼女は静かに語った。
「恋の苦しみは何にも代え難い物があるの」

「だとしても・・・」

「命を絶つことだけが死とは限らないものよ。」
その瞳はうつろげなものに戻っていた。

「・・・。」

あの真剣な瞳をもう一度向けてくれないだろうか。
僕は期待していた。
いつの間にか。
しかし、彼女はおもむろに頬杖をかくだけだった。

沈黙が続く。
彼女は物思いに耽っている。
夕日はとっくに沈んでいた。
暗がりの中、最後のチャイムが鳴る。

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「そろそろ帰ろうか」
しびれを切らした僕はつぶやいた。
「まだ帰りたくない」
彼女が駄々をこねるのは珍しい。

「明日、早いだろ」
僕は帰りの支度を始める。
「・・・。」

何か言いたげな彼女と目が合う。

「・・・ねぇ、あなたは恋についてどう思ってる?」
僕の動きが止まる。

「どうって・・・」
そこにいたのは緊迫した面持ちの彼女だった。

「確かに毒かもしれない。でも、使いようでは薬にもなるんじゃないか?」

慎重に答えたつもりだった。


彼女は不意をつかれたように真顔になった。・・・そしてため息混じりにつぶやいた。
「そんな理屈が聞きたかったんじゃない」
今日一番の不機嫌顔だ。

「え・・・」

「もういい。」

弁明の余地はなかった。


「私には、あなたの方がいまいち理解しかねる。」
いつの間にか帰りの準備をすませていた彼女は、教室の出口へとスタスタと歩いていった。
「もう帰る。明日、早いんでしょ。」
そう言い放った彼女は教室をあとにした。

のこされた僕は虚無感に呆然としていた。
帰り道、足を進める度、言いしれぬ感情が僕を襲う。

僕は、そして彼女もまた、毒に犯されていた。

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