その魔法は僕には効かない。

FU

願望 8

こういう時ほど、
冷静になってしまう。


お構いなく近付いてくる男達に、
僕はやっと我に返って、
その場から逃げようとした。


しかし、逃げようとした矢先、
一人の男の手が僕の肩を強く掴んだ。

「何ー、無視するの?
可愛い面してんじゃん、俺達と遊ぼうよー」

「…やめっ…」

小さな声で抵抗して、
急いで手を払って逃げようとした時だった。

ガシッ

一人の男の手が僕の肩から解けた。
怖くて、振り向けなくて、
下を向き、肩を小さく震わせていた。

「ハァハァ…」

荒い息が聞こえる。

「ふざけんなよ。」
と言いながら、
男達は走って去って行った。


全身を震わせているのを
隠しきれない僕は、
恐る恐る後ろを振り返る。

そこに居たのは、
武川さんだった。

「た…けかわ…さん…」

口元にある微かな傷は、
血で見え隠れしている。

「大丈夫か…?」

僕の元へ駆け寄る武川さん。


武川さんの顔を見て安心したのか、
僕は涙が止まらなくなってしまった。

「おいおい、大丈夫か?
怪我はなさそうだな…よかった。
それより、こんな時間に何やってるんだ。」

強気な口調になるのは、
心配してくれているからだと気付いた。


「ごめんなさい。
武川さんに…会いたかったんです。
まだちゃんとお礼を言えていないのに、
貴方は、コンビニに来なくなった。
僕を避けているのかと…そう思って…」


咄嗟に出た、会いたかったという気持ちを
僕は泣きながら武川さんに伝える。


「だから、ここに来たんです。
ここに来れば、もしかしたら
会えるかもしれないと思って。
武川さんと話したあの日から、
僕は変わったんです。
頑張ろうって思えたんです。
だから、だから…」


呼吸が苦しくて、話すのも難しいのに、
武川さんは、何も言わずに聞いてくれた。


2人で歩く。
武川さんは、僕の家の前まで送ってくれた。

「こんな所まですみません。」

僕が謝ると、
武川さんは、口を開いた。


「俺が今日あの公園に行ったのは、
この間みたいにお前に
会えるんじゃないかと思ったからだ。」


真面目すぎる表情を僕に見せる。


「…え…?」


「俺は、コンビニでも、職場でもない所で
もう一度、お前に会えたら…
いや、何でもない。
もう遅過ぎる時間だ、帰れ。」


俺に会ったら…?


何が言いたかったのだろう。

武川さんは、聞く暇もくれなかった。
じゃあな という言葉だけを残して、
帰って行った。

追いかける気力は、
もう僕には無かった。








涙でグシャグシャに濡れた顔を
シャワーで洗い流した。

布団に入る頃には、
朝の3時半を過ぎていた。


武川さん、明日も仕事なのに、
あの傷、大丈夫かな…

僕に、言いたかった言葉は、
何だったのだろう。

次はいつ、会えるのかな。



武川さんのことばかり
考えてしまっていた。



コメント

  • 水精太一

    気になっている人のオフィシャルスペースへ立ち入るのは、とても勇気のいることです。凌太くんはただそこがバイト先だから待っている立場だけれど、武川さんは意思を持ってその場所に足を向けなければならない。感情が揺れるかも知れない。何か不審な行動を相手に見せてしまうかも知れない。そう考えれば考えるほど、その場所を避けてしまう。もうそれは武川さんの中で彼に対する思いが変わっているからで、その事を公の場所で認識し、狼狽えるかも知れない自分は、一体彼の目にどんな風に映るだろう。その迷いが、ふたりだけになれる場所で彼と逢いたいという気持ちになった。偶然に見える邂逅は、必然のものだった。公園から彼の家までの僅かな道すがら、武川さんはどんな思いでいたのでしょう。凌太くんから涙声で「逢いたかった」と言われた彼の心の内はどんなものだったでしょう。自分も逢いたかったと言うだけで行動を起こさない彼は大人?それとも臆病?

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