その魔法は僕には効かない。

FU

行動 6

武川さんと一緒に仕事をしている。

そこに映る武川さんは、
コンビニに来る時の笑顔で僕に
語りかけた。

何かを伝えようとしている。
でも
声は全く聞き取れない。

もう一度、聞かせてください。
そう言いたいのに、
口を開いているのに、
言葉が出てこない…

とにかく何を言ったのか聞き取りたいのに。
どうしよう…どうしよう…

そう思った時に、ハッと目を覚ます。

僕は夢を見ていた。

夢でよかった。
そう思ったのであった。
 







午前11時、
武川さんの働く営業所に電話を掛けた。

「こんにちは、天空不動産です。」

女性が電話に出て、
武川さんがどこにいるのか聞いた。

「うちの武川は、外出中でございますが…
どちら様ですか?」

焦りすぎて名前を述べるのを忘れていた。

「あ、すみません。私、牧凌太と申します。
以前OB訪問をさせて頂いた者です。」

あーっと言う様子で女性は相づちをした。
電話をした理由を説明した僕に女性は、

「今日武川さん機嫌悪いかもよ、大丈夫?」


そう心配してくれた。

僕は、不安しかないけれども、
大丈夫です と答えて、電話を切った。

よし。行くか。








教えて貰った住所に僕は向かう。
電話の女性はこの間、
対応してくれた方だろう。
親切でよかった…

緊張が止まらない。


どんな顔をして武川さんに
会えばいいのだろうと
心配になる事もあったが、
そんな心配をする余裕も僕にはない。

僕は、
今をどう頑張るのかが勝負だ。


駅からしばらく歩くと、
少し遠くの方に武川さんがいるのが見えた。
その途端、足がすくんで動かなくなる。

何やってんだ。
立ち向かえ、頑張れ。

その気持ちだけで
成り立っている今の僕がいる。


「あの…」

僕が声を掛けると振り向く武川さん。

「どうされまし…あ、なんだ、お前か、
邪魔だ、帰れ。」


予想通りの反応だ。


「僕も……配ります。」

咄嗟に出た言葉に自分でも驚いたが、
そんな時間も無いほどに、
リュックを置いて、僕はチラシを配っていた。


そんな僕に何も言わず、
武川さんは、チラシを配り続けた。


「はぁぁーーー!」

はい、と僕にペットボトルを渡す。

「えっ、ありがとうございます。」

武川さんは、僕に少しだけ微笑んだ。

武川さんに熱意が少しでも
伝わればいい。
武川さんは、僕に話しかけてくれた。

自分の仕事を好きになる。

と言っていた武川さんの言葉が、
僕の背中を押したことも
短い時間の中で、いろんなことを話した。

「大切なのは、言葉では無い事もある。行動を起こすこと、それは1番相手に説得力がある。この間のお前は、言葉を頑張って探していたけれども、それよりもこうして汗を流す姿が見られる方がよほど熱意が伝わった。初心を思い出したよ。」


まっすぐ前を向いて
目線は遠くの方を見ていたけれども、
武川さんの目が本気なのは伝わった。

「そろそろ、俺は戻る。ありがとうな。牧くん」

初めて僕の名前を呼んでくれた。
胸の奥がザワザワするような気がした。

「はい、ありがとうございます。僕、御社を受けます。」


そう伝えると、

「落としてやるからな!」

と冗談がましく武川さんは、言った。

「あ、あと、またコンビニ行くから。」


武川さんは、知ってくれていたんだ。
僕を強くしてくれるために、
黙っていてくれたんだ。


この人、凄い人なんだな。
改めて心の奥が苦しくなって、
泣いてしまいそうになった。


ありがとうございました。

心の中でもう一度礼を言うと、
僕は振り返って駅へと向かった。



コメント

  • 水精太一

    先程の感想に誤字を発見!「続き」でした。失礼致しました…

    1
  • 水精太一

    年代は判らないですが、仮に凌太さんが平成生まれだとして、何にも能動的になれない気持ち、とても理解出来ます。自分も学生の頃から目指していた夢があり、高校最後の春それが叶わない事を悟り、惰性で大学に入り惰性で就職して今に至っています。凌太さんの未来にはまだ、無限の可能性があるのだろう、と思うと、出逢った素敵な歳上の方のように、全力で応援したいと思いました。彼らがどんな道を歩んで行くのか、都筑がとても気になります。

    1
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