Bouquet of flowers to Messiah

有賀尋

The NIGHTMARE comes suddenly

「んじゃ、ここはあと頼んだぞ」
「ハイハイわかりましたからさっさといなくなりやがれ」

そう言うとその人は「相変わらずだな」と苦笑して出ていく。
大体学会に行ってしばらく帰ってこないんだ、あの人は今回もそうだろう。
ここのドクターになって数年、今では古参のドクターテンがいなくてもチャーチを任せて貰えるまでになった。

「雪、こっちは終わったぞ」

任務終わりで怪我をしていたやつの手当てを頼んでいた俺のメサイア、鴉の黒咲梓音が声をかけてくる。俺達は特例だ。ここまで来るのにかなりの時間をかけたが。今では俺のメサイア兼右腕として頼れる存在になっている。

「ん、助かった。ありがとな」
「大丈夫、慣れてる。...またあの人学会か?」
「まぁそんなところ。1回行くと長いからな」
「それもいつもの事だろ?」

人がいなければ梓音は擦り寄ってくる。それを嫌と感じない俺は受け入れる。

「軽傷だったから部屋に戻した」
「ん、それでいい」
「...雪、俺今日夜から任務だから」
「そうか、俺は不寝番だ」
「...そっか、わかった。俺任務まで少し休む」
「ん、そうしろ。俺は煙草吸ってくる」

梓音の頬に軽くキスをしてから煙草をふかしにいく。見てはないが顔は真っ赤だろうな。
よく「ドクターなのに何やってんだ」って怒られてたっけ。医者でもストレス溜まるんだよ。怪我して帰ってくる奴らがいれば手当てをして、重傷になったやつの手当てをして、神経すり減ってんだ。

「あら、雪斗君煙草?しばらく見てなかったわね?」

百瀬さんが声をかけてくる。煙草を吸わないからここに用事はないだろうに。

「どうしました?煙草吸わないのにここに用事ないでしょ?」
「あるわよ、雪斗君に頼み事」
「頼み事?...あぁ、あの人の薬ですか、もうそろそろなくなります?」

百瀬さんに頼まれて一嶋係長に俺は睡眠薬を処方している。そんなに重い薬じゃないから月に一度処方しながら様子を見ている。

「えぇ、頼めるかしら?」
「わかりました、処方しときますよ」

その後に百瀬さんをじっと見つめる。
...ちゃんと休めてないな、この人も。

「百瀬さん」
「なぁに?」
「今日化粧ノリ悪くない?ちゃんと寝れてます?」
「へ?」

いつもと化粧ノリが違うことを指摘する。ちゃんと休めてなくて、かつ肌が寝れてないし自分も寝れてない証拠だ。

「...やだ!何言ってんのよ!」
「だってファンデーション浮いてるし、クマ隠れ切ってないし。コンシーラーちゃんと使いました?つか、今日のリップ合ってないですよ」
「使ったわよ!乙女の化粧にケチつけるなんて雪斗君いい度胸してるわね!」

べしべしと俺の背中を叩いてくる。
係長代理も忙しいことは知っている。ただ、この人にも俺は休んでほしい。

「いや、ホントの事言っただけだし…」
「言っていいことと悪い事があるのよ!デリカシーないわね!」
「はいはい、すんません。つか痛い」
「痛くしてるのよ!」

しばらく後ろでギャーギャー言いながら背中を叩かれる。何かを言うのも面倒だからとりあえず放置。

「百瀬さんにも1番軽いの処方します?」
「あるの?」

そこでぴたっと背中を叩くのを百瀬さんがやめる。

「ないことはないですよ。百瀬さんが必要なら、の話ですけど」
「じゃあお願いしようかしら…」
「分かりました、百瀬さんBOXの中にとりあえず三日分入れときます」
「ありがとう、じゃあよろしくね」

そう言うと今度こそ百瀬さんはいなくなった。

...俺の神経すり減らすの得意だよなあんたら。

煙草を吸い終えて戻って睡眠薬を処方する。一嶋係長にはいつもの、百瀬さんには軽いのを。
それを処方し終えて俺は1度梓音の部屋に顔を出す。夜の任務が入っている時は俺は基本不寝番を当てられている。いや、あの人いないから不寝番も何も無いんだけど。
ベッドで寝ている梓音を起こさないようにそっと頭を撫でる。こんなに懐かれるなんてな。

「...気をつけて行ってこいよ、梓音」

それだけ呟いて医務室へと戻る。任務があると聞くと、こいつも鴉だったんだよなと再認識する。

...ひとまず仕事するか。

俺は1人書類と向き合った。

しばらく向き合って一旦休憩を入れようと伸びをした時だった。
物音がしない。
患者もいないし、梓音もいないから当然だとは思う。だがそれでも静かすぎる。

...ここは...どこだ...?

「...あーれぇ?目が覚めたぁ?」

急に後ろから声がして振り返る。そこには深くフードを被った俺より少し低めの男らしい人物が立っていた。

「...誰だお前」
「僕ぅ?...僕は預言者ムハンマドだよぉ?」
「はぁ?」

なんだこいつ。なんでこんな奴がいる。そもそもどうして部外者がここに...?

「どうしてここにって顔してるぅ?そりゃここには誰もいないもんねぇ?」
「...誰も...いない...?」
「そうだよぉ?忘れたのぉ?」

すると目の前の景色が変わる。
そこにはたくさんのサクラが寝転がっていた。でも、ただ寝転んでいるわけではない。
俺は急いで駆け寄って脈を取る。が、

「...死んでる...?どうして...!」
「君のせいでみーんな死んじゃったんだよぉ?君一人のうのうと生きようってのぉ?」
「...俺の...せい...?」
「そーだよぉ?...君の医療ミスってやつぅ?」
「医療ミス...?そんなはずは...!」
「えぇ?違うのぉ?」
「...違う...!俺は...俺は...!」
「じゃあこれはどう説明するのさぁ?みんなの屍目の前にしてさぁ?」

またさらに景色が変わって、辺りは真っ暗になる。俺と預言者ムハンマドにだけスポットライトが当たったように見え、さっきまで寝転んでいたサクラ達が山積みになっている。そして預言者ムハンマドが梓音の上に座っていた。

「...梓音から降りろ!」
「降りてもいいけどぉ、皆死んでるよォ?」
「何が...何が悪かった...?どうして...死んだ...?」
「打つ薬を間違えたみたいだよぉ?...薬だと思ったものがまさか毒だったなんてねぇ?ゴーストドクターなんてぇ、聞いて呆れちゃうよねぇ?」

違う...違うんだ...!
俺は何を打った?なんの薬を打った?どうして皆死んだ?こいつの言う通り俺の医療ミスなのか?

「...ねぇ、うちの組織においでよぉ、そしたらぁ、なかったことにしてあげるよぉ?」
「...なかったこと...?」
「その代わりにぃ、ここの情報教えてくれたらの話だけどねぇ?」
「...誰が言うかよ」
「あれあれぇ?なかったことにしなくていいのかなぁ?皆死んじゃったんだよぉ?」
「...わかってる...俺のせいで...」

俺は誰が見るでもないのに一言だけメモを置いて出ていった。今日は元々学会に行く予定だったから申請してある。...いや、死んだのに申請も何もないか。

「...だからぁ、僕のところに連れ去られてよ、大人しく」
「...え...?」

何かを首に打たれた。そこまで分かって意識は消えていった。
これで俺も死ねる。梓音のところに行ける...。

そう思ったのに。
ふとした時に目が覚めた。目を開けたはずなのに暗い。いや、これは多分目隠しだ。動こうとするも動かなかった。どうやら手錠で壁に繋がれているらしい。

「目が覚めたぁ?気分はどぉ?」

またあの声がする。
さっきから話しかけてきたあいつ。預言者ムハンマドだったか。妙に体がだるい。力が入りもしない。一体俺は何をされた?

「...最悪だな。俺に何をした」
「何にもぉ?連れてくるのにぃ、ちょっと薬使っただけだよぉ?使った毒、知りたいぃ?」
「...何を使った」
「...リシン、だよぉ?」

リシン。打たれた者は3日で絶命する。解毒薬はまだ開発されてない。証拠を残さないことから昔からスパイの毒殺の常套手段だ。そして、忌々しい事に、梓音は、それで1度死んでいる。

「なぜ...」
「なぜってぇ、どうしてそんなこと聞くのかなぁ?君が死んでくれたらぁ、楽だからだよぉ?その前にぃ、情報吐いてもらうけどねぇ?」
「...やれるもんならやってみな、インチキ預言者め」

それから拷問に必死に耐えた。ありとあらゆる薬を打たれ、飲まされ、鞭打ちにあった。鞭打ちは下手くそなのがやればやるほど痛い。何度も傷を抉り、何度も違う所を鞭が這う。

「まだ吐く気にならないのぉ?」
「...吐くわけ...ないだろ...」
「...じゃあ、もう用はないよぉ?このまま死んでくれるぅ?...たった一人でさ」

そう言うとそいつは出ていった。
もう声を聞けることもない。手が届くこともない。
俺の事を呼ばれることもない。

「...ごめんな梓音...俺のせいで...お前を...。なんでだろうなぁ、上手くいかないな…。俺もリシンにやられる運命らしいなぁ…」

もう一度生きて会いたかった、梓音...。

「...雪?」

任務を終えて戻ってくるとそこには雪はいなかった。いつもなら「おかえり」と言ってくれるはずで、座っているはずなのに。いや、今日は学会か?でもこんなに早くは...。
デスクには学会の資料が置いてあった。そしてメモが1枚。

「...!」

俺はメモを握りしめて医務室を出た。

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