Bouquet of flowers to Messiah

有賀尋

Dating of the Messiah

「なぁ、幸樹こうき、お前今度いつ休み?」

最近僕を求めてくれる結月ゆづきがあられもない姿の僕を抱きしめて問いかけた。

「休み...?」
「うん、ほら、休み合わせてどこか行こうって話したじゃん」
「...覚えててくれたんだ...」
「当たり前だろ、で、休みは?」
「...確か...次の休みは土曜日だったかな…」
「わかった、じゃあ俺も休み入れる。疲れたろ、寝ていいよ」
「...うん...」

結月にぴったりくっついて目を閉じる。
前の僕達からは考えられないけど、求めてくれる熱も声も心地いい。
結月は近くを人が通ってもやめない。見せつけるためだ、って言う。
さっきだってそうだ。

「っや...結月...足音する...っ...」
「だから?」
「だ、からって...」
「いーじゃん、別に。なんか悪い?」
「わ、るくな...あっ...!」
「嫌なら頑張って声抑えな」

...思い出しただけでも恥ずかしい。
なんで今思い出すんだろ...。

任務が続きに続いた週を結月は怪我なく乗り越え、待ちに待った土曜日。
結月に聞いたら雛森さんが休みを入れておいてくれたらしい。休みがよく被るのはどうしてだろう...?

「なぁ、どこ行きたい?」
「どこ行きたいって言われても...」

任務続きで行きたいところなんて一切考えていなかった。どこにしよう…

「あ、じゃあさ、遊園地行こうぜ!」
「ゆ、遊園地?」
「そ!この絶叫系制覇したくてさー」

と、しっかり調べてあるところが流石だ。
嫌いじゃないからいっか...。でも、遊園地はあまりいい思い出がない。
返事をどうするか迷っていると、結月は何かを察したように、

「大丈夫だって、怖い思いはさせないよ、俺が幸樹のことちゃんと守るから」

と言った。

...そうだ、僕はもうひとりじゃない。

「...うん、わかった、行こう!」
「よし、決まりな!」

チャーチを出て自然と手を繋ぐ。いつもの事だけど、結月が車道側を歩く。そんなに心配しなくていいのに。でも、大切にされてるって思ったら、そんな扱いも嫌いじゃない。自然と顔が綻ぶ。

「どうしたの、今日機嫌いいじゃん?」
「え、そうかな?」
「うん、顔ゆるゆる。俺といるのが楽しいですーって顔に書いてある」
「そ、そんなに!?」

慌てて繋いでいない方の手を顔に当てる。

そんなに緩んでるつもりは無かったのに...!

僕はそれに気を取られて前からくる一般人に気が付かなかった。いきなり結月に引き寄せられて、結月に抱きついた。何が起こったか分からなくて抱きついたまま結月を見上げる。

「ったく、お前、前見ろって。もうちょいでぶつかるとこ」
「あ...ごめん...」

...どうしてだろう...結月がかっこいい...
いや!かっこいいのは元からで!わかってるけど!

「お前危なっかしいなー、腕組む?」
「えっ、腕!?」
「え、何、嫌なの?」
「嫌じゃない!」

手を離して腕を組む。
僕のは腕を組むんじゃなくて腕にしがみついているって表現が当たりかもしれない。

「そんなにしなくてもどこにも行かないって」
「...分かってるよ...いいじゃん...」
「いいけどさー?」

電車に乗って遊園地に到着する。
入場料がカップル割になってちょっと安く入れた。
そして結月は自分の目当てのジェットコースターに向かって歩いていく。

「さ、最初からジェットコースター乗るの?」
「当たり前だろ、制覇しに来たんだから!」
「それはそうだけど...」
「...ははぁん?さては怖いのか?」

ニヤニヤしながら僕を見て結月が言った。

「こ、怖くないよ!」
「じゃあいいよな、行くぞー」

結月が強引に引っ張っていくのに身を任せて2人で乗る。
僕は思いっきり叫んでいたのに対して結月は面白がってた。これは流石としか言いようがない。

「いやー、楽しいわー!」
「...よ、良かったね…」

人工声帯の僕には正直刺激が強すぎる…。

1回乗っただけで息絶えだえの僕をよそ目に、結月は次のジェットコースターを選んでいた。

「なぁ、次あれ行こう!」

結月が指さした先には、ほぼ垂直に落下するレーンがあった。

「...あれ乗るの...?」
「楽しそうじゃん!」
「そ、そうだけど…」
「そうと決まれば、早く並ぼう!」

結月が引っ張っていく。

...いいや、結月に任せよう...。

逆らわないことにして結月に委ねる。
結月が楽しいようにしてあげよう。そうして絶叫系を本当に制覇した。1周して制覇する頃には、僕はもうヘロヘロだったのに、結月はピンピンしていた。
すると結月は恐ろしいことを言い出した。

「なあ幸樹!あれ乗ろう!」

指をさしているのはあの垂直落下するレーン。相当お気に入りらしく、キラキラした目で見ていた。

「...えぇ、また?何回目だと思って...」
「いーじゃん!ほら早く!」

そう言って引っ張っていく。

...もうなるようになれ。

諦めて結月に付き合った。
結局あのあと同じのに3回乗って、僕の喉は死にかけた。

「...けほっ...うっ...」
「幸樹大丈夫か?」

軽く咳き込んで手で押さえると、結月は背中をさすってくれた。すると、喉から嫌な感覚と嫌な味がこみ上げる。

...嫌な予感。

そっと手を離してみる。そこには赤い血がついていた。
口の中も血の味がして気持ち悪い。

『いい?確かに喋れるようにもなったし、会話も長くできるようになりはしたけど、まだ無茶は禁物だからな、お前また喋れなくなるぞ』

雪斗さんに釘を刺されていたのに。

「幸樹...血が...!」

結月も流石に焦り始める。

「だ、だいじょぶ...けほっ...ちょっと...使いすぎただけだし...」
「けど...!」
「ちょっと...休憩しない...?疲れた...」
「そうだね、とりあえず俺水買ってくる、ここ座って待ってて」

そう言うと遊園地のフードコートまで連れてってくれて、席に座らせてくれた。

「すぐ来るから、待っててな。伏せてていいから」
「ん...わかった...」

僕が伏せるのを見てから結月は離れた。

...せっかく楽しかったのに...。

僕が楽しい雰囲気壊しちゃった…。

「あれ、もしかして1人?」

結月じゃない知らない声が頭の上から降ってきた。顔を上げると知らない男が3人僕を囲んでいた。

「...え...?」
「可愛い顔してんじゃん、ねえちょっと付き合ってよ」

そう言って僕の腕を引っ張る。
僕を見る目が明らかに違うのを感じた。

「...やだ、離して...!」
「いーじゃん、ちょっとくらいさ」
「...助けて...!結月...!」

必死に抗っていると、僕を囲んでいた男達がバタバタと倒れた。僕はその場にへたりこんでしまった。

「...俺の幸樹に汚ぇ手で触ってんじゃねぇよ」

顔を上げると、結月が立っていた。首の後ろを突いて気絶させたらしかった。

「...結月...!」
「ごめんな、遅くなった。大丈夫?」
「こ、わか...」

結月は僕の目線に合わせてしゃがんだ。
自分でも呼吸が浅くなっているのが分かる。
結月以外に触られるのがこんなに気持ち悪いなんて。だんだん目の前がぼやけて、周りの音が遠ざかっていってら視界が真っ暗になっていくのがわかる。原因が過呼吸なのも知っている。

どうしよう、ゆっくり呼吸しなきゃって分かってるのに...!

そう思うけど出来ずに呼吸が早く浅くなる。
すると結月は僕を抱きしめて背中をさすってくれた。

「落ち着いて、大丈夫。ゆっくり呼吸しようなんて思わなくていいから。1人にしてごめん、もう置いてかないから」

遠くから多分遊園地のスタッフの人が結月に声をかけているんだろうと思うけど、結月は「大丈夫です」と避けてくれていた。僕は震える手で結月の手を握った。

「...結月...結月...」
「大丈夫、大丈夫。落ち着くまでこうしてよう?」

ずっと名前を呼んでいるのに結月は嫌と言わずにずっとそばにいてずっと手を握ってくれていた。背中をさすってくれていた。
少し長くかかってやっと落ち着いた。呼吸もできるようになって、音も聞こえる。視界がクリアになる。

「...大丈夫?」
「大丈夫...ごめん...結月...」
「気にすんなって。とりあえずうがいしよう、気持ち悪いだろ」
「ん...」

トイレに行って口を濯ぐ。血の味はしなくなったけど、喉が痛い。後であんまり刺激の強くない飴買わなきゃ…。そんなことを考えながらトイレを出ると、結月が待っていてくれた。

「ごめんね、待たせた?というか、1本使い切っちゃった...」
「ん、大して待ってない。使い切っていいよ、そのために買ったんだし。というか、ごめんな、無理させて...」
「大丈夫だよ!でも、絶叫系はやめない...?」
「うん、俺も思ってた。絶叫系はやめよう。絶叫系じゃない違うやつならいいよな?」
「うん!もちろん!違うのにしよ!ね、じゃあ今度僕に付き合ってよ!」
「いいよ、わかった。でも、その前にちょっと休憩しよう、流石に絶叫系乗りすぎて腹減った」

フードコートに戻ってお昼を食べる。
結月はカルボナーラ、僕は刺激の強くないオムライスにした。これ以上強い刺激にしたら怒られる...。結月には散々子供舌だって言われたけど、無視しといた。僕だって食べたかったけど…。

お昼を食べて少しゆっくりしてから、今度は僕が連れ回す番。
2人で隣に座って手を繋ぐ余裕がある乗り物に乗ったり、僕がどうしても乗りたいと言ってメリーゴーランドに乗ったり、思いのほか連れ回した。
結局夜までいて、最後にどうしても結月と乗りたかった観覧車に乗った。

「見て結月!街があんなに小さく見えるよ!」

お互い正面に座るとゆっくりゴンドラが登っていく。徐々に高くなるにつれて街の明かりが綺麗に光る。

「お前いつも衛星写真見てるだろ」
「衛星写真と自分で見るのとは違うの!...綺麗だなー...」

街を見下ろして、外を眺めた。

...この街の中にたくさんのスパイがいて、その中で結月や、雛森さん、鯰尾さん、長谷部さんが戦ってる...。そして、遠い異国の地で、加々美さんや有賀さん、鋭利さんや御津見さん皆が戦ってる...。この国を守るためなんてご大層なのを掲げているわけじゃない。

...僕は...何が出来るんだろう...。

「おーい、幸樹、何そんなに辛気臭顔してんの?」
「え...?」
「何変に考えてんの?どうせ僕には何が出来るんだろうとか考えてんでしょ」
「...結月にはかなわないや」

結月の方を見て苦笑すると、月光が結月の顔半分を照らした。結月の目が、強くも優しく僕を見据えている。

...君は強くなったんだね。

前はそんな目をしなかったのに。

「ほら、こっち座ってよ、わざと離れてんの?」
「ち、違うよ!」

僕は移動して結月の隣に座る。僕の肩に手を回して寄りかからせてくれた。結月に体重を全部預ける。

「...結月変わったよね」
「何が?」
「だって、前ならこんなことしてくれなかった」
「それまだ言うの?前は死に場所探してここに来たようなもんだったんだからさ。でも、幸樹は離れてくれないし、雛森雪と有賀涼には説教されるし...」

ちょっと拗ねたような感じでブツブツ文句を言っている結月は僕の頭の上に自分の顎を乗せた。
僕はそのまま結月に抱きつくと、結月は抱きしめ返してくれた。

「なになに、どしたの?」
「...あのね、僕遊園地にいい思い出がないんだ...」
「...なんで?」
「組織に売られた後も、ほんの少しの間だけ子ども扱いしてくれたんだ。...今考えてみれば、ただ利用するためだけに優しくしてたんだって...。
僕はね、遊園地って聞くと、確かにここを想像したんだ。...だけど、それは大人にとっての遊園地で、僕はただのアトラクションだった。...声が出なければ泣きわめくこともない。声は出ずともいくらでも開発のしがいはあるって。そう言われてずっと...」
「もういいよ、聞きたくない」
「...結月...」
「俺と今日いて楽しくなかった?」

僕はぶんぶん首を横に振った。

「そんなことない!楽しかった!結月と一緒にいれて楽しかった!」
「じゃあもう怖くないよ、俺が一緒なんだからさ。だからそんな事言うなよ」
「...うん...!」

僕はいつの間にか嬉しくて泣いていた。

「えー、また泣くの?」
「違うもん...嬉しいんだもん...」
「...そういうことにしとく」

ちょうどてっぺんにさしかかった頃、結月は僕を自分の膝に向かい合わせになるように座らせて、僕の頬を撫でた。

「...結月...?」
「幸樹、俺幸樹のこと好きだよ、大好きだ。俺とずっといてくれるよね?」

泣いて真っ赤になった僕の目元を優しく親指で撫でる。僕はその手に擦り寄って精一杯笑って、

「...もちろん!」

と答えた。
結月も微笑んでくれて、そっと唇を重ねる。何度もそうしてきたはずなのに、今日はどこかいつもと違う。
名残惜しく離れて、抱きしめる。結月の体温が、心臓の音が心地いい。
観覧車が回りきって降りると、僕達はチャーチへと向かった。

大好きな結月とこうして手を繋いで歩けるのはあと何回あるんだろう。
大好きな結月とキスできるのはあと何回だろう。
あと何回、結月は僕を求めてくれるんだろう。

横目で僕より少し背の高い結月を見つめる。相変わらず車道側を歩く結月の顔は、本当にかっこいい。
すると、結月と目が合って、先に僕は目を逸らした。

「...なぁに、見とれてた?」
「ち、違...わなくない...見とれてた...かっこいいなって...」
「ふふ、幸樹に見とれてもらえるなら嬉しいよ」

...結月の隣にいられるなんて幸せだ。

そんな幸せを噛み締めて2人で歩いた。

...もちろん、その後雪斗さんにめちゃくちゃ怒られて、僕は1週間喋る事を禁止されたし、結月もめちゃくちゃ怒られてた事は言うまでもないけどね。

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