Bouquet of flowers to Messiah
Half of my life
撫でてくれる優しい手。
でもその手の裏には本当の優しさは存在しなかった。
そこにあるのは…
暗闇から無数の手が伸びてくる。実験体番号で呼ばれる僕。
必死に逃げようとするけれど、その手から逃れることは出来なくて、必死に嫌だと行動で示すしかなかった。それでも僕を押さえつけてきて、左腕が取られて伸ばされる。そこに迫る注射器の針。
...嫌だ!やめて!助けて!
徐々に呼吸が浅くなっていって、息がしずらい。
...誰か...助けて...!
「...ぅき...」
誰だろう…?僕の名前を読んでる…?
父さん...?母さん...?
「...うき、幸樹」
...違う...誰...?
「幸樹!」
結月に呼ばれて目を開ける。
目が覚めて夢だと分かっているのに呼吸ができない。それどころか息をしているのか、出来ているのかすらわからない。
「...大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ」
優しく結月が抱き寄せて背中をさすってくれる。
結月の手は優しい。
それは結月が優しいのもあるし、彼がただ1人の僕の「半身」、メサイアだからというのもある。
彼の心音を聞きながら少しずつ呼吸出来ていくのを感じた。
僕よりも少し身長が高くて、大きな体。全体は茶髪なのに、毛先だけ金色で、少し独特な香水の匂い。
僕が安心できる、唯一の人。
「...結月...?」
僕は少し前まで声が出なかった。
先天性無声症という類稀な病気だ。
その病気のせいで、僕は1度も自分の声を聞いたことがない。話せないからただ話を聞くだけ。
少し大きくなって僕は「治験」という形で製薬会社、もとい組織に入った。どこからか僕のことを聞きつけたらしい人が来て、「声が出るようになります」なんて言っていくものだから、本気になって信じた。
だけど声は出るようになるわけではなかった。
苦しい実験をさせられ、挙句の果てには性欲の発散として使われた。
声が出ないから「やめてください」とも言えず、叫ぶことすらもできなかった。
せめて声が出たら、これは何か変わったのかな…。
僕はここで死ぬのかな…。
実験のせいでボロボロになった脳でうっすらと考える。
何度も逃げようと試みた。けれど見つかってはその度に実験がひどくなった。
逃げるのをやめよう。やめたら僕は死ねるんだ。
この辛い実験からも逃げられる。
そう思っていた矢先。
僕の実験中に組織が襲撃を受けた。
研究者達は皆逃げ出して、研究台に拘束されている僕だけが残った。
...やっぱり死ぬんだ。
そう諦めて目を閉じかけた時。
研究室のドアが開いた音がした。
意識が朦朧とする中で、僕は見た。
真っ黒のコートを着た人が2人、僕の拘束を解いてくれるのを。
遠くでうっすらと聞こえる声が僕を助けようとしてくれている。
そこで僕の意識は途絶えて、気がつけばチャーチの医務室のベッドで寝ていた。
最初に見たのはそばにいた黒咲さんと雪斗さんだった。
「お、目が覚めたか?」
雪斗さんが声をかけてくれたのに、僕は喋ることが出来ない。あわあわしていると、雪斗さんが思い出したように紙とノートをくれた。
「お前、声が出ないんだろ。学会で有名だったんだよ」
「雪、驚いてるから。...お前、名前は?」
僕は慌ててノートに名前を書く。でも僕の字は読めないほどに汚かった。実験で傷ついた神経が文字を書く事を拒否しているかのようだった。
それでも必死に僕は自分の名前を書いて、ノートを差し出した。
どうか読めますようにと、願いを込めて。
『有明幸樹です』
「有明幸樹か、俺は銀雪斗。よろしくな、幸樹」
「俺は黒咲梓音。安心しろ、ここではお前を実験道具にしたりしない」
実験道具にしたりしない...?どういうこと...?
僕は状況が読めないまま、ポカンとしていると、雪斗さんが手を伸ばした。
僕は咄嗟に怖くなって首を竦める。
頭の上に乗せられたその手からは怖い感じは一切なかった。寧ろ優しかった。
「だーいじょうぶだ、助けてやるよ。お前のその声も出るようにしてやる。その前にその薬漬けになってる体治さないといけないんだけどな?」
「かなり辛いだろうが治すためだと思って我慢しろよ」
そこから薬漬けの体を治すための治療が始まった。
正直死ぬほど辛くて、キツくて、かなり暴れた。
『殺してください!こんなに辛いのは嫌だ!』
そうやって書いた事もある。でもその度に雪斗さんや黒咲さんが叱ってくれた。
「バカ言ってんな!助けるって言っただろ!」
「辛いのはわかる、けど、今だけだ」
暴れる僕を抱きしめてくれたこともあった。
落ち着かせるためだ、と言ってたっけ。
そんなことを繰り返して、僕はやっと薬が抜けた。
そしてサクラ候補生としての教育を受けて、メサイアができた。
結月をイライラさせてばかりだったけど、2人でたくさんの事を乗り越えた。
そんなある日、雪斗さんが僕だけ医務室に呼び出した。
「幸樹、人工声帯をつけないか」
一瞬で脳内の漢字変換が働いて、僕は意味を理解した。
喋れるようになる...!
『話せるように、声が出せるんですか!?』
「あぁ、ただし、俺がいいと言うまで絶対に喋るなよ」
この約束の上で僕は手術を受けた。
その間も結月との関係は溝が深まるばかりだった。
ある日結月がいなくなった。
いなくなったわけではなかった。洗脳で組織に戻されてしまったのだと、百瀬さん達が話していた。
僕も助けるために初めて前線に出た。
いつ襲われるかわからない恐怖、いつ死ぬかわからない恐怖、痛み。全てが未知数で、僕が足枷になっているように思っていた時、結月が現れた。
結月は目が見えていなかった。だとすると僕の姿も、僕が今ここにいることも知らない。
まだ雪斗さんからいいよと言われていないけど…
でも、今ここで僕が声をあげなかったら…!
「ゆ...結月...!」
最初に発した言葉は音程がぶっ飛び、言葉になっていないように感じた。
「...幸樹...?」
でも結月は僕として認識してくれた。止まってくれた。
結月の洗脳が解けてから溝はどんどん埋まっていった。
僕のリハビリにも付き合ってくれた。
今となっては声が出る。
結月と話が出来る。
大好きになった結月と一緒に話せている。
こんなことがあるなんて、夢にも見てなかった。
結月の腕の中に収まりながら夢の内容を全て話し終えた。
「...これが僕の見た夢で、僕の過去だよ」
「...そんな酷いことが...」
結月は驚いてはいなさそうだったけど、怒っているように聞こえた。
生きることを諦めた僕がいた。
でも、あのまま死んでいたら後悔したと思う。
結月に会えなくて、ただ絶望して終わってしまう僕の人生はなんて惨めなんだろうと。
でも今僕の隣には結月がいる。
それだけで僕は十分。
僕らが散る最期の時まで。
散ってもなお、一緒にいたい。
そう思える相手は結月だけだ。
「...ねぇ結月...」
「どうした?」
「僕、生きててよかったと思うんだ。生きることを諦めなくてよかったって。じゃないと結月に会えてなかったから」
「遺言みたいに言うな」
そんな会話をしながら、僕は結月にくっついた。
...ねぇ、過去の僕。
生きることを諦めないで、こうして大好きな人に会えるんだよ。
温かい結月の腕の中で僕は過去の自分に話しかける。
きっとどんな道をたどってきたとしても、僕と結月の道は繋がっていたんだ。
そんな気がして、僕はまた目を閉じた。
きっともうあんな夢は見ることは無い。
そう確信して。
でもその手の裏には本当の優しさは存在しなかった。
そこにあるのは…
暗闇から無数の手が伸びてくる。実験体番号で呼ばれる僕。
必死に逃げようとするけれど、その手から逃れることは出来なくて、必死に嫌だと行動で示すしかなかった。それでも僕を押さえつけてきて、左腕が取られて伸ばされる。そこに迫る注射器の針。
...嫌だ!やめて!助けて!
徐々に呼吸が浅くなっていって、息がしずらい。
...誰か...助けて...!
「...ぅき...」
誰だろう…?僕の名前を読んでる…?
父さん...?母さん...?
「...うき、幸樹」
...違う...誰...?
「幸樹!」
結月に呼ばれて目を開ける。
目が覚めて夢だと分かっているのに呼吸ができない。それどころか息をしているのか、出来ているのかすらわからない。
「...大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ」
優しく結月が抱き寄せて背中をさすってくれる。
結月の手は優しい。
それは結月が優しいのもあるし、彼がただ1人の僕の「半身」、メサイアだからというのもある。
彼の心音を聞きながら少しずつ呼吸出来ていくのを感じた。
僕よりも少し身長が高くて、大きな体。全体は茶髪なのに、毛先だけ金色で、少し独特な香水の匂い。
僕が安心できる、唯一の人。
「...結月...?」
僕は少し前まで声が出なかった。
先天性無声症という類稀な病気だ。
その病気のせいで、僕は1度も自分の声を聞いたことがない。話せないからただ話を聞くだけ。
少し大きくなって僕は「治験」という形で製薬会社、もとい組織に入った。どこからか僕のことを聞きつけたらしい人が来て、「声が出るようになります」なんて言っていくものだから、本気になって信じた。
だけど声は出るようになるわけではなかった。
苦しい実験をさせられ、挙句の果てには性欲の発散として使われた。
声が出ないから「やめてください」とも言えず、叫ぶことすらもできなかった。
せめて声が出たら、これは何か変わったのかな…。
僕はここで死ぬのかな…。
実験のせいでボロボロになった脳でうっすらと考える。
何度も逃げようと試みた。けれど見つかってはその度に実験がひどくなった。
逃げるのをやめよう。やめたら僕は死ねるんだ。
この辛い実験からも逃げられる。
そう思っていた矢先。
僕の実験中に組織が襲撃を受けた。
研究者達は皆逃げ出して、研究台に拘束されている僕だけが残った。
...やっぱり死ぬんだ。
そう諦めて目を閉じかけた時。
研究室のドアが開いた音がした。
意識が朦朧とする中で、僕は見た。
真っ黒のコートを着た人が2人、僕の拘束を解いてくれるのを。
遠くでうっすらと聞こえる声が僕を助けようとしてくれている。
そこで僕の意識は途絶えて、気がつけばチャーチの医務室のベッドで寝ていた。
最初に見たのはそばにいた黒咲さんと雪斗さんだった。
「お、目が覚めたか?」
雪斗さんが声をかけてくれたのに、僕は喋ることが出来ない。あわあわしていると、雪斗さんが思い出したように紙とノートをくれた。
「お前、声が出ないんだろ。学会で有名だったんだよ」
「雪、驚いてるから。...お前、名前は?」
僕は慌ててノートに名前を書く。でも僕の字は読めないほどに汚かった。実験で傷ついた神経が文字を書く事を拒否しているかのようだった。
それでも必死に僕は自分の名前を書いて、ノートを差し出した。
どうか読めますようにと、願いを込めて。
『有明幸樹です』
「有明幸樹か、俺は銀雪斗。よろしくな、幸樹」
「俺は黒咲梓音。安心しろ、ここではお前を実験道具にしたりしない」
実験道具にしたりしない...?どういうこと...?
僕は状況が読めないまま、ポカンとしていると、雪斗さんが手を伸ばした。
僕は咄嗟に怖くなって首を竦める。
頭の上に乗せられたその手からは怖い感じは一切なかった。寧ろ優しかった。
「だーいじょうぶだ、助けてやるよ。お前のその声も出るようにしてやる。その前にその薬漬けになってる体治さないといけないんだけどな?」
「かなり辛いだろうが治すためだと思って我慢しろよ」
そこから薬漬けの体を治すための治療が始まった。
正直死ぬほど辛くて、キツくて、かなり暴れた。
『殺してください!こんなに辛いのは嫌だ!』
そうやって書いた事もある。でもその度に雪斗さんや黒咲さんが叱ってくれた。
「バカ言ってんな!助けるって言っただろ!」
「辛いのはわかる、けど、今だけだ」
暴れる僕を抱きしめてくれたこともあった。
落ち着かせるためだ、と言ってたっけ。
そんなことを繰り返して、僕はやっと薬が抜けた。
そしてサクラ候補生としての教育を受けて、メサイアができた。
結月をイライラさせてばかりだったけど、2人でたくさんの事を乗り越えた。
そんなある日、雪斗さんが僕だけ医務室に呼び出した。
「幸樹、人工声帯をつけないか」
一瞬で脳内の漢字変換が働いて、僕は意味を理解した。
喋れるようになる...!
『話せるように、声が出せるんですか!?』
「あぁ、ただし、俺がいいと言うまで絶対に喋るなよ」
この約束の上で僕は手術を受けた。
その間も結月との関係は溝が深まるばかりだった。
ある日結月がいなくなった。
いなくなったわけではなかった。洗脳で組織に戻されてしまったのだと、百瀬さん達が話していた。
僕も助けるために初めて前線に出た。
いつ襲われるかわからない恐怖、いつ死ぬかわからない恐怖、痛み。全てが未知数で、僕が足枷になっているように思っていた時、結月が現れた。
結月は目が見えていなかった。だとすると僕の姿も、僕が今ここにいることも知らない。
まだ雪斗さんからいいよと言われていないけど…
でも、今ここで僕が声をあげなかったら…!
「ゆ...結月...!」
最初に発した言葉は音程がぶっ飛び、言葉になっていないように感じた。
「...幸樹...?」
でも結月は僕として認識してくれた。止まってくれた。
結月の洗脳が解けてから溝はどんどん埋まっていった。
僕のリハビリにも付き合ってくれた。
今となっては声が出る。
結月と話が出来る。
大好きになった結月と一緒に話せている。
こんなことがあるなんて、夢にも見てなかった。
結月の腕の中に収まりながら夢の内容を全て話し終えた。
「...これが僕の見た夢で、僕の過去だよ」
「...そんな酷いことが...」
結月は驚いてはいなさそうだったけど、怒っているように聞こえた。
生きることを諦めた僕がいた。
でも、あのまま死んでいたら後悔したと思う。
結月に会えなくて、ただ絶望して終わってしまう僕の人生はなんて惨めなんだろうと。
でも今僕の隣には結月がいる。
それだけで僕は十分。
僕らが散る最期の時まで。
散ってもなお、一緒にいたい。
そう思える相手は結月だけだ。
「...ねぇ結月...」
「どうした?」
「僕、生きててよかったと思うんだ。生きることを諦めなくてよかったって。じゃないと結月に会えてなかったから」
「遺言みたいに言うな」
そんな会話をしながら、僕は結月にくっついた。
...ねぇ、過去の僕。
生きることを諦めないで、こうして大好きな人に会えるんだよ。
温かい結月の腕の中で僕は過去の自分に話しかける。
きっとどんな道をたどってきたとしても、僕と結月の道は繋がっていたんだ。
そんな気がして、僕はまた目を閉じた。
きっともうあんな夢は見ることは無い。
そう確信して。
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