部の中心的な弓道部員だった私が異世界に転生したら長耳族でした

クラヤシキ

第五十八話 「譲術師は一人」

 魔神王に似た偽物が私を見て、

「まずはお前だ。目障りな救世主」

 そう言って顔を歪ませた。その瞬間、九本の触手の内、四本が私目掛けて物凄い勢いで飛んで来る。
 これは普通の人が相対すればすっごい速い物が飛んできて、避けられず即死、みたいな感じなんだろうけど、私にとってはただ来るだけ。余裕で避けられる。剣聖と剣鬼の猛攻を凌ぎきったお陰だね。

 黒い波が私を襲う。が、それは私には当たらない。来たら、避ける。そのまま距離を詰めて、槍で一撃を与える、っていうのをやるのは良いんだが、出来ない。何故か私は彼を直視出来ない。見る事は出来るけど1、2秒だ。それ以上は見れない。見ずに投擲すれば絶対外れるだろうしなぁ。うーん…。

「先輩!」
「っっ!何だこれは!」

 サテラの声と共に本体と触手が急停止する。何が起こった。考えながら、避けてたせいで何もわからない。

「サテラ!?何したの!?」
「『変質譲渡(ストレンジギフト)』です。ランダムですが、今回は運良く麻痺が入ったそうです」
「ナイスサポート!流石私の妹分!」
「それより、先輩は一度戻ってください。此処は私が一人で引き受けます」
「え?」
「いいから速く!『変質譲渡(ストレンジギフト)』の効き目は少し薄いんです!早く行ってください!」

 サテラが怒鳴る。サテラの眼には真剣さがあった。私に任せてくれ、っていう眼差しである。私はチラリと偽物の方を見る。邪魔な物を見るような目をして麻痺している。もうすぐで解けそうだ。再び私はサテラを見て、

「本当に任せていいんだね?」

 と尋ねた。サテラはそれに対して、コクリと頷いた。なら問題無い。私は手に魔力を込める。そして、魔力を込めた手をサテラの頭の上に置く。

「?」
「貴方に、『霹靂』を流し込んだ。きっと私の魔力は貴方に対して何らかの良影響を与えるでしょう。貴方の武運を祈るよ、私は」
「!…ありがとうございます!では」
「うん!頑張って!」

 サテラはそのまま、偽物の方へ向き直った。私はそれを尻目に皆の居る方へと走った。と、同時に麻痺が解けたらしく、とんでもない咆哮をあげた。

 _____________

 [サテラ視点]

 先輩は逃げれたみたい。良かった。じゃあ私も頑張ろう。先輩だけじゃなく、皆の役に立つんだ。

「きき…キシッ…。譲渡しか出来ない魔術師如きが俺を一人で抑えるだと?」
「そうですよ。私は、譲渡の魔術師です。だから、唯では此処を通さない。言いましたよね、無力化すると。」
「面白い!此処まで吼える魔術師は初めてだ!」

 偽物が笑う。笑いながら私を見下ろし、九本の触手で私を殺しに来る。だけど、この触手は避けれる。先輩よりは上手く行かないけど、私はちゃんと考えてさっき『変質譲渡』を使ったんだ。

「遅い!」
「な…!鈍い…鈍いぞ。何故だ!」
「麻痺はそう簡単に完治しません。貴方は暫く、後遺症に苦しむでしょう」

 数回に渡る攻撃を避け、私は地面に手を付き、『牽強付会(トラブルギフト)』を使用する。付与概念は「よく飛ばせる軽めの片手斧の生成《単発》」。魔力を込め、地面にその概念を擦りつける。そして、再び魔力を込め、ぐっと手を握る。すると、小さな鉄斧が生成された。それを持って私は構える。

「さぁ!掛かって来なさい!」
「ぐ…っ!ガァアアアアアアアアアアア!」

 八本の触手が時間差で襲って来る。見た感じ、2秒後、二本。その1秒後、三本。その3秒後、一本。横から同時に二本。これは回避。

 2秒の間に私は一呼吸入れる。そして、前を睨み、襲い来る触手に斧を添える。

「っ!」

 ガガン!

 二本同時当て成功。二本は物凄い勢いで偽物遥か後方へと飛んでいく。だが、偽物は動かない。まだ威力が足りないか。

「…!」

 二本当て成功。一本を当てられず、回避。偽物は少し動じる。もう少しだ。

「………!三本撃…四?っはぁっ!」

 三本同時にぶっ飛ばした後、時間差で飛んできたもう一本。しかしそれは八本目ではない。八本目である触手はその後ろに来ていた。あれはさっきぶっ飛ばした一本目…。
 そうか、そういう事か。ぶっ飛ばしてもいくらでも飛んでくる。規則良く飛ばしても意味がないという事だ。
 そうと分かれば。

 私は触手を無視して、本体に向かう。その距離約30m。だけど、今は触手があちらにあり、直ぐには戻せない。つまり触手は一本。一本相手にすればいい。

 脚に力を入れて踏み出す。その時、バチリと碧電が走った。途端に私の走る速さが大きく変わった。一気に距離が縮まる。

「(あぁ…これが先輩の『霹靂(レブダント)』か)」

 九本目をあっさりと通り過ぎ、あっという間に偽物の懐へ入る。私は踏み込み、斧を下から振り上げた。斧は偽物の顎に当たり、止まる。だけど、私はそこで止める気は無い。

「う…ァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「っ!!!グォオアアアアアア!」

 バゴォォォォォォォン!!!!

 家屋などの建築物を壊しながら、偽物が空へぶっ飛ぶ。私はさらに飛ばす準備をする。次は海岸側へ飛ばす!

「ノッッッック!バァッック!」
「ぐがっ…!」

 落ちて来た偽物を地面に着かせる前に海岸側へとぶっ飛ばす。偽物は建造物を破壊しながら、地面をバウンドし、飛ぶ。
 私は、先輩の『霹靂』によって強化された脚でそれを追う。あっという間に路地の出口、海岸の入り口に辿り付き、そこから私も飛ぶ。偽物よりもはるか上空。
 偽物の腹あたりをロックオンし、私は脚から勢いよく落ちる。凄い勢いで腹当たりに落ち、見事に命中。そのまま、黒い砂浜に着陸した。

「……ふぅ」

 起きる気配は無い。私はそれを確認して、安堵した。偽物から離れ、私は急いでその場から離れようとした。時だった。

「逃………が……すか!」
「ぐっ!!貴方、まだ!」

 私は隙を突かれて、触手に拘束された。偽物は私を睨み、近づいて来る。ギリギリと私を締め付けて来る。苦しい。

「ぐ……が…あ…!」
「どうだ…?苦しいか?あぁ苦しい…だろうなぁ…?良い、良いぞ!その苦痛に満ちた表情が俺を…ますます楽しませる!」

 駄目だ。抜け出せない。だんだん何も考えられなくなって来た。もしかしたらそう言う能力なのかもしれない……。やっぱり、私じゃ…足止めにもならないか。
 そう思い瞼を閉じた時。

 血が吹き出る音がした。でも私に痛みは無く、私を襲ったのは地面に叩きつけられる痛みだった。締め付けが緩くなり、私は急いでその触手から抜け出た。其処には、

「俺らの王様の姿を真似て俺のラルダ《ダチ》を襲おうとした挙句、俺らの仲間サテラを殺そうとするとは良い度胸じゃねえか。あぁっ!!?」
「な、なんだお前は…俺の首を斬るなぞ…」
「テメェなんざに答える義理はねぇ。……斬る」
「クレイさん…?」
「おう。サテラ、此処まで良く頑張ったな」

 滾る爆剣を抜いた爆術師、クレイさんだった。クレイさんは私に向かってニカッと笑顔をしてくれた。いつでも陽気だなこの人は。
 と思っていると、肩に手を置かれた。その方向に振り向くと、

「剣聖さん」
「サテラ…。えっと、呼び捨てでいいんでしょうかね…?まぁ良いです。私がおぶりますから背中に乗ってください」
「はい」
「では『戦殺』。頼みます。私はサテラを運び次第戻ってきます」
「承知した」

 剣聖と『戦殺』の降臨者であるモチヅキさんまで来てくれていた。先輩は無事に報告出来たらしい。
 良かった。

 運ばれてる途中、私は気になったので剣聖に聞いてみた。

「あの…私は役に立てたんでしょうか」
「えぇ。それはもう。ラルダを逃した事に加え、敵にあれ程の傷を負わせました。貴方は凄い事をやってくれました」

 そう言って剣聖はふふっと笑った。表情は見えないけど多分笑っているだろう。私は役に立てたのが嬉しくて、笑った。

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