部の中心的な弓道部員だった私が異世界に転生したら長耳族でした

クラヤシキ

第五十六話 「偽物」

 二人の旧英雄は海岸沿いに出て、驚いた。砂浜が割れていたのだ。海に向かって真っ直ぐに。

「これが『殲滅』の力だと言うの?」
「超高密度の熱線だ。流石は神直属の配下と言ったところか」
「貴方の軍勢は?」
「6割程度しか残っていない。だが十分だろう」
「そう。じゃあ私も沼を散布するわね」
「好きにしろ」
「そうさせてもらうわ」

 彼女はそう言って、あたりに沼を生成し、侵食を開始した。少しずつ、少しずつ侵食が進んでいく。たちまち白い砂浜は赤黒く変色してしまった。

「さて、これでここの砂や泥が海を渡ってあっちに行けば、さらに腐敗させる事が出来るわね」
「…」
「八十九級?」
「あっちだ」
「へぇ…?鼻も効くのね」
「一応はな」
「もう行くの?」
「何、様子見さ。勿論俺だけで行く」

 八十九級がいやらしい笑みを浮かべながら歩き出した。ラルダ達が身を潜める、穴蔵の様な路地へ。

 ____________

 路地の閉鎖的な空間に、私達は身を潜めていた。クレスからは街の中央は総て腐敗した事を聞いた。それで此処に住んでいた人々が避難したのが砂浜で、そこで何者かに操られた。そこに私達が突っ込んだ、って感じらしい。

「さて、それじゃあ此処からどうするかだけど…クレス君、『腐敗』の旧英雄は何処へ?」
「正直、『腐敗』の旧英雄は今どこに居るか分からない。逃げた俺達を追ってるとなると今は砂浜に居る可能性があるが…」
「あの広い空間だったら戦いやすいかもね。だけど当然の様にあの目が赤く染まった人達も襲ってくるだろう」
「だとすればあの大軍を退けるのにはラルダの力は必須だ。龍帝やクレイ、俺の攻撃はもう通らない」
「『戦殺』、貴方の因果応報で根元から殺すのはどうでしょう?一応出来るはずですよね?」
「いいや、サテラによって封じられた。因果応報は放てん」

 皆が口々に言う。しかし、実りのない物ばかりだ。敵は『腐敗』の旧英雄、操られた住人達、そしてその住人達を操っている誰か。数は多い。どうしたものか…。と私達が悩みに悩んで居る時、ふと口を開く者が居た。

「一旦外の状況を見てきます。多分私が役に立つのはこういう事ぐらいなので」
「え?サテラが行くのかい?」
「はい。皆さんは話し合って計画を立ててください」
「んー…。正直、君だけ放り出すのはちょっとなぁ…。ラルダ、行ってくれるかい?」
「え、あ、うん。良いよ」

 私が指名されたので立ちあがり、外につながる路にサテラとつく。此処を少し歩けば砂浜に出る。腐敗の力を使われれば即座にばれるような所だ。

「すぐ逃げ込んだけどこんな所すぐばれるよね」
「そうですね。しかし、此処ぐらいしか即座に逃げれる所が無かったんでしょう」
「まあそうだけどさ。ていうかサテラ。結構大きくなった?」
「え?そうですかね?」
「うんうん。結構大きくなってる」
「成長、するんですね」
「そうだね………ん?」
「どうしました?」
「出口に一人、立ってる?」

 こちらからはあまり見えないが、確かにそこに立って居る人が見える。私はすぐに『猟眼』を開眼した。すると、それがよく見えた。
 それは、黒い髪をしていた。それは、背が小さかった。それは、疲れた様な黒い目をしていた。私はその姿に覚えがあった。

「………ウェルト?」

 私は、思わず走り出していた。この世界に来ての初の友人。久々の再会。早く、近くで話したい。あぁ、でも今の私じゃ見下ろしちゃうな。なんて思った。
 しかし私は足を止める。自分でも何故かは分からないけど自然と足が止まった。何故だろう。目も逸らしてしまう。彼を直視出来ない…。
 ウェルトは足を止めた私に話しかけてきた。

「久しぶりだな、ラルダ。またこうして会えた事を嬉しく思う」
「うん…」
「5ヶ月の内に結構成長したようだな。何があったんだ?」
「月の世界でちょっとね…」

 ウェルトは少し困った顔をし、こちらへ歩み寄って来た。

「いざ再会してみれば、チラチラとこちらを見て来るだけで目も合わせてくれないのか?随分と嫌われたな」
「いや、違う。違うの」
「ならば何故」
「先輩に近づかないで下さい」

 私の前に一人の少女が立った。幼い女の子に守られるってなんかおかしな感覚だなぁ。

「そこから一歩でも動けば貴方を無力化します」
「ほう…。魔神王たる俺に矛を向けるか」
「いいえ。貴方はあの魔神王様では無い。唯の偽物ですよ」
「偽物…?」
「はい先輩。彼はあの魔神王様では無いんです。だって、魔神王様は仕事熱心でずっと城内に居るような真面目な人ですよ。こんな所に来る訳がない!それにあんな会話に積極的じゃないですよ!目を合わせろなんて言いませんよ普通!」
「へぇ。そうだったのか…些か、この世代の魔神王はよく知らなくてな…。悪かった」
「…!」

 偽物は俯き、動かなくなった。サテラは一層警戒心を強め、ぐっと拳を握っていた。
 すると偽物がピクリと、身震い程の動きをし始めた、途端だった。突然、黒い触手のような物が私の頰を通り過ぎて行った。何…あれ?

「いやはや、やはり演技はしないに限る。下手な演技をしてもバレるだけだからな。まぁいい。今から丁寧に皆殺しにしてやろう」

 九本の黒い触手が蠢いていた。その九本の触手の持ち主は、これまで以上に無い程に顔を歪ませていた。

「まずはお前からだ。目障りな救世主」

 触手が私に向く。戦闘開始って事だな。

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