狂乱の森と呼ばれる森の主は魔王の娘だった。

病んでる砂糖

番外 十六『雨(前編)』

フードをかぶって髪の色と顔を隠しながら十五、六に見える青年―霧が街の民家の屋根の上から主、こと糸を探していた。

『あー、雨も降りそうだな…これは森に帰って避難を呼び掛けた方がいいか…』

霧が呟いた。

『大変そうですね。』

不意に声をかけられた霧は身構えた。しかし声の正体に気付いて木の抜けたような顔になる。隣には絶世の美男が立っている。約千年前に糸の父、こと魔王と母を倒した勇者 雨波 真だった。

『なんだ…真さんじゃないですか。主を見ませんでした?』

帰ってくる答えは何となくわかっているが一応聞く。

『先程霧さんに見つかったと逃げていきましたよ。』

予想通りの答えにため息をつく。昔から糸はこっちが見つけた瞬間にどっかに行ってしまった。どんなに注意してみはっていても気が付くといなくなっており、その度に銀と手分けして町中を探し回った。本人は霧たちの心配をつゆとも知らずお忍びで街歩きを楽しんでいるようだが。

『ですよね。』

霧の言葉に真はため息をつく。

『糸殿は魔物にも人にも優しいが、優しすぎてそれがあだになることがある。』

糸はいつも人に虐められ、人を信じられなくなった魔物達の傷を癒し、心の傷も癒そうとしている。魔物に人を襲ってはいけないとも教えていた。そして自分がその手本となることで魔物にもう一度人を信じてもらおうといつも考えている。
そのため、糸は人間に襲われ何を言われようと抵抗ひとつせず、何も言わず、霧達が助けに来るまで殴られ、蹴られていた。いつだったか、糸が人買いに連れ去られた時も糸は人形のように馬車にぼうっと座っていた。

『まあ、正当防衛くらいはしてもいいと思うですけど。』

そう、ふたりが話していた時だった。

『っ!見つけた!霧、もう少しで雨が降るの!』

焦った様子の糸が霧に声をかけた。こっちが必死になって探しまわってた糸が逆にこっちを探してきたらしい。

『!探してたんだぞ。』

『ごめんごめん、じゃあ、勇者サマ、じゃあね。』

皮肉だろうか。糸は何故か真のことを勇者サマと呼ぶ。名前で呼んでも構わないと言っているのに何故か昔からそう呼ばれている。二人は焦った様子で森の方へ走っていく。

『霧は南を確認してくれ』

同じく雨が降りそうだと思っている銀が森で待っていた。

『銀は北をみて、私は東を見る、西は更紗が向かってるから。』

『『御意』』

そう言って二人はそれぞれに散っていった。

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