狂乱の森と呼ばれる森の主は魔王の娘だった。

病んでる砂糖

八『先生』

『おーい、直斗と碧斗、それに雅斗に遥斗と優斗に拓斗。みんな留守番よろしく。』

よく分からないポーズを決めながらそう言って先生が出て行く。

『いつも思うけどみんなの名前呼んでから出ていかなくてもいいよな…』

『そうですね。』

俺達はちょっと実家に行ってくる、という先生の気まぐれにより店番をすることになった。

『ってことで、碧斗と雅斗が店番で、俺と遥斗と優斗と拓斗が本棚の整理な。わかった?』

この中で最年長の直斗ー直兄さんーが適当に担当を決める。

『わかったよ。』

そう言って親指を立てるのはこの中で比較的人懐っこい性格の雅斗。

『おっけい。』

そうシンプルに人見知りな遥斗が答える。その他の三人もおっけいと、だけ言って本棚の整理をしていた。この本屋は知る人ぞ知る、みたいな感じだからあまり客は来ない。来ても三人かそこらだろう。

『碧兄さん、お客様が来ましたよ。』

雅斗は、今十一歳で最初は人見知りだったが、この中で一番落ち着いている。きっと直兄さんも人見知りな義弟達のことを考えてこの配置にしたんだろう…とは言ってもこういうことは前からあった。ただ先生はなんか言っちゃ悪いが少し変人だ。ある時は

『ちょっと街一周してくる。』

って普通に出ていった時もあった。そのまま丸一日帰ってこないで俺達が心配していたというのに翌日ケロッと帰ってきて、開口一番

『はー、楽しかった!』

なんて宣えるのだから。それに朝起きたら先生がいなくて、俺たちで探し回ったが昼頃に帰ってきて、

『ちょっと今度の原稿が不安だったから添削して貰ってた。』

とか普通に言ってるんだ。そういうことが起きる度にみんな自分たちの努力は一体…、と何故か虚無感に襲われるのは慣れたことだ。どこへ行っているのか尋ねてものらりくらりとかわされてしまうので問いつめるのは諦めた。

『いらっしゃいませ。あ、更紗さんですか、今日はどうしました?』

『いや、今日はお嬢様の付き添いで。』

そう後ろを更紗さんが振り返る。普段学園では何でもなさそうな顔をしている花梨が更紗の袖にしがみついていた。

『!?』

思わずその珍しい花梨の姿に少し見入る。しかし、すぐに目をそらす。まずい、今ので雅斗に悟られたかもしれない。更紗さんが促すと、花梨が本棚の方へ行った。その姿を思わず目で追ってしまう。彼女の首には包帯がまいてあった。

『雨波、お前その怪我…』

『あぁ…』

花梨は気まずいのかちょっと目を伏せる。するとこちらへ走ってきて俺に抱きついた。

『なっ…!』

『ごめ…』

俺は固まって声を上げそうになるが、泣きそうな声に何も言えなくなってしまった。ふと更紗さんを見ると何故かにやにやしてる。雅斗に助けを求めようと目をやると、雅斗は俺に背を向けて本を読んでいた。わざとに違いない。他も同様に各々本棚の整理の途中で見つけた本を読んでいるふりをしている。目を向けた瞬間全員同じタイミングで本を読み始めたから、間違いなくわざとだろう。

『ぅ…ぅぅ』

暫くすると、花梨が嗚咽を堪えきれずに零し始めた。

『お前…何があってこんな怪我…』

そうやってできる限りやさしい声音で言う。やっと花梨が顔を上げる。その瞳は濡れていて美しかった。何故、気づかなかったのだろう。彼女の魅力に。近くで見つめられれば見とれてしまうほどに澄んだ瞳を、俺は見つめる。

『凛華…嬢に…』

その名前が出てきた瞬間に、激しい嫌悪と怒りを覚える。

『どうしたらそんなことに…』

『私の顔が欲しい、とか…魔力が欲しい…とか言ってて…』

確かに女であれば嫉妬する可愛さ、美しさを花梨は持っている。しかし魔力が欲しいとは欲張りな。だって凛華あいつはついこの間、同級生の魔力を根こそぎ奪ってそのうえその魔力でその同級生をいじめていた。そしてその同級生は行方不明になっている。そこまでしてまだ魔力が欲しいのか。俺はこみあげてくる感情を呑み込んで花梨を宥めた。

『って、あれ?更紗さん?』

『更紗さんは帰った。』

雅斗が言う。

『え!?帰った!?この状況で!?』

俺が花梨を抱きしめたまま問い返す。

『更紗さんからしたらこの状況だからこそだって言うだろうよ。』

いつの間にか降りてきた直兄さんが言った。

『てかこの子お前の学園の友達?あ、いやもうそれ以上か?』

直兄さんがからかうようにそういうと花梨が顔を上げる。

『で?さっきの話の続きは?魔力が欲しいとか何とかって。それの続きが俺、気になるな。』

『あっ確かに僕も気になります。あっ…えっとお名前は?』

『雨波 花梨と言います。』

『え、てか碧兄ついに恋愛ってやつ?』

遥斗が呑気に聞いてくる。

『〜っ!』

あながち違うとは言えない。もし、ただの自惚れかも知れないが、もし花梨が俺に…好意を持っているとしたら違うと言えば花梨を傷付けることになる。

『で、そのお嬢さんは碧斗のことを…』

『ああぁあぁああ!!!やめて直兄さん!!』

『あまり騒がないで…』

うわああ!なんてことを聞いてくれるんだこの人!幸い花梨は気づいていないようだ。それにさりげなく優斗が注意したのだが、あまり聞いている人はいなさそうだ。無垢な瞳でクエスチョンマークを浮かべてる。

(か、かわいい…)

『私が碧斗に…?』

『もしかしたら…す…』

『もう殴りますよ。』

『あ、わかった!わかったから拳をおろせ!お前の痛いんだよ!』

『す…?』

追い討ちを掛ける花梨に俺は頭を抱える。

『あぁ!もうこの話題終わりにしません!?それより怪我のこと!』

そう俺が言うと花梨がはっとした。

『あ、そうそうすっかり忘れてた。』

忘れさせたのあんたでしょ。俺は直兄さんの言葉に思わずイラッとした目を向ける。拓斗はさっきから一言も喋らない。拓斗がここに来たのはまだ三年前。その時拓斗は五歳。俺たちと違って、物心ついている歳だから拾われるまでにやられたことはきっと覚えている。

『さっきは取り乱してすいません…』

花梨が頭を下げる。

『いや別にいいけど…』

そう返事するが横から直兄さんがニヤニヤしているのが気になってならない。それ以外の義弟達は、本棚の整理に戻ったりしている。この場に残ったのは、花梨と俺と、直兄さんと、遥斗だけだ。

『てかなんでさっきは碧斗に抱きついたの?こんなんならお母さんや更紗さんでも良かったんでしょ?』

直兄さんが言う。

『…なんか、気分的に…?』

ヒュウっと直兄さんが口笛を吹く。いや気分的にってなんだよ。そこでなんで口笛吹くの。

『終わりましたかぁ?』

『うわわ!更紗さん!?帰ったんじゃ…?』

『いや、お嬢様置いて帰るわけないじゃないですか。』

『じゃあさっきからずっとそこで…?』

『ええ!とても面白かったですね。あんな甘えてるお嬢様見た事ないですもん!』

この人、なんかズレてる…?面白い?てか着眼点そこ?うちのお嬢様は人に抱きついたりしないのに、とか。

『ま、もうそろそろ夕方ですからお暇しましょうか?』

『うん…ごめん…また来る。』

『じゃあな。』

『またの来店をお待ちしております。』

そう素っ気なく返す。そしてほかの兄弟も揃って頭を下げる。…てかまた来るの!?こんなことがあったあとで!?どうしようか、明日の学園が気まずいかもしれない。でも、花梨とは席が隣だ。明日またなにか聞けるかもしれない。

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