現実で無敵を誇った男は異世界でも無双する

プロテイン

VS黒龍

「ここは...?」

見渡す限りの草原。肌を撫でる風。意識が覚醒した俺の目の前にはそんな光景が広がっていた。

「...随分と静かだな。」

時折吹く風が草を揺らす音以外、何も聞こえない。

転移する直前、この世界は魔物で溢れている、とあの声は言っていた。俺を異世界にどうしても行かせたいのなら、当然安全だ、と主張し、危険はない、と認識させることで異世界への警戒心を薄れさせたはずだ。しかし、そうしなかった。あえて俺に異世界の危険性を告げたのだ。その点において、陽翔はあの声の言ったことは信用に値する、と考えていた。

「その上でこの地には魔物がいないとなると...。」

ここには何らかの理由があって魔物が生息していない、または非常に数が少ないのだろう。

「ならまずは、その原因究明といくか。」

とりあえず、この世界の魔物と戦って、俺がこの世界においてどのくらいの強さなのかを知っておきたいところだ。

「よし、ひとまずこの世界の最初の相手は、さっきから俺の方を見てるやつだな。」

実は、転移してきてから、陽翔はずっと何者かの視線を感じていた。わざと熟考するふりをして隙を見せたりもしたが、攻撃してこないどころか、動く気配すらしない。相当な手練れか、臆病者のどちらかだろう。

「久しぶりに強いやつと戦いたいな。」

陽翔はそう言いながら腕を回し、体を簡単なストレッチでほぐしたあと、迷いのない足取りで歩き出した。


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「ここか。」

視線を辿って陽翔が進んだ先にあったのは、かなり大きな洞窟だった。入り口の高さは100メートル以上。明らかに人間が使うようなサイズの洞窟ではない。だがそれでも陽翔が気後れする様子はなく、ずかずかと中に踏み込んで行く。洞窟は不思議なほどに1本道で、特に迷うことなく最奥付近まで到達する。そこにあったのは巨大な押し扉だった。

(さすがにスライド式とか自動ドアとかじゃないか。)

何をバカなことを言っているんだと自分に苦笑しつつ、陽翔は一気に扉を蹴り開けた。

             ドゴォン!

とても扉を蹴った音とは思えない凄まじい音がなり響き、扉が勢いよく開かれる。そして、部屋の中には巨大なドラゴンがとぐろを巻いていた。おそらくここら一帯の主なのだろう。

(ドラゴンか、まさか実物を見る日が来ようとは。)

この辺を統べるボス的な存在なのだろうか。様々な献上品と思われるものが丁寧に積み上げられている。そして、その頂上に無造作に置かれて━━━否、横たえられているのは、どう見ても少女だった。歳の頃はおそらく陽翔と同程度。髪は黄金とみまごうほどの輝きを放っていたが、何より特筆すべきは、その長く尖った耳だろう。人間の倍くらいの長さがある。

(あれは、俗に言うエルフってやつか?)

しかし、なぜあんな所に彼女は放置されているのか。

(当然、贄としてだろうな。)

昔の日本にもあった人柱にようなものと見て間違いないだろう。だが、決めつけるのは早計だ。自分の先入観に囚われていい結果が出ることなどない。常に冷静に。

「おい、そこのドラゴン。」

いきなり不遜な態度でドラゴンに話しかける陽翔。それに対しドラゴンは片目だけを開いて陽翔を睨みつながら答える。

『脆弱な人間如きがこの私に何の用だ。』

睡眠を邪魔されたドラゴンは明らかに不機嫌そうな声音で答える。だが、それを陽翔が気にした様子はない。

「そこの子は、なぜそんなところに寝かされてるんだ?」

『あぁ?そんなもの人間が献上してきたからに決まっておろう。』

やはり予想通りだったらしい。

「そうか。で、お前はその子をどうするつもりなんだ?」

少女をもの扱いするセリフに思うことが無いわけではなかったが、陽翔は努めて冷静に問いかける。もしかしたら彼女を解放してくれるかもしれない。そんな期待を込めながら。しかし、現実とはいつも非情なものだ。

『腹が空いたら喰らう。ただそれだけのことよ。』

至極当然とばかりに答えるドラゴン。対して陽翔は

「そうか。」

とだけ答え、一瞬思考の海に沈む。彼女を助けなくてはいけない。が、果たしてそれが俺に可能なのかどうか。相手は小説なんかじゃだいたい最強の題名詞として語られるドラゴンだ。当然一筋縄ではいかないだろう。それどころか、あっさり返り討ちにされる可能性すらある。

(だとしても...。)

もとより彼女を助けないなんて選択肢は俺にはない。遠く幼い日の思い出。あいつが覚えてるかは知らないが、楸と俺はひとつの約束をした。曰く━━━

「決して、自分の信念を曲げないこと。」

そう呟いた俺は地面を蹴り、圧倒的なまでのスピードで走り出し、勢いを殺さぬまま、ドラゴンに蹴りを繰り出す。

『グッ...!』

突然であったこと、そして人間とは思えない驚異的なスピードで陽翔が接近してきたことによって攻撃に全く反応できなかったドラゴンは、思わず呻き声をもらす。

『バカな、この私にダメージを与えるだと!?』

大したダメージではない。だが、ただの人間が、己の肉体だけで自分にダメージを与えたという事実に驚愕を禁じ得ない。

しかし驚いているのは陽翔も同様だった。

(何だこの固さは!?)

鉄をも砕く陽翔の蹴りは、軽くドラゴンをふっ飛ばしただけで、目の前のドラゴンの鱗には傷一つ与えられていない。

『貴様ぁ!』

素早く体勢を立て直したドラゴンが怒声と共になぎ払った尻尾を、陽翔はくぐり抜けるようにして回避する。そして尻尾を振り切って無防備な姿を晒すドラゴンに一気に肉薄し、その顎に掌底を打ち出した。

『ガッ...!』

確かな手応え。しかし意識を刈りとるには至っていない。そう判断した陽翔は反撃を警戒し、素早く退避する。そして陽翔が距離を取ったことで、戦闘は睨み合いに移行する。

(このままいけば先に体力が尽きるのは俺の方か。)

かなり激しく動いた陽翔とは対照的に、ドラゴンのほうはほとんど動いていない。そうでなくとも、そもそも人とドラゴンでは根本的に基礎体力が異なると思われる。陽翔の打撃があまり効いていない以上、このままだと体力切れの敗北すら起こりうるだろう。

『どうした、来ないのか?』

同じことを考えたのか、ドラゴンは陽翔を挑発してくる。

「もちろん。行かせてもらう。ただし━━━」


対して陽翔は変わらず不遜な態度で返答する。その声色からは敗北を恐れているようには感じられない。しかしそれも当然だろう。なぜなら

「こっからは正真正銘、俺の全力だ。」

彼はまだ本気など出して居なかったのだから。









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鎧龍[リントヴルム] 
実は鎧龍といわれる黒いドラゴン。階級はレッサードラゴン。

エルフの少女[エリーゼ]
彼女の境遇については後ほど。











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