境目の物語

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歪で不思議な鍵

 興奮に呆けていたラグは、その後しばらくして、仲間たちのところへ謝りに行こうと決心した。
 そして踏み出したのだが、すぐに呼び止められる。まだ耳に残る声だ。

『おやおや君たち、何か大切なことを忘れていませんか? ええ』

 2人は振り返り、すぐさま目を丸くした。
 真っ白パーカーのフードで素顔を隠す男。そう、

「「風見さん!?」」

 つい先ほどまで演劇を興じていた、色原 風見その人である。

『ははは、ようやくお会いできましたね、ラグレス君。そちらの容姿端麗で少し変わった心をお持ちのお嬢さんはともかく、君のことは我道からよく聞かされていますよ』
「えっ!? ってことは、やっぱり我道さんの知り合いなのか」
『それはもちろん、わたくしは彼の最初のし……おや? もしや私の話を聞かされていない?』

 意気揚々と話す風見だったが、ふと予定との食い違いに表情を歪める。
 その次は『まさか自慢話だけを?』など独り言をぶつぶつと呟くのだが、最後にはいえいえと首を振って、話を戻した。

『ああそうです本題はこちらでした。確かラグレス君には、この後予定があったはずですが』
「予定?…………あっ鍵!」

 腰のベルトに差したレイピアに視線が移る。風見に指摘されて初めて、ラグはディルとの約束を思い出した。
 直接聞いたわけではないリティはともかく、ラグは命名会議に集中していたため忘れていたのである。

『というわけですよ。ええ。ですから隠れてないで姿を見せていただけませんか、ミスター・ディル!』

 声高にうたい、スポットライトが光る。これも風見の描画に過ぎないが、照らし方は充分。
 精巧な光の絵が指す屋台から、シノビ装束のディルが渋々と姿を見せた。

「彼らには悩む時間が必要だと思って、せっかく隠れていたというのに。まったく手厳しいおひとだ」
『貴方が遠慮するほど、彼らは行き詰まってはいませんよ。ええ。それにラグレス君は許したとしても、あのいぶり狂える彼らはそうではないでしょう』

 燻り狂った、という言葉にはラグもリティも首を傾げた。
 どうやらディルとは通じ合っているようである。疑問符を頭上に浮かべる代わりに、ディルは肩を落とした。

「とほほ……私にも覚悟を決める時が来てしまったみたいだね」

 重たいため息。
 次に両頬をたたいたディルは、弱々しい表情をキリッと整える。頭を上げると、ラグに視線を合わせた。

「では始めようか。ラグレス君、そのレイピアを……そのいびつな鍵を私に」
「え、ああ。どうぞ」

 柄頭から外す手間もなく、ラグはレイピアごと、鞘ごと鍵を受け渡した。

 ディルは共鳴具を用いる時同様、鍵に力を込める。
 ただし平時のそれとは違う。闘鶏様や炎鼠などが漂わせるそれと、類似した力を添えて。
 紡ぎ、輝き、ひねる。

「さあ、扉よ……開け!」

 ガチャリと、重い音を立てた。
 彼らの前に、鏡のような半透明の扉が現れた。

 ラグとリティは好奇の眼差しで見入る。2人の声が上がる前に、扉を開けたディルが手招いた。

「よし、進もうか」

 4人は扉の奥へと進んでいった。





 寸刻すんこく歩いたのち、彼らは広い空間に出る。
 どこまでも広く、どこまでも白く、何もない空間。遠近感が消失し、浮遊感すら錯覚してしまえる。

「まるで夢の中みたいだ」

 ポニーテールを風になびかせながら辺りを見渡し、少年は既知のディルに質問を投げかけようとする。ちょうどそういう時だった。

《おっ、ディルさんじゃないか! 最近ぜーんぜん顔見せてくれねえから、オレたちまで燻り狂っちまうとこだったぜ》

 なんの前振りもなく響き渡る、無邪気な子どもたちの声。発声源は断定不能、しかしその相手はディル1人である。
 ラグとリティは驚きを通り越して、立ちすくむほかない。

 ところでディルは顔色ひとつ変えることなく、むしろ先ほどよりも良くなった具合で、右手を上げて返事とした。

「やあ、本当に久しぶりだね。君たちも相変わらずのようだ。ところで倉庫に置かせてもらいいていた資料は?」
《あんなモノならもう食っちまったぜ。千年放置したモノはオレたちのメシだって、契約んときに言っただろ》
「だよね……」

 自然な流れで双方の言葉は交わされているが、しかし依然として声の主は姿を現さない。
 そのうえ闘鶏様のタイプとも違い、前後左右上下、方向すら定まるところを知らない。ラグはおろか、霊術に明るいリティですら既視感ひとつ感じれずにいた。

《んでディル、そこの子ども2人はなんだ。もしかしてオレたちのメシか? メシなのか!》
「いやいや、今日はここを2人に譲り渡すため、来たんだよ」
「「えっ!?」」

 2人の会話が続く中、唐突にスポットが当てられた。合わせてレイピアも受け渡される。

 もちろんそんな話、少年少女は一言一句聞いていない。それ以前にこの空間についても何も知らない。
 ディルは「まずは吟味をお願いできるかな」と囁きかけるように伝える。

 そのすぐ直後、ラグとリティに視線が注がれた。

 1つ2つ……いやそれ以上。不特定多数からの、舐め回すような視線。
 それは、本当に舌で舐め回されているようでもあり、2人は背筋をゾクっとさせた。

《ふむふむ……へえ〜。そっちの少年は味がしねぇ、けど、先客に舐め取られたって感じ。面白いヤツ。逆に少女の方は頭がクラクラするくらい美味ぇ、なのに、内側は酸っぱい感じ。こりゃここ数日圏内で人生変わりやがったな。微笑ほほえましいヤツ》

 品定めに混ざって、笑い声も響く。声の主が徐々に近づいてくる。
 現実と乖離した、不気味な空気感。そして、

《よしオッケー、合格!》

 それはあまりにも、2人が呑み込むにはあまりにも、突拍子もないセリフだった。

《ほら、利き手出せ。オレたちの不動産と契約してくれんだろ。早くしろ》
「こうか?」「これでいいの?」
《ほい、完了。オレの力を感じるだろ。あとはそれを鍵に込めて捻りゃ、いつでもここに来れるぜ》
「「…………」」

 言われるがまま手を差し出し、本当に結ばれたのかも分からないような契約が終わった今でも、それは変わらない。
 2人は確かに力を受け取っていたが、しかし声の主のペースを掴めはしない。声の主は、2人の様子を気にもかけていない。

《お前ら2人はここを物置きに使えて、オレたちはモノに染みついた記憶をじっくりとすする。もちろんモノに不手際は働かないし、オレたちも腹を満たせて利害一致ってわけだ。
 ああでも、あくまで物置きだ。生き物は置くなよ。特にスヤスヤ眠ったヤツ。いくらオレたちが【思い出喰い】の偏食家だと言っても、さすがに燻り狂ったこの顎で食っちまうからなぁ》

 説明……だったのだろう。ラグとリティはとうに白くなっていた。
 相も変わらず姿が見えず、不自然な風と主の声だけが空間に響き渡る。

 そして、背後で扉が開く音がした。

《さて、用が無いなら今日はもう帰りやがれ。ああでも待った。風見、お前言いたいことがあったから入って来たんじゃねえのか? 想像主アイツと同族なんだろ》
『おやおや、氏には少し失礼が過ぎますが、そうですね。幸せと倖せと仕合わせと……それから死合わせ。4つの「しあわせ」を持つ4からは、逃げてはいけませんよ。ええ』
《なに言ってんだ。さ、出てけ出てけ》

 それは追い出されるように。目的である契約の継承を済ませた4人は、広くて狭いその部屋を後にするのだった。



 ところでテントに戻った2人は、待ち構えていた我道さんと、第二回命名会議の件、倉庫の鍵の件など色々交わすわけだが……その後あれこれあって倉庫を3回ほど往復し、飾りつけられていく事になるのはまた別の話である。




〜W.D. トピックス〜

【燻り狂える怪物】

 燻り狂うという単語それそのものが名称へと通ずる、不特定多数の怪物。虚構にのみ生息する彼らは、非常に素早く、伸びる首と燻り狂った顎で人間を捕らえる。
 非常に有名な怪物ではあるが、目撃情報は一切ない。彼らは目で追えないほどに素早いのである。

【思い出喰い】

 燻り狂える怪物から派生した一種であり、モノに染みついた思い出・記憶・経験などを啜る事を嗜む者たち。平時は燻り狂っておらず、蜜を与えてくれる人間とは仲がいい。
 子どものような声をしているが、実はとても賢い。最近では購入した空間不動産をもとに、虚構で獲物を待ち構えることなく、顧客との友好関係のもとに蜜を啜っている。

 なお啜られたモノは、所有者と触れ合う事で記憶等を思い出す。また彼らはあくまでも美味で真新まあたらしい蜜として啜っているので、力に還元されることはないようである。



 以上、虚構を知らないあなたへ。by風見

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