境目の物語

(ry

風見劇場

「……ごめんリティ、俺のわがままのせいで。怒ってるよな」

 無言で腕を引かれて5分、ようやく開いた口から出た言葉だ。ラグはまだ鬱々うつうつとしているものの、事の発端が自分にあるという事実は受け止めるに至っていた。
 ところでリティは首を横に振って、笑顔を見せた。

「ううん、怒ってないよ。頑固なふたりが対立してる時は一度引き離して頭を冷やさせる、それが竜人の流儀なの」
「頭を冷やす、か。たしかにあのまま言い争ってたら、キリがなかったかも」

 なるほどと言う具合に、ラグは片手を顎に当てて頷いた。その上で、やはり考えが行き詰まってしまう。

「でも、どうするべきだろう。ヘキサとは仲良くやりたいけど、地味な名前のギルドは避けたいし」
「そうね……やっぱりラグとヘキサさん以外の、2人ともが納得できるアイデアが必要なんじゃないかな。あっ、ほらあれ!」

 リティが声を高くして指差す。前方にいつも以上の人だかりが見えた。老若男女問わず様々である。
 演劇……、ディルが昨晩に予告していた催しだった。リティはここを目指して歩いていたのだ。

 ちょうど今人だかりの前方で、真っ白なフード付きパーカーを着た男がマイクを手に取った。

『どうもみなさんこんばんは、そして初めまして。わたくしは秘密結社EZWのWダブリュー担当、神絵師 兼 プロ漫画家 兼 期待の作画班 兼 シナリオライター の風見さんこと、色原 風見かざみと申します。ええ』

 丁寧な自己紹介に合わせて頭を下げる男だが、「色原」という名に驚く者は少なくない。ラグとリティもそのうちだ。
 その上風見は丁寧なことに、驚く彼らを一瞥いちべつした。それ以上は何もないが、人によっては肝を冷やす思いであった。

『さて、今宵の催しである演劇ですが、まずは私の能力をお披露目しましょう』

 風見はポケットから筆を取り出すと、宙に走らせて黒い棒人間を描く。なにもない空気中にである。
 さらに指を鳴らすと、棒人間が手を振り、つづけてふところから花束を取り出した。風見がぽんと頭を撫でると、棒人間は花束を放り投げた。

 そして次の瞬間だ。
 花束が地面に転がると同時に、燃えさかる炎の竜へと姿を変えた。竜炎ドラゴンブレス……、炎のエンチャントを司る美しい無翼蛇竜が、3次元の身体で観衆の頭上を飛び回る。

 ホンモノの竜でも、ホンモノの炎ではない。なぜならそれは絵だから、炎の熱を放つ事はありえない。
 だが観衆がほんとうに熱を感じなかったのか、いやそれはない。その場にいる誰もが言葉を失い、存在しない熱すら感じることができた。

 これが風見という男、この男のみがなせる業である。
 格を遥かに超えた「初めて」に愕然とする観衆の姿も、この男とって楽しみの一つ。満足するまで堪能すると、彼は宣言した。

『充分お分かりいただけたでしょう。以降は私の指揮で描かせていただきます。
 それでは今宵の演劇、風見劇場の第1幕【創生諸説談そうせいしょせつだん-恵みの大地編】をどうぞ、お楽しみください』





 風見の能力によって劇場と化したその空間は、ドーム状の暗がりと塗り替わる。闇に紛れてなお白い彼は、最奥で語り部となっていた。

『それは今より遥か昔、世界には大いなる力を司る者たちが存在していました』

 風見が東を指差す。闇から色彩を取り戻したそこは、炭と灰の大地となる。中心にはローブを被り、翼の腕を持つ女性がいた。

『ひとりは灼炎の熱気を司り、すべてが燃え尽きた死の大地を創る魔女。またの名を、コロナといいます』

 次に西を指差す。同じく色彩を得たそこは、零度に凍えた大地となる。中心には剛毛の服を被り、小柄な体躯たいくを持つ男性がいた。

『もうひとりは零下の冷気を司り、すべてが凍てついた死の大地を創る凶賊。またの名を、コールといいます』

 人物設定を語ると、指揮にあわせて男女が視線を合わせる。空間が凍え、空気が熱を帯びた。
 互いに送ったのは、敵意の視線である。

『ええそうです。相反する力を司る彼らは、互いに天敵であり、倒すべき者同士。一度知り合ってしまえば、争いは避けられません。このように』

 風見が広げた両腕を内側に振る。
 灼炎の大竜巻が、零下の氷津波が、2人の力が放たれる。

 それは魔法の規模にして、メガやギガを遥かに超えた力。
 炎は氷を溶かすがしかし、それでもなお冷気を損なわない津波が嵐に揉まれて荒れ狂い、地表全体を飲み込む。
 双方は浮遊フロートで舞い、戦場を空へと移した。地表の観衆は、触れはしない荒波に膝を呑まれたまま、上空の2人を見上げるばかりだ。

『相反する力を司る彼らですが、その力はまさに互角。底も知れない力の衝突はかの双翼大陸すらも呑み込むほどであり、なお数十年にわたり続くのです!』

 アイススケートのように踊り狂う、風見の激しい指揮。空中で繰り広げられる、出し惜しみもない2人の攻防。
 しかしながら、一切飽きのない展開と描画の業である。誰もが釘付けになった目を離すことが出来なかった。

 そして時の経過も感じさせない十数分の後。
 動き過ぎでヘロヘロな風見が静止のサインを与えると、2人も一度手を止める。風見同様に、肩で息をする状態だった。

『おっとっと。ええ、一見すると無尽蔵な2人の力も、ついに残すところ僅かです』

 バランスを整えて再び指揮が動き出すと、2人の動きが変わる。
 魔女は灼炎の槍を創り出し、凶賊は零下の矛を生み出した。

『そう彼らには、刺し違えてでもこの天敵を滅ぼす覚悟がありました。そして今、互いの胸元に穂先を向けて、飛び出します』

 2人は壁でも蹴ったような勢いで飛び出した。
 穂先を心臓部に向けて、このまま行けば直撃は避けられない。放つ気迫に、観衆は思わず息を呑む。

『そんな時です!!!』

 指揮する拳を突き上げた。

 荒波の中心から、巨大な何かが飛び出した。2人の矛はその物体を貫くに至らず、食い止められてしまう。
 それは、サボテンだった。砂漠の民がよく知る世界樹ほどではないにしろ、あまりにも大きな種である。

『そうです、突如海より姿を現し、戦いを遮ったのは、サボテンでした。いえ、それだけではありません。みなさん、サボテンの頂点をご覧ください!』

 視線が頂点に誘導される。
 子供がいた。少年とも少女とも取れる、中性的な人物だった。

『身の丈に合わない杖を抱えた子供は、ふわふわと飛んで2人の間に入ります。そしてこう言いました』
「おふたりさん、手を止めてくださいな。それからどうか、地上をご覧ください」

 鳥のさえずりのように美しい声に誘われて、2人は地上を見下ろした。自ずと観衆と目が合うのだがその時、2人は目を見開いた。

「うわっ、みんな下見て!」

 観衆から声が上がる。
 大人ほど鈍感で気づくまでのラグが大きかったが、自分たちが立っている地面を見て驚かなかった者は誰一人としていない。

 そこには草原が広がっていた。
 かつての死の大地、あるいは大津波に呑まれた地上が、日の光をうけて美しく輝く緑の大地へと変貌していたのだ。

『そうです、ええ。彼らの大力の相殺により生じた荒波が、死の大地を潤し、生命を育んだのです。あの子供は、新たに生まれた生命の代表者でした』

 再び観衆の視線が戻ると、キャストの3人はちょうど地上に降り立っていた。彼ら3人を、地上の豊かな自然と動物たちが出迎えた。

「私たちに生まれる権利が与えられたのは、おふたりさんのおかげなのです。ですから争いはやめて、どうか私たちみんなで手を取り合ってくださいな」
『子供は両手を差し伸べて、言いました。彼らは悟りました。自らの力は死を呼ぶだけではなかった、ふたつが合わさる事で生命を育む力になると』

 どちらも迷うことなく、その手を取った。2人は涙を流していた。
 それから3人、抱き合った。

『その後、魔女コロナと凶賊コールは夫婦となり、その子供と共にのどかな人生を歩むことになりました。
 また彼らは大いなる力を閉じ込めて、恵みの水を生み出す【源水の宝珠】をつくります。ええ、この恵みにより世界は、大いなる力による死地でなく、豊かな自然を象徴するものへと生まれ変わるのでした』

 物語の結末は、予想もできない喜劇だったのである。これまでの熾烈しれつな争いが嘘のように、暖かい色使いで描かれていた。



 風見が台本を読み終えると、登場人物全員で横に並ぶ。
 風見の指揮が与えられると、全員が揃ってお辞儀をした。劇場はすでに、地下街のものに戻っていた。

『これにてめでたしめでたし。【創世諸説談-恵みの大地編】は以上となります。今宵はご鑑賞いただき、誠にありがとうございました』

 観衆からはこれ以上ないほどの、賞賛の拍手が送られた。興奮で心臓をバクバクとさせて、感動に涙する人も数知れずなこの空間である。
 ラグとリティも、それは同じだった。2人は演劇と現実の差もつかず、あまりの興奮に呆然と立ち尽くしていた。

『拍手のほど、ありがとうございます。ええ。もしよろしければ、明日の第2幕【砂漠の英雄録-前編】をお楽しみに。それでは!』

 最後、次回予告を流しつつ、気合の入った声に合わせて手を結ぶ。締めのサインだ。
 同時にキャストが姿を消す。白フードの指揮者も合わせて、この場を去るのだった。




(ryトピック〜【恋人占い】について〜

 ザイルが持っている、能力系に分類される能力。対象に使用することで生涯を通して最も強く思うことになる相手、つまり伴侶となる者の特徴を曖昧に捉える事ができる。
 精度は能力のレベルと対象の思いに比例する。

 例えばノナに使用すればヘキサの姿がぼんやりと映るが、対してヘキサに使用すればノナの姿がほとんどそのまま映る。などといった具合である。

 またその他にも効果があるようだが、こちらは彼の宿す竜と同様に、現在は明らかになっていない。

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