境目の物語

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接戦! 鋼鼠

 充分な広さを持ち、メラメラと燃える燭台に照らされたひと部屋。その空間に鳴り響く、硬い靴の足音と擦れ合う武具の音。
 死に物狂いで走る3人は、共通して槍と円盾を身につける。着込んだ軽装の鎧は、この街の門番であることを表していた。

 対する彼らの後方、同じく3匹で後を追う魔物たち。
 人間よりひとまわり大きな体格と全身を覆う薄汚れた毛皮、そして特に強い存在感を放つ鋼の爪。二足で駆ける獣の容姿は、人とネズミの双方を彷彿とさせるようだ。

『貴様ら、おいらから逃げ切れるとでも思ってんのか!!!』

 先頭を走る1匹が声を荒げ、大きく踏み込み腕を突き出す。魔物が持つその凶器が、鎧ごと門番の心臓を貫こうとした。

 その時だ。

「喰らえ十字槍ッ!!!」
『何やつ!?』

 少年の声と共に、通路の闇から十文字槍が飛び込む。
 魔物は即座に攻撃の手を止め、両爪で槍を打ち払う。勢い負けした十文字槍は、明後日あさっての方向へと弾き飛ばされた。

「戻ってきて、武器吸引プルⅡ!」

 さらに続く少女の声。紡がれた魔法は十文字槍に効力を発揮し、槍を彼らの元へと引き寄せた。

 そして2人……ラグとリティが立ち塞がる。魔物たちは足を止め、門番たちは腰を抜かして後退あとずさりした。

「全員レベル90超え、真ん中は3ケタ突入してる! 気をつけろリティ、こいつら強いぞ」
「ええ。でも負けられないよね!」

 言葉を交わして、それぞれの武器を構える。2人は意気揚々としており、その活力は殺伐とした雰囲気を一瞬にして塗り替えた。

『へへへっ、人の子にしては面白いじゃないか。ただ逃げ回るだけのそいつらとは大違いだ』

 先頭の1匹は腕を組み、彼らを見下して笑う。次にその爪でラグを指すと、一つ提案を持ちかけてきた。

『お前の技、なかなかいい味だったぜ。なあどうだ、おいらとタイマン張らねえか?』
「俺とあんた、1対1ってことか」
『ああそうだ。お前が死ねば次はそっちの乳がでけえ竜女、それも死ねば皆殺し。けどおいらに勝てたなら、手を引いてやってもいいぜ』

 気づくと他の2匹が部屋の入り口に立ち塞がっている。提案を受け入れないという手はないらしい。
 ただその要素がどうであれ、ラグが提案を断るはずがない。

「臨むところだ!」
「待ってよラグ!」

 しかしその強気な姿勢をリティが抑制する。彼女には認められないところがあった。

「今のは私たち2人でどうにかする流れだったでしょ。私も一緒に戦わせてよ!」
「いや落ち着けリティ。俺ひとりで戦えば、相手も1匹で済むから。それにあの2匹が門番の人たちを狙わないとも限らないし、見張っといてくれないか?」
「うう……わかったわ。負けないでよね!」

 ラグの説得を受けて、リティは煮え切らずとも要求を飲む姿勢を見せた。
 彼女の応援を受けて、ラグは親指を立ててニカッと笑う。それから魔物と目を合わせて、堂々と向き合った。

「よし、この勝負受けて立つ!」
『へへっ、気迫は充分みたいだ。さあ距離を取って位置につけ。お前のその顔、鋼鼠ハガネズミのおいらタイがすぐに恐怖で染め上げてやるぜ!』





 俺は部屋中央を基準に位置取り、槍を両手で構える。一度深呼吸で息を整えてから、冷静に前方を見た。
 ハガネズミを名乗る怪異は、熊のように四つん這いに構えている。あの爪は間違いなく危険だが、二足歩行すら可能とした後脚への注意も疎かにできなさそうだ。

『さあ、来いや!』
「言われなくて……もッ!」

 交わされた言葉を皮切りに、俺は思い切り踏み出す。
 狙いは胴部への一点突き。疾走の力を乗せた重い一撃で、戦いの流れを掴む所存だ。
 だがしかし、

『へっ!』

 髭の生えた鼻で笑うネズミが見せたのは、回避行動ではなく正面への踏み込みだった。
 一瞬の戸惑いが、十文字の穂先に揺らぎを生じさせる。それでもこのひと突きは止められない。

「っ、せいっ!」

 しかしネズミの身体を貫こうとしたその瞬間、左右から交わる鋼の爪が枝刃を受け止める。正面にまっすぐ突き出した穂先も、その身体には届かない。

 それどころか続く打ち払い。思い切り体勢を崩された瞬間、鋭爪がパッと大きく開いて襲い掛かる。

『ワイドクロー!!!』
「うあっ!」

 強引に槍の柄を合わせるが、盾としての役割はほとんど果たせていない。
 切り裂きを逃れた分、爪に乗せられた力が柄を伝う。全身には鈍痛が広がり、俺はたやすく弾き飛ばされてしまった。

『オラどうした、攻撃の手が緩むと思ってんじゃねえんか!』

 ネズミは昂ぶる声と共に、驚異的なフットワークで間髪入れず迫る。

「……っ!?」
『コークスクリュー!!!」

 技の叫びと共に、今度は5本の爪を一点に集中。捻りを加えて貫通力を増したそれは、明らかな殺意を込めて俺の身体を狙う。
 こうなれば最早、集中力を研ぎ澄まさざるを得ない。俺は息をつく間もなく半ば反射的に、どうにか柄での受け流しを成功させる。

……いやまだだ。

「せいっ!」

 引いた右足で強く踏み込み、すれ違い様に斬り返す。自分でも驚くほどの速さが、ネズミの引き締まった上腕に切り傷を刻み込んだ。

『くっ……やるなぁ!!!』

 しかし暴れの後ろ蹴り。予測も回避も間に合わず蹴り飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられた。

「痛えぇ……」
『おあいこだ』
「いや割に合わないって」

 痛む身体を起こし、冗談混じりの言葉を交わす。
 なぜだろう、いつもなら支障が出るくらいの攻撃を受けたはずなのに、不思議と活力が湧いてくる。脳裏には、レッカとの真剣勝負がよぎった。


 そうだ、あの時もレッカの動きを予測して戦っていた。場数が違うレッカの動きだって、少しは見切れていたんだ。
 ならそれは、今だって変わりはしない。たとえ初めて対峙する、爪を武器にする準人型なネズミが相手だとしても、俺に見切れないはずがない。勝機を見出すのは、むしろここからだ。



「はあっ!」

 壁に足をかけて、勢いよく飛び出す。さらに最小限の動きで連撃を繰り出す。

『その動き……っ!』

 口元を歪ませながらも、身軽なステップと鋼鉄の爪で軽く捌いてしまう。が、それでもいい。
 俺の連撃に負けじと、ネズミも反撃に転じた。でも今の俺には回避に十分な距離感、そして心の余裕がある。

 飛び退き、身体を逸らし、受け流し、無理のない斬り返し。
 躱し、いなし、打ち払い、反撃で突き出される爪撃。

 繰り返される爪撃を捌く、慎重な見切り。隙を突くほどの反撃はできないが、一歩ずつ確実に動きを読んでいく。

牽制けんせいとはやるじゃねえか。槍は大振りだけが取り柄じゃねぇって気づいたか』

 言葉を吐くと共に繰り出される大振りのワイドクローを、大きく飛び退いて躱す。その瞬間俺の観察眼が、ネズミのふところにわずかな隙を見出した。

「今だ、閃風斬ッ!!!」

 空を斬り、放つ斬撃波。それが胴部に向けられていることには、ネズミも勘付いていた。
 だがこれは避けられない。間に合わない。

『シザークロスッ!!!』
「なっ!?」

 だがその考えは少し甘かった。
 ワイドクローから返す腕ともう片方。双方を内から外へと交差させた爪撃が、真空の刃を切り裂いた。

『次はお前の番だ!』

 言った途端に飛び掛かる。
 宙に浮いた状態で、ネズミの腕が再び交差した。またシザークロスを放つ気だ。あんなの受け止められる気がしない。

 着地した直後の俺は、再度慌てて飛び退く。
 だがその最中、観察眼に映るネズミの口角が持ち上がった。

「……っ!!!」
『シザークロス……なんてのは嘘だ!』

 ネズミは技なんて使わず、着地と同時に踏み込む。そして

『おらぁっ!』
「ぐふっ!?」

 間髪入れずに繰り出される頭突き。宙にいては避けようもなく、直撃して打ち上げられる。

『いくぜ、コークスクリュー!!!』

 ネズミは地を蹴って飛び上がる。爪を一点に集中させて、今度こそ終わらせに掛かっていた。

 だがタダで負けるつもりなんてない。打ち上げられたお陰で、天井に足が届いた。
 俺は天井に足を掛けて、自らの身体を矢のように撃ち出す。そして放つ。

「これなら、翡翠刺しッ!!!」

 互いに繰り出す、強力な刺突の一撃。だがこの状況では、天井を利用した俺に軍配が上がった。

 身を逸らして、拳の捻りが効いた爪と間一髪ですれ違う。俺の槍は、ガラ空きの胴部に突き立てられた。

『ぐごぉッ!?』

 毛皮の鎧に遮られても、ネズミの撃墜には十分事足りる。
 地面と激しく衝突し、背と腹の双方から圧力を加わった。十文字の穂はさらに深く食い込む。

「どうだ、これが俺の」

 しかし、

『煙幕弾ッ!!!』

 苦しむ顔を上げたかと思った直後、ネズミが黒く濁った気流を吐き出した。

「なんだ……うぁっ!?」

 咄嗟に目を瞑るが、気流が体に触れた途端、凄まじい風圧と共に広がる。俺は突き刺した槍を引き抜く間もなく、ただひとり大きく吹き飛ばされてしまった。


 俺はすぐに目を開く。
 視界に映り込んだのは、辺り一帯を取り囲む黒い煙だった。この観察眼をもってしても、一寸先すら輪郭を見分けられない。

『へへへっ……お前、思った通りの実力だ。まさかおいらの能力【濃煙幕のうえんまく】を使わせるたあなぁ。
 ただこの煙幕は特別性よ。夜目が利く野郎とて、まともな視界を通せねえのさ』

 定まらない方向から聞こえる、息を切らした声。次に鳴り響いたカランッという音は、引き抜かれた十文字槍と見て間違いない。

 俺はいま唯一身につけた武器、レイピアを引き抜いて構える。閃風斬で霧払いを試みようとも考えたが、晒した隙をあの爪で文字通り突かれる可能性を思うと実行には移せなかった。

『さあ……これが本当の最後だ。おいらの切り札メタルクローをお見舞いしてやる。防げなかったら……わかるよな?』
「……っ!!!」

 脅迫を受けて、さらにかたく身構えた。耳に障る爪を掻き合わせる音が、俺の鼓動を極限まで加速させる。

 そしてネズミが踏み込む。足の爪が床を蹴る音が、前後左右どこともわからない方向から響いた。
 その瞬間だ。

『ラグ、今こそ能力の見せどころだ!』
「我道さん! ……そうか!!!」

 我道さんの助言が響き渡り、俺の心に希望が差し込んだ。言葉の意図を直感的に読み取り、すかさず発動に動く。

「境目を歩む者、1秒でいくぞ!」

 名と時間の宣言の直後、視界が切り替わる。
 黒さだけは少しも変わらない。でも違和感に包まれた左目が、景色の輪郭を認識させた。

 見える、前方を斜めに横切り、俺の側面を突こうとするネズミの姿が。たぎる、切り札には切り札をぶつけたいと思える、俺の闘争本心が!

「決めるなら……今だ!」

 技の構えを取り、脳内に吹き荒れる嵐のイメージを練り上げる。

 その時ふと、視界が一瞬暗転した。もう1秒が経過したらしい。目の前の煙幕が濃く感じられる。
 でも左目は今もなおネズミを捉え、レイピアにはさらに力が流れ込んだ。

「来た!」
『何ぃっ!?』

 イメージが定まり、俺は側面を取ったネズミと面を合わせる。俺が目線を合わせたその時、ネズミの挙動が一瞬鈍った。

 放つならここ以外ありえない。

 飛び上がり、両腕を広げるネズミ。力強く踏み込み、振り放つ俺の刃。
 双方の切り札が今、炸裂する!

「閃裂斬ッ!!!」
『メタルクローッ!!!』

 濃い煙幕を吹き飛ばし突き進む、無数の刃を秘めた斬撃波。荒れ狂う嵐に対するは、両爪から放たれる重圧そのもの。

 圧力は斬撃波を押し込み、掻き消さんとする。

「ぐっ……」

 相殺しきれない圧力が、俺にも降り掛かる。
 それでも嵐はタダでは終わらない。この嵐は、障壁を回り込んででも獲物に食らいつくのだ。

『んな馬鹿なっ!?』

 今更気づいても、もう遅い。これが俺の、とっておきの切り札だ。

「いっけーッ!!!」
『ぶぁあああぁぁっっっ!!?』

 俺は拳を突き上げて叫び、斬撃波が獲物を食い荒らす。毛皮の鎧に守られた上で尚その体表に無数の傷が刻み込まれ、ネズミはおのずと悲鳴を上げた。

 そしてドサッと、重さを感じさせる音が地面に一つ。それでなお上体を起こそうと動くネズミの体力には、俺も目を丸くする。



 だが戦いは終わった。

 漂っていた煙幕は消えさり、部屋に備え付けられた燭台が再び視界を照らす。ネズミはどうにか立ち上がるが、すぐに膝をついてうずくまった。

「ラグ、お疲れ様!」
「ああ、応援ありがとうリティ」

 後ろからリティが、満面の笑みを浮かべて駆けてくる。俺も清々しい笑みを返して、飛びつくリティを抱き留めた。
 さらにその背後には、我道さんたち3人の姿。我道さんのサムズアップには、俺も親指を立てて返事を送った。

『チィッ、やるじゃねえか。最初は対人慣れしてねえガキかと思ったが、ひと時でここまで腕を上げるなんて大したもんだ。
 お前は2番隊のリーダーたるおいら、鉄鋼拳士タイを打ち負かした。そんだけの力があれば、ボスも少しは見向きするだろうよ』

 ネズミはゼエゼエと息をつきながらも、俺を指して吐く。少しニヤけた顔とその言葉からは、強い称賛の意が伝わってくる。
 だが、最後の一文だけは、どうしても聞き過ごせなかった。

「ちょっと待て。あんたらのボスってなんだ? 俺そんな奴に用事なんてないんだが」
『何ぃ!? ならなぜお前らはおいら達の、鼠の縄張りを訪れやがった?』
「えっ、そりゃ悲鳴が聞こえたから、人助けに来ただけで」

 なぜだろう、すごいすれ違いを感じる。
 目的を思い返すと、自然と俺たちの視線は門番さんたちの方へ。ハガネズミも同じように、彼らの方を見た。

『……なあお前ら、少し状況確認を取らねえか?』
「ああ、俺もそうすべきだと思う」

 お互いに呆けた顔を浮かべながら、共通の意思を交わす。俺たちは一切の敵対心をなくして、彼らとの確認に動くのだった。




(ryトピック〜【濃煙幕】について〜

 鉄鋼拳士タイが筆頭、そこまで希少でもない特殊技能系の能力。息吹として吐く、魔法の術式に組み込むなどして、特殊な煙幕を放つことができる。

 この煙幕が特殊と言われる所以ゆえんは、その性質にある。煙幕の領域内にいる者は、視覚への障害のみならず、聴覚や嗅覚などの感覚器も狂わせるのだ。
 しかしその錯乱能力は、能力者本人にも影響を与えてしまう。煙幕に最も身近にあることで多少の耐性は補えるが、実戦で用いるには相当の鍛錬と、煙幕の濃淡を適切に操る力量が求められる。

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