境目の物語
灼炎を生む魂
次の早朝
地平線から日が顔を出し、大地の暗闇を照らしていく。街道でその直射を受けることはないが、空の明るさが新しい朝を告げていた。
街道の隅に展開された八角形の大型テントでは、中で動く人影が透けて映る。
次の瞬間その入口から、少年少女が思い切り飛び出した。2人は同じように空を仰ぐと、大きく伸びをした。
「ふわぁ〜、よく寝た。昨晩はありがとね、ラグ!」
「ああ。あんな経験したのは初めてだ」
清々しい顔で言うリティに返事を返すラグには、昨日のような戸惑いがない。もちろん、昨晩はお楽しみだったわけではない。
「(まさか俺が安眠用の抱き枕になる日が来るなんてな。でもおかげでリティの側にいることにだいぶ、慣れた!)」
毒を以て毒を制する。彼女との付き合いも、彼女と共にあることで身に染み込ませる。
斯々然々とあったが、今のラグは彼女への不安を克服しつつある。平時といたって変わらない精神状態で、身体を寄せ合ったまま、晴れ渡る青空の空気を吸い込んだ。
その時、テントから顔を出したヤンが呼んだ。
『おい少年』
「ん、ヤンさんどうかしたのか?」
応じるラグは返事とともに振り向き、彼の元に駆け寄る。外套で身を隠す男は、指先すら見えないほどだぶだぶな袖から一本の武器を取り出した。
「あっ、それって俺の……」
『そうお前の……尖剣だ。いや本題は、柄に取り付けられたこいつの方か』
彼らが口にする通りヤンが握るそれは、ラグの旅を側で支え続けてきた武器。短剣として彼の刃となり、雨上 針縫の手で針状のレイピアへと変化を遂げた、相棒とも言える逸品だ。
しかしその鋭く尖った刃は鞘に納められている。
ヤンが狐面の奥から凝視しているのは、柄の窪みから外され、柄頭から垂れ下がっている歪な鍵。ラグがこの武器を見つけた時から共にあった、どこの鍵穴にも合わなさそうな鍵だった。
『話は我道から聞いていたが、手入れのついでに調べさせてもらった。こいつは共鳴具の一種だ』
「き、共鳴具だったのかそれ!?」
『ああ。だが少し残念な事に、こいつは決められた人物でなければ起動することができない』
「あっ、そうか……」
さも当然かのように飛び出す、長い間謎だった事実。流れるように続く期待を裏切るような言葉。
ラグの気持ちは空高く打ち上げられ、そして打ち落とされた。そのテンションの下りようには、ヤンも引くほどだった。
しかし告げた彼には、そんな気などなかったらしい。
『まあ待て、落ち込むにはまだ早い。どういう因果の巡りか、俺はその持ち主を知っている』
「ほ、本当か!!!」
ヤンが不足していたその言葉を補うと、ラグの心は再び頂点に達した。
『具体的には言いたくないが、その男は社交性に満ち溢れた、世界の立役者だ。この鍵をチラつかせておけば、あちらから接触してくるだろう』
言いながら彼は、鞘から尖剣を抜き出す。
ぱっと見では以前と変わらないが、細かく観察するとその刀身に刃が確認できる。ただの針型だった以前とは違う、よりレイピアに近づいた構造だ。
『これで斬突両用も可能だ。最低でもその男に会うまでは、捨てないでやれ』
「いや捨てる気なんて……まあ、手入れしてくれたことはありがとうございます」
助言の後者にはあまり関係ないと思うところがあるが、前者のテコ入れに感謝してラグは礼を返した。
それから尖剣を受け取り、いつものごとく腰のベルトに括り付ける。武器の数は変わらないが、心強さがラグの心を満たしていた。
そのやりとりが終わった後、彼らの後ろから呼びかける2人の声が聞こえてくる。
『おーい2人共、そろそろ出立だ!』
『今朝の賄いは葱鮪だぜ! ひとり4本、コイツを食いながら旅の続きといこうじゃねえか!』
振り向くと我道さんは手を振り、番亂は焼き立てで湯気が上がっている焼き鳥串を振りかざしていた。リティはその横で、すでに一本を平らげている。
「ああ、いま行く」
『ったく撤収といい出立といい、忙しない奴らだ』
返事を返して、2人は駆け寄る。そこから彼らは街道を本来の用途で、ズンズンと進んで行くのだった。
そして正午
いつも以上の熱量で照りつける日の光に肌を焼かれるような錯覚を覚える。街道を出て日陰を失った俺は、それでも顔を上げて指差した。
「到着だ!」
俺たちの正面には左右共に広がる頑丈で分厚い外壁、訪れた者を待ち構える巨大な門。そう、あの朝飛び出した交易街の南門に、とうとう戻ってきたのだ。
「凄い……! 山里なんかよりも、ずっとずーっと大きいね!」
隣ではリティがぴょんぴょん跳ねながら、街の大きさに大興奮している。その様子を見ると、(あの時は西門だったが)俺がここに来た時のことが思い起こされるようだった。
ところが次の瞬間、リティの動きがピタッと止まる。
何事かと思って様子を見ると、リティは耳をピクつかせていた。ライオン達の足音を探っていた時と同じだ。
「……でも、人の声がしないね」
「人の声? そりゃこんな分厚い門があれば、中の声も聞こえなくてとうぜ……ん?」
リティの質問を主観的意見で返そうとする。だがふと、そんな俺にも疑問が湧き上がった。
リティの聴力なら、中の音も聴き取れるのか?
前提を変えて、中の光景を思い起こす。
街の中は昼夜問わず、行き交う人々と商売の喧騒が絶えず響いていた。止むタイミングがあったとしても、真昼間の今それはありえない。
『……どういうわけか、時期が早まっているな』
「えっ、我道さん?」
我道さんの呟きに目を奪われる。その時、不意に地面が揺れた。
俺たちの横にあった砂が盛り上がり、巨大な砂漠の獣が姿を現す。テント付きのサドルを装備した砂獣、リンちゃんだ。
「魔物!?」
「待ったリティ! この子はリンちゃん、砂漠で救助活動をしてるいいやつだ」
驚いて臨戦態勢を取るリティに、慌てて俺は事情を説明する。すぐに聞き入れてくれたリティは「なんだー」と胸を撫で下ろして、武器を引いてくれた。
全く意味のない争いに発展しなくてよかった。俺も同じように胸を撫で下ろして、ホッと息を吐く。それからリンちゃんに語りかけてみた。
「なあリンちゃん、俺がいない間に何かあったのか?」
しかしリンちゃんは何も言わない。人でなければ魔物の言語も話さないので、当然と言えば当然だった。
それでも潤いに満ちた瞳は、俺たちに何かを語ろうとしている。
俺はその視線の先を追い、東の方向を見た。その時俺の視界に、とんでもないものが入る。
「は? なんだあれ……」
起伏の激しい内陸砂丘が続く地平線の先。その境目から、あろうことか日の光が覗かせていた。思わず俺は目を疑った。
急いで真上を見る。正午の日は確かにそこにある。
視線を水平に戻す。東の地平線からは、全く別の日が昇ろうとしていた。わけがわからない。
「ラグあれ……とてつもない魂を持ってる」
「魂? ……っ、じゃあ闘鶏様の言ってた、霊獣族ってやつか!?」
リティの言葉が指すものは、それだけだった。
大いなる魂を持つ者、霊獣族。闘鶏様はたしかに、すぐ会うことになると言っていた。
『火竜コロナウィング……』
「我道さん?」
『あの鳥……いや竜か? 砂漠の民はそう呼んでいた。そして「地表を灼炎に包む陽光」だとも』
我道さんは含みを持たせたような物言いをすると、すぐに方向転換する。そして一言を言い放った。
『では行くとしよう。君たちのまだ知らない、砂の地下街へと』
「「地下街っ!」」
(ryトピック〜色原 番亂について〜
色原 我道と同じ種族の者であり、返り血で染まったコック服を着た料理人。解体料理長の名を持ち、彼らの中では相当知名度が高いようだ。
彼の口調には料理人とは思えないものがある。これは彼が以前、料理人ではなかったことを指していると推測される。
だが何かをきっかけに、彼は料理人となった。そしてその努力は、彼を一流の言葉で表せないほどの腕利きに仕立て上げた。
そんな彼のモットーは「安値の幸福、高値の至福」。素材の質と鮮度を見極めた彼は、時にあってないような価格で賄いを出し、時に純金すら霞むような高級料理を振る舞う。
しかし彼の店を訪れた客は、皆共通して幸せの表情を浮かべて帰るようだ。
地平線から日が顔を出し、大地の暗闇を照らしていく。街道でその直射を受けることはないが、空の明るさが新しい朝を告げていた。
街道の隅に展開された八角形の大型テントでは、中で動く人影が透けて映る。
次の瞬間その入口から、少年少女が思い切り飛び出した。2人は同じように空を仰ぐと、大きく伸びをした。
「ふわぁ〜、よく寝た。昨晩はありがとね、ラグ!」
「ああ。あんな経験したのは初めてだ」
清々しい顔で言うリティに返事を返すラグには、昨日のような戸惑いがない。もちろん、昨晩はお楽しみだったわけではない。
「(まさか俺が安眠用の抱き枕になる日が来るなんてな。でもおかげでリティの側にいることにだいぶ、慣れた!)」
毒を以て毒を制する。彼女との付き合いも、彼女と共にあることで身に染み込ませる。
斯々然々とあったが、今のラグは彼女への不安を克服しつつある。平時といたって変わらない精神状態で、身体を寄せ合ったまま、晴れ渡る青空の空気を吸い込んだ。
その時、テントから顔を出したヤンが呼んだ。
『おい少年』
「ん、ヤンさんどうかしたのか?」
応じるラグは返事とともに振り向き、彼の元に駆け寄る。外套で身を隠す男は、指先すら見えないほどだぶだぶな袖から一本の武器を取り出した。
「あっ、それって俺の……」
『そうお前の……尖剣だ。いや本題は、柄に取り付けられたこいつの方か』
彼らが口にする通りヤンが握るそれは、ラグの旅を側で支え続けてきた武器。短剣として彼の刃となり、雨上 針縫の手で針状のレイピアへと変化を遂げた、相棒とも言える逸品だ。
しかしその鋭く尖った刃は鞘に納められている。
ヤンが狐面の奥から凝視しているのは、柄の窪みから外され、柄頭から垂れ下がっている歪な鍵。ラグがこの武器を見つけた時から共にあった、どこの鍵穴にも合わなさそうな鍵だった。
『話は我道から聞いていたが、手入れのついでに調べさせてもらった。こいつは共鳴具の一種だ』
「き、共鳴具だったのかそれ!?」
『ああ。だが少し残念な事に、こいつは決められた人物でなければ起動することができない』
「あっ、そうか……」
さも当然かのように飛び出す、長い間謎だった事実。流れるように続く期待を裏切るような言葉。
ラグの気持ちは空高く打ち上げられ、そして打ち落とされた。そのテンションの下りようには、ヤンも引くほどだった。
しかし告げた彼には、そんな気などなかったらしい。
『まあ待て、落ち込むにはまだ早い。どういう因果の巡りか、俺はその持ち主を知っている』
「ほ、本当か!!!」
ヤンが不足していたその言葉を補うと、ラグの心は再び頂点に達した。
『具体的には言いたくないが、その男は社交性に満ち溢れた、世界の立役者だ。この鍵をチラつかせておけば、あちらから接触してくるだろう』
言いながら彼は、鞘から尖剣を抜き出す。
ぱっと見では以前と変わらないが、細かく観察するとその刀身に刃が確認できる。ただの針型だった以前とは違う、よりレイピアに近づいた構造だ。
『これで斬突両用も可能だ。最低でもその男に会うまでは、捨てないでやれ』
「いや捨てる気なんて……まあ、手入れしてくれたことはありがとうございます」
助言の後者にはあまり関係ないと思うところがあるが、前者のテコ入れに感謝してラグは礼を返した。
それから尖剣を受け取り、いつものごとく腰のベルトに括り付ける。武器の数は変わらないが、心強さがラグの心を満たしていた。
そのやりとりが終わった後、彼らの後ろから呼びかける2人の声が聞こえてくる。
『おーい2人共、そろそろ出立だ!』
『今朝の賄いは葱鮪だぜ! ひとり4本、コイツを食いながら旅の続きといこうじゃねえか!』
振り向くと我道さんは手を振り、番亂は焼き立てで湯気が上がっている焼き鳥串を振りかざしていた。リティはその横で、すでに一本を平らげている。
「ああ、いま行く」
『ったく撤収といい出立といい、忙しない奴らだ』
返事を返して、2人は駆け寄る。そこから彼らは街道を本来の用途で、ズンズンと進んで行くのだった。
そして正午
いつも以上の熱量で照りつける日の光に肌を焼かれるような錯覚を覚える。街道を出て日陰を失った俺は、それでも顔を上げて指差した。
「到着だ!」
俺たちの正面には左右共に広がる頑丈で分厚い外壁、訪れた者を待ち構える巨大な門。そう、あの朝飛び出した交易街の南門に、とうとう戻ってきたのだ。
「凄い……! 山里なんかよりも、ずっとずーっと大きいね!」
隣ではリティがぴょんぴょん跳ねながら、街の大きさに大興奮している。その様子を見ると、(あの時は西門だったが)俺がここに来た時のことが思い起こされるようだった。
ところが次の瞬間、リティの動きがピタッと止まる。
何事かと思って様子を見ると、リティは耳をピクつかせていた。ライオン達の足音を探っていた時と同じだ。
「……でも、人の声がしないね」
「人の声? そりゃこんな分厚い門があれば、中の声も聞こえなくてとうぜ……ん?」
リティの質問を主観的意見で返そうとする。だがふと、そんな俺にも疑問が湧き上がった。
リティの聴力なら、中の音も聴き取れるのか?
前提を変えて、中の光景を思い起こす。
街の中は昼夜問わず、行き交う人々と商売の喧騒が絶えず響いていた。止むタイミングがあったとしても、真昼間の今それはありえない。
『……どういうわけか、時期が早まっているな』
「えっ、我道さん?」
我道さんの呟きに目を奪われる。その時、不意に地面が揺れた。
俺たちの横にあった砂が盛り上がり、巨大な砂漠の獣が姿を現す。テント付きのサドルを装備した砂獣、リンちゃんだ。
「魔物!?」
「待ったリティ! この子はリンちゃん、砂漠で救助活動をしてるいいやつだ」
驚いて臨戦態勢を取るリティに、慌てて俺は事情を説明する。すぐに聞き入れてくれたリティは「なんだー」と胸を撫で下ろして、武器を引いてくれた。
全く意味のない争いに発展しなくてよかった。俺も同じように胸を撫で下ろして、ホッと息を吐く。それからリンちゃんに語りかけてみた。
「なあリンちゃん、俺がいない間に何かあったのか?」
しかしリンちゃんは何も言わない。人でなければ魔物の言語も話さないので、当然と言えば当然だった。
それでも潤いに満ちた瞳は、俺たちに何かを語ろうとしている。
俺はその視線の先を追い、東の方向を見た。その時俺の視界に、とんでもないものが入る。
「は? なんだあれ……」
起伏の激しい内陸砂丘が続く地平線の先。その境目から、あろうことか日の光が覗かせていた。思わず俺は目を疑った。
急いで真上を見る。正午の日は確かにそこにある。
視線を水平に戻す。東の地平線からは、全く別の日が昇ろうとしていた。わけがわからない。
「ラグあれ……とてつもない魂を持ってる」
「魂? ……っ、じゃあ闘鶏様の言ってた、霊獣族ってやつか!?」
リティの言葉が指すものは、それだけだった。
大いなる魂を持つ者、霊獣族。闘鶏様はたしかに、すぐ会うことになると言っていた。
『火竜コロナウィング……』
「我道さん?」
『あの鳥……いや竜か? 砂漠の民はそう呼んでいた。そして「地表を灼炎に包む陽光」だとも』
我道さんは含みを持たせたような物言いをすると、すぐに方向転換する。そして一言を言い放った。
『では行くとしよう。君たちのまだ知らない、砂の地下街へと』
「「地下街っ!」」
(ryトピック〜色原 番亂について〜
色原 我道と同じ種族の者であり、返り血で染まったコック服を着た料理人。解体料理長の名を持ち、彼らの中では相当知名度が高いようだ。
彼の口調には料理人とは思えないものがある。これは彼が以前、料理人ではなかったことを指していると推測される。
だが何かをきっかけに、彼は料理人となった。そしてその努力は、彼を一流の言葉で表せないほどの腕利きに仕立て上げた。
そんな彼のモットーは「安値の幸福、高値の至福」。素材の質と鮮度を見極めた彼は、時にあってないような価格で賄いを出し、時に純金すら霞むような高級料理を振る舞う。
しかし彼の店を訪れた客は、皆共通して幸せの表情を浮かべて帰るようだ。
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