境目の物語

(ry

語り歩く砂漠の街道

 話の視点はようやく、ラグとリティのふたりに戻る。

 時間にしてまだ日が落ちるには早い頃、ふたりはのんびりと砂漠の街道を歩いていた。どうやら雑談で盛り上がっているようだ。

「へー、だからみんな左手だったのか」
「そうそう。私たちの身体って左が空想性に偏ってるみたいだから……魔法みたいな非現実的なものは、左のほうが本領を発揮しやすいの!」

 納得がついて感心した様子のラグに、リティは両手に魔法の炎を発生させて胸を張る。
 確かに右手に比べて、左の炎はゆらぎが少なかった。それだけ安定性に差が出ているということだろう。


 実のところ、この原理は科学と魔術どちらの界隈でも論議されており、有力な仮説がいくつも提唱されてきた。リティが話に挙げたものも、そのうちのひとつである。

 右半身は現実性が強く、生命活動に直接的な力を与える。多くの人が右利きであることも、生存に欠かせないこの作用が関係しているという。
 対する左半身は空想性が強く、理想を実現する力を与える。この力があるからこそ文明は発達し、また左利きに天才肌が多いことにも関わっているという。

 仮説の信憑性しんぴょうせいは人それぞれだが、左半身経由で放つ魔法や能力その他諸々の強さは実証されている。ほんの1〜2割程度の優位性は、魔法使いにとって重宝されているのだった。





 その話からもさらに語り歩き、ふと俺の頭上に疑問符が浮かび上がる。闘鶏様がさらっと言っていた、リティの姉のことだ。

「そう言えばさ、リティには姉ちゃんがいるんだって?」
「うん、リティスお姉ちゃん! 4年前に旅立っちゃったけど、それまでは一緒に暮らしてたの」

 質問に答えるリティの目は、いつも以上にきらきらと輝いていた。その動作、元気に揺れる尻尾、息遣いきづかいからは興奮が隠し切れていない。

「とっても優しかったし、人からも懐かれてたし、私よりもよっぽど強くて………それに! 霊術の腕も里一番で、旅に出る前の時点ですでに同時使役を使えてたの。
 闘鶏様からは《歴代最高の霊術師になるかもしれん》って、泣いて喜ばれるくらいだったからね」
「うそっ! あの闘鶏様が泣いて喜ぶ!? 本当にすごい人なんだな、リティの姉ちゃんって」
「えへへ、そうでしょ」

 興奮するリティの口から飛び出す自慢話には、俺も驚かずにいられなかった。
 さすがは闘鶏様をして鬼才と言わしめる人物。どうせ世界を周って歩くのなら、一度は会ってみたいものだ。

「でも変だよな」
「ん? 何が?」

 ふと次の疑問が湧き上がる。

「だってさ、名前に〔ス〕とか〔ズ〕をつけるのって若い方だろ。俺のモニターズだって、グリッチ・モニターの養子って意味だし。
 なのにリティは姉ちゃんの方がそうなってるって、ちょっと不思議だ」
「なんでだろうね。命名がお母さんなのは間違いないけど、私たちお母さんのこと覚えてないのよね」

 質問に対し、リティは首を傾げながら答えた。つまりそれって……

「もしかして、物心つく前に亡くなったとかか?」
「いやいや、そうじゃないの」

 俺の予想は外れていた。リティは手を振って否定し、さらに言葉を続ける。

「10年前のあの日、気づくと私とお姉ちゃんは火山の麓で倒れてたの。家族のことと、故郷の思い出だけを忘れて……」

 そこから続く言葉で、自分たちが山里に拾われた子だと説明するリティは、深いため息をつく。自分のことを暴君を身に宿した凶悪なよそ者だと、そう言っているような重い表情を浮かべていた。

 けど俺が取る反応は、哀れみでも励ましでもない。だって、

「ふっ、ははっ!」

 心の底から笑うしかなかった。

「な、なんで笑うの!?」
「なんでも何も、それ俺じゃん!」

 驚きを隠せず目を丸くするリティに対して、俺は笑いながら返事を返す。

「気づいたら森の中で倒れてて、ゴブリンなんかに拾われてさ。あいつら魔物だってのに俺、何言ってるか聞き取れるんだよ。
 そんなのおかしいよな。人の赤子だった俺が魔物と意思疎通とれて、なのに家族と故郷のことはひとつも覚えてないんだから」
「た、確かに。私と同じだ」

 状況の差異はあれど、話せばリティも納得の表情を浮かべる。それだけ俺たちの境遇は、似通っていた。
 つまりリティも俺と同じで……!

「なあ教えてくれ。リティはどこの世界から来たんだ?」
「どこのって……ここだけど?」

 えっ、それ俺じゃないじゃん。

「そ、そうか……」

 期待しすぎていたらしい。
 もしかすれば俺と同じ世界から来たのかと思ったが、それどころか外から来たわけですらなかった。やはり俺みたいなケースは滅多にないようだ……残念。



 自己の思考の内でがっかりし、俺は肩を落とす。リティは理由をあまり理解せずとも、俺を心配しようとしてくれた。
 ちょうどその時だ。


 ザッ! ザッ!! ザッ!!!


「「っ!?」」

 谷状になった街道の崖上から、獣が砂地を駆ける音が響く。俺たちはすぐに槍/棍を構えると、背中合わせになって音に耳を傾けた。

「……多いしフェンリルのに近い。10匹ぐらいか?」
「いえ、8匹。耳には自信があるから、間違いないはず」
「そっか、ありがとう」

 より正確な情報を察知してくれるリティに感謝しながら、その耳をチラッと見る。
 いわゆる長耳で、少し上を向いてピクッと跳ねる。竜人によって形状は違ったが、この耳は普通より聞き取りやすいんだろうか?

「(いや、今はそれどころじゃないな)リティ、来るぞ!」

 気持ちを切り替えて、敵の行動を伝える。同時に8匹が飛び込み、急襲を仕掛けてきた。

火炎壁メガファイアウォール!」

 すかさずリティの炎魔法。迫り上がる火炎の壁は俺たちを取り囲み、獣たちの行手を遮った。
 そして奴らの距離を取った着地音とともに、リティは火炎をかき消す。そこで初めて、奴らの正確な姿を拝む。

「あれはアスラン……いや獅子ライオンか? しかも全員オスだ」

 フェンリルに似た体格と特徴的なタテガミからは、アスランとライオン2つの名が、やけに鮮明に引っ張り出された。こんなのはクロコダイルの時以来、いやそれより遥かに上だ。

 しかしアスランって誰だ? あの陣形はsiegeシージか……いやシージって何だ?
 普段と比べて明らかに混乱が激しい。それほどまでに、俺は奴らと因縁でもあったのか?

「ラグ、一斉に来るよ!」
「くっ、わかった。手分けなんてせずに、2人でやろう!」
「ええ!」

 リティの合図で現実に引き戻されて、俺はキッパリ余計な考えごとを止めた。同時に戦法も提案して、臨戦態勢を整える。
 ライオン8匹が均等に戦力を分断するはずがない。どちらか一方に攻撃が偏るなら2人で相手した方がマシという考えだが、さてどうなるか。

 俺にしては珍しい、先制されての戦い。その火蓋は主導権を持つ奴らによって、否応なしに落とされた。




(ryトピック〜ラグーンについて〜

 第6部隊の一員にして、槍の名手として名高い青年。カイとは同年代であり、なおかつ空を駆ける魔導船の搭乗資格を所持している努力家でもある。
 しかしそこが彼のすべてではない。彼の最大の特徴は、大の爬虫類嫌いだという点だ。

 少年時代にヘビに噛まれた彼は以来そのことがトラウマになり、近づかれないために槍の腕を磨く。さらには地上から離れるため、魔導船で空に逃げようと考えた。
 そうした理由から腕を磨き、取得難易度が極めて高い魔導船の搭乗資格を目指す。彼は自身の能力【逃避本能】に気づくことなく努力を積み重ね、ついには双方で名の上がる竜騎士となっていた。

……そう、竜騎士である。

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