境目の物語
第3章【霊なる獣の威光】
リリムには負けてしまうも、キスして里を飛び出した俺たち2人。状況に頭がついていかない俺は、リティのなすがままに山道を下り、気づくと手ごろな脇道に連れ込まれていた。
「ごめんラグ!」
本道から隠れる場所につくや否や、リティは両手を合わせて頭を下げた。
「いやいや、必要なことだったんだろ。でもありゃなんだ!? その……舌は入れるものなのか?」
リティは悪くないと断りを入れる俺だが、あの行為は理解出来てなかった。
キス自体は一応、ギルドで働いてた頃に、酒に酔った冒険者たちがしてるのを見たことがある。でも舌を……ってのは見たことがなかった。思考がついていかなかったのも、大半はそのせいだ。
「えっとその……あれは門出の接吻って言って、竜人が里を出るときにする行為というか……」
リティは俺を直視できない様子で、恥じるように指をすり合わせながら説明を試みる。
だがそんな時、俺の胸元で何かが光りはじめた。それだけでなく、バタバタと暴れる。
「ラグそれ……!」
「ん? ああ羽付きの」
主張がなさすぎて、身につけていたことすら忘れていた。これは闘鶏様からもらった、一種の共鳴具だ。
それにこの状態は、レッカといた時にも見たことがある。確か起動すれば、霊体の闘鶏様が現れるはず。
さっそく俺は力を込めて、共鳴具を起動する。直後、羽飾りから飛び出したのは、やはり霊体の闘鶏様だった。
《お主ら、急にすまんの。少し言い忘れたことがあったのじゃ》
現れた闘鶏様は、頭をこくりと下げる。そのあとすぐに、補足説明を開始した。
彼が最初に指名したのはリティだ。
《まずリティ。なかなか情熱的なキスじゃったぞ。あれを見たのも百数年ぶりじゃったから、楽しませてもらったわい》
「そ、そうですか……?」
褒められた?リティは、すこし照れた様子を見せる。しかし闘鶏様には見えていないのか、身振りを意に介さず話を続ける。
《それはそうと、あれは門出の接吻。本来は里の民を裏切ってでも、旅立ちを決意する行為じゃ。
……じゃが、お主にそこまでの気がないのは見んでもわかる。里の民は嫌がるじゃろうが、好きな時に帰ってくるとええ。特にリリムちゃんには、顔を見せてやって欲しいからの》
「はい! わかりました!」
聞いてて暗い話かと思ったが、たんに帰る場所を示してくれただけらしい。つくづくこの鶏は、里の民に甘い気がする。
闘鶏様の微笑みながらの言葉に、リティは元気よく返事をしていた。そこでリティへの補足は完了だ。
次いで闘鶏様は俺の方を向くと、一つ咳込んでから話を始める。
《次に……魄の少年よ》
「あ、そうなるのか」
名指しでの呼ばれ方に、すこし困惑する。
これでも最初は魄の怪物だったから、良くなってはいるのだろう。だが聞かれた俺が理解に手間取るような呼び方はどうかと思う……と、心の中でケチをつけたくなった。
でもここで何を言っても、たぶん本人には届かない。首を真っ直ぐ伸ばした彼の話を、俺はただ受け止める。
《霊獣としての儂は、霊術師を育む師でもある。ゆえに教養が足りぬお主とは、まだ契約を結ぶ気もない》
「まあ……当然か」
今回の件で認められたものと勘違いしていた俺は、状況を再確認するとともに肩を落とす。
だが本題はそこではなかった。闘鶏様は落胆する俺の胸元、羽つきネックレスを翼で指して、話を続ける。
《じゃがそのネックレス。それさえ身につけとれば、今のお主でも儂を呼び出すことが可能じゃ》
「えっ、マジで!?」
《ただし! あくまでも呼び出すところが限度。攻撃させたり鶏軍呼びなどという技は、正式な契約を終えてからじゃ》
闘鶏様を扱えるという、嬉しい知らせ。そしてその喜びを潰すかのように、大きすぎる制限を言い放たれる。
「それ、使えないも同然なのでは?」
無意識のうちに、本音が口から出てしまう。遅れて失言に気づいた俺は、咄嗟に両手で口を塞いだ。
しかし、それすらも笑い飛ばすように、闘鶏様は高笑いしてみせる。
《カッカッカ! そう言うでない。使い方次第では、結構化けるものじゃ。
火山の領域を離れれば、こうして念話を飛ばす事もできんくなるが、旅の無事は祈っておるからのお。カッカッカ!!!》
最後まで愉快な調子で話し、闘鶏様は高笑いと共に霧散した。これでようやく、気が済むまで話し終えたらしい。
ほんとうに言い忘れと補足説明が多いニワトリだった。殺されかけたことも合わせて、そう何度も会いたいと思えない。
…………が、これからもお世話になる予感しかしないのはなぜだろう。
「霊獣族……何者なんだろうな」
ポツリと呟くだけにして、俺はリティに呼びかけた。
そして砂の交易街へと、本格的に歩みを進めるに至る。世話になった山里も、あっという間に遠退くのであった。
一方その頃、砂の交易街〜某所〜
「隊長、お水冷やしてきたっすよ」
「ありがとうランド、相変わらず気が利きますね」
「俺の能力なんてこういう時にしか役立たないんですから、当然のことっすよ」
キンキンに冷えた水入りの水筒を手渡してくれるランドに、私はいつも通りの礼を返す。彼自身は照れているが、ここまでの小間使いに嫌気が差さない人などそう多くはないだろう。
私は弾薬作りの作業を止めて、大きく伸びをする。それから水筒の水をコップに注ぎ、ゆっくり飲み干した。
この水を飲むのも慣れたが、あの国には存在しないもの。国を飛び出さない限り、口にすることもなかっただろう。
ここにきてからは、目まぐるしいほどの変化があった。先日の騒動も、その一つだ。
右を向くと、アル技師がカイのことを振り回している。その傍らには、身体を削り出されて穴だらけになったフリーズゴレムの姿もあった。
「カイ、もっと早くパーツを作ってよ。ボクの手際に負けるってどういうことだ」
「少しは待ってくださいよ。習得はしたといっても、これ消費が激しいんですから」
「休みたいなら終わってからにしてよ。今いいところなんだからさ」
彼らの言葉からも察せるように、カイは騒動の中で新たな魔法を習得していた。
【付与氷人】と【氷人】。母親の魔法に憧れた彼が、ずっと習得に励んでいたものだ。
彼の成長は、今まさに成長期のランドすら超えるほど目覚ましい。しかし、変化したこと全てが良かったわけではなかった。
左を向くと、仰向けに寝たゴルドを、姫さまが看病している。彼の左腕には包帯が巻かれ、苦痛に歪む表情は今もなお痛々しさを醸していた。
「不甲斐ないばかりです。私のような一般兵が、姫さまに看病されるとは」
「もう、ゴルドさんったら。それ言うの禁止って言ったでしょ! だいたい今の私はお姫様じゃなくて、みんなと同じ冒険者なんだから」
「ははは……そうでしたな。私と比べて姫さ……ノナさまは、とてもお強い」
あのワニの件ですっかり気弱になってしまったゴルドを、姫さまは厳しく戒める。それは本来、隊長である私の責務であろうに、今の私にはそれを言う資格がなかった。
あの騒動でゴルドは、私をかばって深い傷を負っていた。私が隙を見せなければ、彼がこうも大怪我することはなかったはずだ。
後悔と隊長としての不甲斐なさに、大きなため息をつく。そんな時に、彼は戻ってくるのだ。
「ヘキサさん、どうしてそんな暗い顔してる。悩みがあるなら俺の頭をかそうか?」
非常にゆったりしたワイドパンツと、デザインのプリントされたTシャツ、それにヘッドホンを首に下げた姿が特徴的な青年。
名をジャズといい、先日契約を確立したIBCの駐在員にあたる、我々の新しい仲間だ。
身のこなしが非常に軽い彼は、気づいた時には目の前にいる。そしていつも悩みなどを聞いてくれるのだ。
「ええ、そうですね。あの時私はどうすべきだったのか、指導の方をお願いしたいです」
「そういうことならお任せあれ。俺たちIBCの知識が、きっとあんたを助けるぜ。なあランド少年!」
「うあぁっ!?」
彼は承認すると、ランドも巻き込んで地面に座る。それから私たち3人は、あの日のことを思い起こすのだった。
(ryトピック〜門出の接吻について〜
もともとは人間の男に恋した竜人族の女性が、親との縁を切る際に用いた最終手段である。
当時の誇り高き竜人族は、下等な人間と接することすらタブー。そのため彼女らの行為は、頭に雷が落ちるくらい衝撃的だったという。
しかし今この行為は何者かの情報操作によって、「門出を示す」儀式に変わっている。行為を見た里民は、ときに歓喜の声を上げ、ときに絶望に打ちひしがれるのだ。
ところでこんな情報操作、いったい何鶏様の仕業なのだろうか……
「ごめんラグ!」
本道から隠れる場所につくや否や、リティは両手を合わせて頭を下げた。
「いやいや、必要なことだったんだろ。でもありゃなんだ!? その……舌は入れるものなのか?」
リティは悪くないと断りを入れる俺だが、あの行為は理解出来てなかった。
キス自体は一応、ギルドで働いてた頃に、酒に酔った冒険者たちがしてるのを見たことがある。でも舌を……ってのは見たことがなかった。思考がついていかなかったのも、大半はそのせいだ。
「えっとその……あれは門出の接吻って言って、竜人が里を出るときにする行為というか……」
リティは俺を直視できない様子で、恥じるように指をすり合わせながら説明を試みる。
だがそんな時、俺の胸元で何かが光りはじめた。それだけでなく、バタバタと暴れる。
「ラグそれ……!」
「ん? ああ羽付きの」
主張がなさすぎて、身につけていたことすら忘れていた。これは闘鶏様からもらった、一種の共鳴具だ。
それにこの状態は、レッカといた時にも見たことがある。確か起動すれば、霊体の闘鶏様が現れるはず。
さっそく俺は力を込めて、共鳴具を起動する。直後、羽飾りから飛び出したのは、やはり霊体の闘鶏様だった。
《お主ら、急にすまんの。少し言い忘れたことがあったのじゃ》
現れた闘鶏様は、頭をこくりと下げる。そのあとすぐに、補足説明を開始した。
彼が最初に指名したのはリティだ。
《まずリティ。なかなか情熱的なキスじゃったぞ。あれを見たのも百数年ぶりじゃったから、楽しませてもらったわい》
「そ、そうですか……?」
褒められた?リティは、すこし照れた様子を見せる。しかし闘鶏様には見えていないのか、身振りを意に介さず話を続ける。
《それはそうと、あれは門出の接吻。本来は里の民を裏切ってでも、旅立ちを決意する行為じゃ。
……じゃが、お主にそこまでの気がないのは見んでもわかる。里の民は嫌がるじゃろうが、好きな時に帰ってくるとええ。特にリリムちゃんには、顔を見せてやって欲しいからの》
「はい! わかりました!」
聞いてて暗い話かと思ったが、たんに帰る場所を示してくれただけらしい。つくづくこの鶏は、里の民に甘い気がする。
闘鶏様の微笑みながらの言葉に、リティは元気よく返事をしていた。そこでリティへの補足は完了だ。
次いで闘鶏様は俺の方を向くと、一つ咳込んでから話を始める。
《次に……魄の少年よ》
「あ、そうなるのか」
名指しでの呼ばれ方に、すこし困惑する。
これでも最初は魄の怪物だったから、良くなってはいるのだろう。だが聞かれた俺が理解に手間取るような呼び方はどうかと思う……と、心の中でケチをつけたくなった。
でもここで何を言っても、たぶん本人には届かない。首を真っ直ぐ伸ばした彼の話を、俺はただ受け止める。
《霊獣としての儂は、霊術師を育む師でもある。ゆえに教養が足りぬお主とは、まだ契約を結ぶ気もない》
「まあ……当然か」
今回の件で認められたものと勘違いしていた俺は、状況を再確認するとともに肩を落とす。
だが本題はそこではなかった。闘鶏様は落胆する俺の胸元、羽つきネックレスを翼で指して、話を続ける。
《じゃがそのネックレス。それさえ身につけとれば、今のお主でも儂を呼び出すことが可能じゃ》
「えっ、マジで!?」
《ただし! あくまでも呼び出すところが限度。攻撃させたり鶏軍呼びなどという技は、正式な契約を終えてからじゃ》
闘鶏様を扱えるという、嬉しい知らせ。そしてその喜びを潰すかのように、大きすぎる制限を言い放たれる。
「それ、使えないも同然なのでは?」
無意識のうちに、本音が口から出てしまう。遅れて失言に気づいた俺は、咄嗟に両手で口を塞いだ。
しかし、それすらも笑い飛ばすように、闘鶏様は高笑いしてみせる。
《カッカッカ! そう言うでない。使い方次第では、結構化けるものじゃ。
火山の領域を離れれば、こうして念話を飛ばす事もできんくなるが、旅の無事は祈っておるからのお。カッカッカ!!!》
最後まで愉快な調子で話し、闘鶏様は高笑いと共に霧散した。これでようやく、気が済むまで話し終えたらしい。
ほんとうに言い忘れと補足説明が多いニワトリだった。殺されかけたことも合わせて、そう何度も会いたいと思えない。
…………が、これからもお世話になる予感しかしないのはなぜだろう。
「霊獣族……何者なんだろうな」
ポツリと呟くだけにして、俺はリティに呼びかけた。
そして砂の交易街へと、本格的に歩みを進めるに至る。世話になった山里も、あっという間に遠退くのであった。
一方その頃、砂の交易街〜某所〜
「隊長、お水冷やしてきたっすよ」
「ありがとうランド、相変わらず気が利きますね」
「俺の能力なんてこういう時にしか役立たないんですから、当然のことっすよ」
キンキンに冷えた水入りの水筒を手渡してくれるランドに、私はいつも通りの礼を返す。彼自身は照れているが、ここまでの小間使いに嫌気が差さない人などそう多くはないだろう。
私は弾薬作りの作業を止めて、大きく伸びをする。それから水筒の水をコップに注ぎ、ゆっくり飲み干した。
この水を飲むのも慣れたが、あの国には存在しないもの。国を飛び出さない限り、口にすることもなかっただろう。
ここにきてからは、目まぐるしいほどの変化があった。先日の騒動も、その一つだ。
右を向くと、アル技師がカイのことを振り回している。その傍らには、身体を削り出されて穴だらけになったフリーズゴレムの姿もあった。
「カイ、もっと早くパーツを作ってよ。ボクの手際に負けるってどういうことだ」
「少しは待ってくださいよ。習得はしたといっても、これ消費が激しいんですから」
「休みたいなら終わってからにしてよ。今いいところなんだからさ」
彼らの言葉からも察せるように、カイは騒動の中で新たな魔法を習得していた。
【付与氷人】と【氷人】。母親の魔法に憧れた彼が、ずっと習得に励んでいたものだ。
彼の成長は、今まさに成長期のランドすら超えるほど目覚ましい。しかし、変化したこと全てが良かったわけではなかった。
左を向くと、仰向けに寝たゴルドを、姫さまが看病している。彼の左腕には包帯が巻かれ、苦痛に歪む表情は今もなお痛々しさを醸していた。
「不甲斐ないばかりです。私のような一般兵が、姫さまに看病されるとは」
「もう、ゴルドさんったら。それ言うの禁止って言ったでしょ! だいたい今の私はお姫様じゃなくて、みんなと同じ冒険者なんだから」
「ははは……そうでしたな。私と比べて姫さ……ノナさまは、とてもお強い」
あのワニの件ですっかり気弱になってしまったゴルドを、姫さまは厳しく戒める。それは本来、隊長である私の責務であろうに、今の私にはそれを言う資格がなかった。
あの騒動でゴルドは、私をかばって深い傷を負っていた。私が隙を見せなければ、彼がこうも大怪我することはなかったはずだ。
後悔と隊長としての不甲斐なさに、大きなため息をつく。そんな時に、彼は戻ってくるのだ。
「ヘキサさん、どうしてそんな暗い顔してる。悩みがあるなら俺の頭をかそうか?」
非常にゆったりしたワイドパンツと、デザインのプリントされたTシャツ、それにヘッドホンを首に下げた姿が特徴的な青年。
名をジャズといい、先日契約を確立したIBCの駐在員にあたる、我々の新しい仲間だ。
身のこなしが非常に軽い彼は、気づいた時には目の前にいる。そしていつも悩みなどを聞いてくれるのだ。
「ええ、そうですね。あの時私はどうすべきだったのか、指導の方をお願いしたいです」
「そういうことならお任せあれ。俺たちIBCの知識が、きっとあんたを助けるぜ。なあランド少年!」
「うあぁっ!?」
彼は承認すると、ランドも巻き込んで地面に座る。それから私たち3人は、あの日のことを思い起こすのだった。
(ryトピック〜門出の接吻について〜
もともとは人間の男に恋した竜人族の女性が、親との縁を切る際に用いた最終手段である。
当時の誇り高き竜人族は、下等な人間と接することすらタブー。そのため彼女らの行為は、頭に雷が落ちるくらい衝撃的だったという。
しかし今この行為は何者かの情報操作によって、「門出を示す」儀式に変わっている。行為を見た里民は、ときに歓喜の声を上げ、ときに絶望に打ちひしがれるのだ。
ところでこんな情報操作、いったい何鶏様の仕業なのだろうか……
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