境目の物語
最高の報酬
《ほれ、座るがよい》
「ああ……」
「ええ……」
最奥にたどり着いた俺たちは、気がつくと闘鶏様の出した座布団に正座させられていた。配慮としてはいいのだろうが、なぜ地面に直接……
困惑するところは色々ある。闘鶏様はちゃぶ台の上に立っているし、そもそも溶岩の滝が映えるような洞窟では、家具の場違い感が半端すさまじい。
だが気にしてもなにも始まらない、というのが正しいのだろう。目の前で胸を張るニワトリは、何食わぬ顔で話を始めた。
《まずは礼を言おう。お主の活躍があってこそ、結界は破られ、我らが民の攻勢が成り立ったのじゃ。
本当なら儂が直々に出るべきだったのじゃが、盟友との誓約により儂はこの里から出られん。信用ならなかった故に伝える事はできんかったが、それでもお主は尽くしてくれた。
そのことも含めて、心より感謝申し上げる》
闘鶏様は深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとう……ございます………」
なんとも堅苦しい空気感。
褒められる事が疎遠なわけではないのだが、こうも目上でこ厳かな人物からというのは初めて。社交辞令だったか、こういう時はどういう態度で受け取るべきなのかわからない。
でもこちらから聞きたいこともある。ここで固まってはいられない。
俺は動きづらいこの空気感を押し退けて、闘鶏様に質問する。
「あの、ひとつ聞いてもいいか……でしょうか?」
《よい。今のお主には、その資格がある。
……とはいっても、用件はわかっておる。どうせリティのことじゃろう》
闘鶏様はすでに、聞きたかったことを理解していた。俺はコクリと頷き、その話を聞くことにした。
《お主、リティが【暴君】を宿しておるのは、十分理解できとるじゃろう》
「ああ。さっきの門番も、リティのことをやたらと怖がってたな」
《当然じゃ。暴君とは神話時代の竜人族、そのほとんどを力のみで滅ぼした怪物……》
闘鶏様は翼を羽ばたかせながら、意気揚々に語る。
だがそれも、すでに聞いたような内容だ。それだけであそこまで言われる理由が、俺にはわからない。
《まあ当然の反応じゃろうて。しかし奴の最も恐ろしいとされるのは、その孤高な在り方じゃ》
「孤高……? ひとりが好きってことか?」
《そんなものであれば、なにも問題はなかったじゃろうな。暴君はほどんどの場合、宿主の意識を乗っ取り、その精神ごと抹消するのじゃ》
「まじで!?」
それはつまり、宿した時点で死が決定的。むしろそこから破壊のかぎりを尽くす……ということか?
《その通りじゃ。現に儂も、暴君に乗っ取られた者は3人と見てきた。あれを止められる者など、ごく少数じゃろうて。ましてや無傷でなど……》
言いながら、闘鶏様は右翼をさすった。
暴君というのは、本当に危険な存在らしい。それに闘鶏様の動きを見るかぎり、あれほどの力をもっても圧倒はできない……
「……でも門番が言ってたよな、リティは手を組んだって。リティは何もしてないんだから、問題は」
《だからこそ危険なのじゃ!》
最初に出遭った時のように、闘鶏様は声を荒げた。翼をバサッと大きく広げて、総毛もまるで逆立っているようだった。
いつもと違うとすれば、その感情が爆発することはなかった。気温も変わらずそのままで、いかに感情を抑えているかが伺える。
闘鶏様は大きく咳き込むと、胸を張って背筋を伸ばす。そして冷静になってから、一つの質問を投げかけた。
《してお主、儂の話を聞いた上で、リティをどう思うか?》
「どうって……今のはリティが宿してる竜の話だろ」
そうとしか言いようがない。今の話を聞いたところで、リティがリティであることには変わりない。
だがこんな意見は、やはり望まれた答えではない。闘鶏様は条件を付け加えて、質問を続ける。
《確かにそうじゃが、いま一度考えてみい。すでに暴君が精神を支配しておるかも知れんのじゃぞ》
「そうだとしても、リティがいてくれたから、今こうして生きてられるんだ。それに暴君に支配されてるなら、看病なんてしてくれないだろ」
暴君であるなら利害の一致で共闘することはあり得ても、終わった後の看病はありえない。それが俺の答えだ。
《うむ、そうか。ならば2人で共に旅をしろ、などと言われても、否定はせんのじゃろうな?》
「ああ! リティと旅ができたら、そりゃあ楽しいだろうな。…………ん?」
最後の質問に快く答えた直後、頭に疑問符が浮かんだ。リティと一緒に、旅を?
その時闘鶏様の目元が、ニヤリと歪む。彼が次に声をかけたのは、リティだ。
《ほれリティ、こやつに言うことがあるじゃろう》
「えっ?」
《このチャンスを逃せば、二度と機は訪れぬと思えぃッ!!!》
「っ! はい!」
ぎこちない応答を終えると、リティは俺と向き合った。
その顔は、少し赤みを帯びている。でも身にまとう気迫は、魔人に立ち向かっていた時のそれだ。
「ねえラグ、お願いがあるの!」
「えっ、おい……まさか!」
潜在的に望んでいたひと言。それが彼女の口から放たれる。
「わたしもラグと旅をしたい! 一緒に世界を回りたいの!!!」
言われた瞬間、頭が真っ白になる。これは夢なのではないかと、目の前の状況を疑った。
でもこれは、現実だ。夢でも幻でもない、本物の事実だ。
「……だめ?」
「いやいや、ダメじゃない! これ以上ないくらい嬉しいよ!」
「ラグ……っ! ありがとう!!!」
お互いに言い出せなかった想いを伝えた。
リティは泣きそうになりながら、俺の胸に飛び込む。そして俺自身もあまりの嬉しさに、リティをギュッと抱きしめていた。
《カッカッカ! やればできるではないか。なら儂からも一本くれてやろう》
闘鶏様は笑いながらちゃぶ台を降り、何かしらの術を唱える。すると台の上に光が集まり、棒状の物に変化した。
俺の十文字槍と同じように強靭な木材が用いられた、黒っぽい柄。膨れた両端にそれぞれ備わった、トッキーの杖槍を思わせる魔石のスロット。
杖のようでもある武器。それは俗に言う、棍棒だ。
「それ、私がずっと欲しがってた……」
《うむ、その通り。以前お主が自作していた物とは違う純正品、【双頭棍ダグザ】じゃ。受け取れぃ》
闘鶏様が差し出すように翼を動かすと、棍は浮遊しながら俺たちの下まで運ばれる。
リティは俺から離れると、その柄を慎重な扱いで握り込んだ。
「私なんかが、ほ、本当によろしいのですか?」
《本当も何も、それはリリムちゃんに頼まれた代物じゃ。「いつかリティが旅に出る日が来たら、その時にあげてください。あの子にもそのくらい慈悲は、必要だから」とな》
「リリムちゃん……」
謙遜していたリティだったが、真意を告げられると、棍を胸に抱き寄せた。その反面、申し訳なさそうな表情をしている。
《旅立ちと別れは表裏一体じゃ。避けて通れぬのは、わかっておろうな》
「……はい」
2人は同時に、ため息をついた。
《今思えば、お主を友として接してくれたのは、リリムちゃんだけじゃったな。正当性を保つためとは言え、お主にはつらい思いをさせてしもうた。本当に、悪かったのぉ》
闘鶏様は懐かしむように、思い出を語り出す。そしてすまなそうに、深々と頭を下げた。
でもリティはいやいやと頭を横に振る。
「そんなことないです。鰐尾竜も支えてくれたし、勇気づけてくれた真っ黒の師匠もいましたから」
リティは自身の尻尾を撫でながら、否定の言葉を返していた。
それ自体が悩みの種を増やしているようにも見える。このまま応答が続くとキリがないと、なんとなく察した。
なので横槍として、俺なりにフォローを入れることにした。
「これからは俺もついてる。それにギルドのみんなだって、きっと歓迎してくれるぜ。だから……ほら、そんな顔すんな」
「うん、そうだね。ありがとう、ラグ」
リティの顔にあの輝かしい笑顔が戻る。陰鬱な空気感も、すっかり晴れてくれた。今度こそフォロー成功だ。
やっぱりこの調子のリティが、見てていちばん微笑ましい。人を守ることは下手でも、支え続けてあげたい。
その思いを胸に秘めて、俺は笑顔を返した。
(ryトピック〜【暴君】についてその1〜
現時点では容姿不明。神話の時代にて邪竜の配下にありながら、最も竜人文明の崩壊を進めたとされる暴君。
その力であらゆる竜に恐怖を植え付け、神を含むほぼすべての竜から敵視された。しかしそれらすべてに引けを取らないほどの、加護を所持しているともされている。
鰐と同じ形状の尻尾と美しき緑鱗を持ち、リティからは鰐尾竜と呼ばれているようだが……
「ああ……」
「ええ……」
最奥にたどり着いた俺たちは、気がつくと闘鶏様の出した座布団に正座させられていた。配慮としてはいいのだろうが、なぜ地面に直接……
困惑するところは色々ある。闘鶏様はちゃぶ台の上に立っているし、そもそも溶岩の滝が映えるような洞窟では、家具の場違い感が半端すさまじい。
だが気にしてもなにも始まらない、というのが正しいのだろう。目の前で胸を張るニワトリは、何食わぬ顔で話を始めた。
《まずは礼を言おう。お主の活躍があってこそ、結界は破られ、我らが民の攻勢が成り立ったのじゃ。
本当なら儂が直々に出るべきだったのじゃが、盟友との誓約により儂はこの里から出られん。信用ならなかった故に伝える事はできんかったが、それでもお主は尽くしてくれた。
そのことも含めて、心より感謝申し上げる》
闘鶏様は深々と頭を下げて、感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとう……ございます………」
なんとも堅苦しい空気感。
褒められる事が疎遠なわけではないのだが、こうも目上でこ厳かな人物からというのは初めて。社交辞令だったか、こういう時はどういう態度で受け取るべきなのかわからない。
でもこちらから聞きたいこともある。ここで固まってはいられない。
俺は動きづらいこの空気感を押し退けて、闘鶏様に質問する。
「あの、ひとつ聞いてもいいか……でしょうか?」
《よい。今のお主には、その資格がある。
……とはいっても、用件はわかっておる。どうせリティのことじゃろう》
闘鶏様はすでに、聞きたかったことを理解していた。俺はコクリと頷き、その話を聞くことにした。
《お主、リティが【暴君】を宿しておるのは、十分理解できとるじゃろう》
「ああ。さっきの門番も、リティのことをやたらと怖がってたな」
《当然じゃ。暴君とは神話時代の竜人族、そのほとんどを力のみで滅ぼした怪物……》
闘鶏様は翼を羽ばたかせながら、意気揚々に語る。
だがそれも、すでに聞いたような内容だ。それだけであそこまで言われる理由が、俺にはわからない。
《まあ当然の反応じゃろうて。しかし奴の最も恐ろしいとされるのは、その孤高な在り方じゃ》
「孤高……? ひとりが好きってことか?」
《そんなものであれば、なにも問題はなかったじゃろうな。暴君はほどんどの場合、宿主の意識を乗っ取り、その精神ごと抹消するのじゃ》
「まじで!?」
それはつまり、宿した時点で死が決定的。むしろそこから破壊のかぎりを尽くす……ということか?
《その通りじゃ。現に儂も、暴君に乗っ取られた者は3人と見てきた。あれを止められる者など、ごく少数じゃろうて。ましてや無傷でなど……》
言いながら、闘鶏様は右翼をさすった。
暴君というのは、本当に危険な存在らしい。それに闘鶏様の動きを見るかぎり、あれほどの力をもっても圧倒はできない……
「……でも門番が言ってたよな、リティは手を組んだって。リティは何もしてないんだから、問題は」
《だからこそ危険なのじゃ!》
最初に出遭った時のように、闘鶏様は声を荒げた。翼をバサッと大きく広げて、総毛もまるで逆立っているようだった。
いつもと違うとすれば、その感情が爆発することはなかった。気温も変わらずそのままで、いかに感情を抑えているかが伺える。
闘鶏様は大きく咳き込むと、胸を張って背筋を伸ばす。そして冷静になってから、一つの質問を投げかけた。
《してお主、儂の話を聞いた上で、リティをどう思うか?》
「どうって……今のはリティが宿してる竜の話だろ」
そうとしか言いようがない。今の話を聞いたところで、リティがリティであることには変わりない。
だがこんな意見は、やはり望まれた答えではない。闘鶏様は条件を付け加えて、質問を続ける。
《確かにそうじゃが、いま一度考えてみい。すでに暴君が精神を支配しておるかも知れんのじゃぞ》
「そうだとしても、リティがいてくれたから、今こうして生きてられるんだ。それに暴君に支配されてるなら、看病なんてしてくれないだろ」
暴君であるなら利害の一致で共闘することはあり得ても、終わった後の看病はありえない。それが俺の答えだ。
《うむ、そうか。ならば2人で共に旅をしろ、などと言われても、否定はせんのじゃろうな?》
「ああ! リティと旅ができたら、そりゃあ楽しいだろうな。…………ん?」
最後の質問に快く答えた直後、頭に疑問符が浮かんだ。リティと一緒に、旅を?
その時闘鶏様の目元が、ニヤリと歪む。彼が次に声をかけたのは、リティだ。
《ほれリティ、こやつに言うことがあるじゃろう》
「えっ?」
《このチャンスを逃せば、二度と機は訪れぬと思えぃッ!!!》
「っ! はい!」
ぎこちない応答を終えると、リティは俺と向き合った。
その顔は、少し赤みを帯びている。でも身にまとう気迫は、魔人に立ち向かっていた時のそれだ。
「ねえラグ、お願いがあるの!」
「えっ、おい……まさか!」
潜在的に望んでいたひと言。それが彼女の口から放たれる。
「わたしもラグと旅をしたい! 一緒に世界を回りたいの!!!」
言われた瞬間、頭が真っ白になる。これは夢なのではないかと、目の前の状況を疑った。
でもこれは、現実だ。夢でも幻でもない、本物の事実だ。
「……だめ?」
「いやいや、ダメじゃない! これ以上ないくらい嬉しいよ!」
「ラグ……っ! ありがとう!!!」
お互いに言い出せなかった想いを伝えた。
リティは泣きそうになりながら、俺の胸に飛び込む。そして俺自身もあまりの嬉しさに、リティをギュッと抱きしめていた。
《カッカッカ! やればできるではないか。なら儂からも一本くれてやろう》
闘鶏様は笑いながらちゃぶ台を降り、何かしらの術を唱える。すると台の上に光が集まり、棒状の物に変化した。
俺の十文字槍と同じように強靭な木材が用いられた、黒っぽい柄。膨れた両端にそれぞれ備わった、トッキーの杖槍を思わせる魔石のスロット。
杖のようでもある武器。それは俗に言う、棍棒だ。
「それ、私がずっと欲しがってた……」
《うむ、その通り。以前お主が自作していた物とは違う純正品、【双頭棍ダグザ】じゃ。受け取れぃ》
闘鶏様が差し出すように翼を動かすと、棍は浮遊しながら俺たちの下まで運ばれる。
リティは俺から離れると、その柄を慎重な扱いで握り込んだ。
「私なんかが、ほ、本当によろしいのですか?」
《本当も何も、それはリリムちゃんに頼まれた代物じゃ。「いつかリティが旅に出る日が来たら、その時にあげてください。あの子にもそのくらい慈悲は、必要だから」とな》
「リリムちゃん……」
謙遜していたリティだったが、真意を告げられると、棍を胸に抱き寄せた。その反面、申し訳なさそうな表情をしている。
《旅立ちと別れは表裏一体じゃ。避けて通れぬのは、わかっておろうな》
「……はい」
2人は同時に、ため息をついた。
《今思えば、お主を友として接してくれたのは、リリムちゃんだけじゃったな。正当性を保つためとは言え、お主にはつらい思いをさせてしもうた。本当に、悪かったのぉ》
闘鶏様は懐かしむように、思い出を語り出す。そしてすまなそうに、深々と頭を下げた。
でもリティはいやいやと頭を横に振る。
「そんなことないです。鰐尾竜も支えてくれたし、勇気づけてくれた真っ黒の師匠もいましたから」
リティは自身の尻尾を撫でながら、否定の言葉を返していた。
それ自体が悩みの種を増やしているようにも見える。このまま応答が続くとキリがないと、なんとなく察した。
なので横槍として、俺なりにフォローを入れることにした。
「これからは俺もついてる。それにギルドのみんなだって、きっと歓迎してくれるぜ。だから……ほら、そんな顔すんな」
「うん、そうだね。ありがとう、ラグ」
リティの顔にあの輝かしい笑顔が戻る。陰鬱な空気感も、すっかり晴れてくれた。今度こそフォロー成功だ。
やっぱりこの調子のリティが、見てていちばん微笑ましい。人を守ることは下手でも、支え続けてあげたい。
その思いを胸に秘めて、俺は笑顔を返した。
(ryトピック〜【暴君】についてその1〜
現時点では容姿不明。神話の時代にて邪竜の配下にありながら、最も竜人文明の崩壊を進めたとされる暴君。
その力であらゆる竜に恐怖を植え付け、神を含むほぼすべての竜から敵視された。しかしそれらすべてに引けを取らないほどの、加護を所持しているともされている。
鰐と同じ形状の尻尾と美しき緑鱗を持ち、リティからは鰐尾竜と呼ばれているようだが……
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