境目の物語
竜人族の差別
宿を出た俺たちは、すぐに里の光景を目の当たりにする。それは自分の目すらも疑いたくなる眺めだ。
せわしく行き交う人々、交渉を繰り返す商人たちの喧騒、大量の鉱物を乗せてレール上を動くトロッコ。初めてここを訪れた時では想像もできないほどの活気が、里全体から満ち溢れていた。
「本当に、救えたんだな……」
「ええ、この賑やかさが帰ってくるなんて、今でも信じられないよ」
自ずと口から、感銘の声が漏れ出る。
ここに来たのはハヤテマルさんから、依頼という名の試練を与えられたから。でもあの日、交易街から飛び出した時では想像もできないくらいの出来事が、ここにはあった。
最初は闘鶏様に殺されかけて、意志を証明するためにレッカと刃を交わして、一度はなす術なく魔人に敗れてしまう。
でもリティとの出会いから状況が変わり、本来の能力の発現、2人での共闘、死を手前にして駆けつけてくれた竜人族の戦士たち。そして最後には希望を繋ぐようにして、満身創痍のなか勝利を手にした。
いま思い返してみても、夢なんじゃないかと思ってしまう。でもこれが、俺たちの掴んだ未来だ。
その喜びを胸に刻んで、俺はリティと共に霊堂へと向かった。
霊堂に到着すると、1人の門番が立っていた。ここに来て最初に出会ったあの2人とは別の、俺たちより少し年上の男だ。
壁にもたれかかっていた彼は、俺たちに気づくなり飛び起きるようにして槍を構えた。
「おいお前ら、止まれ!」
あまりにも予想外の対応。
さすがに場所があれなので、敵意を向けたくない。悟られない程度に身構えつつも、俺は首をかしげるしかない。
「なんだあんた? 俺たちは闘鶏様に呼ばれてきたんだが」
「それはすでに聞いている。だがそこの女、お、お前は、ダメだ!」
彼は利き手でない方の手でリティを指差しながら、声を荒げた。
しかしその指先は震え、腰も少し引けている。
いつもの俺なら気づく前に反論していただろう。だが彼がわずかに見せるその怯えは、先に感じ取ることができた。
「なんで怯えてんだ?」
「う、うるさい! まさかお前、この女の正体を知らないのか!?」
「正体だって?」
俺の口出しに反発して言い放たれた言葉に、疑問が浮かんだ。
きっと表情に出ていたんだろう。彼は俺の顔を見るなり、得意げに説明を始める。
「こいつが宿してるのは、かつて竜人族の文明を滅ぼした怪物、あの悪名高き【暴君】だ。しかもあろうことか、そんな奴と手を組んでいるんだぞ」
「え、リティが?」
言われて振り向く。リティは、俯いていた。
彼の怯えとリティの様子。どちらを見ても、嘘偽りは感じられない。
そういえば魔人に恐怖を植え付ける時、リティが口にしていた暴君のこと。俺の詠唱がそうだったように、戯言の一種かと思っていたが……
「あの時言ってたのって、本当のことだったのか」
「……うん。あれも、今のも、全部本当のこと」
彼女の口から聞けて初めて、あれが事実だと知った。
「やっぱりラグも怖いよね、私のこと……」
哀しげな表情を浮かべて、リティは告げた。
彼はその隙を見逃さない。ここぞとばかりに声を張り上げ、さらに訴えてくる。
「ほら見ろ、聞いただろ! この女がその気になれば、お前だろうと楽に殺して見せるだろうよ」
「わ、私はそんなことっ」
「言い切れるのか? いいや無理だな。こころの中だと何もかも破壊したがってるクセによ!」
「うぅ!?」
言葉で強く押されて、一歩退く。リティには、言い返すことが出来なかった。
その弱気な様子を見ていい気になったのか、今度は俺に問いかけてくる。
「お前も死にたくはないだろ。なら今ここで、この女を殺そうじゃないか、なぁ!!!」
「ラグっ……!!!」
勧誘、リティの目に涙すら浮かぶ。
脅威は排除して当然。リティはその脅威なのだから、同じように排除するのは当たり前。
口に出さなくても、そんな考えがひしひしと伝わってくる。それ自体も、間違ってはいないのかもしれない。
……まあでも、それを聞こうが聞くまいが、俺の考えは変わらない。当たり前だ、
「そんな話に乗ってたまるか。
魔人を倒すために協力して、俺でも出せないくらいの勇気を出してくれて、しかも看病までしてくれたリティが、自ら望んで俺を殺す?
冗談も大概にしろ!!!」
「……っ!」
あんなこと言われて、引き下がることなどできない。俺はリティの前に出て、全力で言い放った。
当然、この言い分を彼が認めることなどない。
「くっ、お前……! それがどういう意味かわかってるのか!」
彼は怒りを露わにして、ついにその矛先を向ける。
だがもうそんなこと、百も承知だ。こうなれば、立場もなにも関係ない。
「来るならこいよ。俺が信じるのはリティだ!」
殺す気はなくとも、俺は槍を手に持つ。受け流しに使うのはもちろんだが、威嚇になればなおよし。
「く、くそっ。こうなればどちらも、こ、殺すまでだ!」
怯えは十分にある。だが槍を動かす手は止まらない。
彼は恐怖と緊張に顔を真っ青にしながらも、大きく踏み込んだ。
そして俺たちに飛び掛かる!
だがまさにその瞬間だ。
《止めいッ!!!》
ここにいる全員の頭に、闘鶏様の声が響く。
同時に淡い光を放つ、タマムシが呼び出される。それはエネルギー体の盾を展開して、槍の穂先を軽々と受け止めた。
阻止された彼は、そこで正気に戻る。次に見せたのは、忠誠心を感じさせるような跪きだ。
「も、申しわけございません! 長様の客人ともあろうこの少年を、わ、わたしは……!」
彼は冷静に状況を分析して、後悔の念がこもった言葉を続ける。だが闘鶏様の回答は、意外なものだった。
《よい、お主は何一つ悪くない》
「で、ですが……」
《今回は止めに入るのが遅れた、この儂の責任じゃ。それにあやつは傷ついておらん。ここは気負うことなく、いつもの持ち場に戻るのじゃ」
「……はい。この慈悲、ありがたく受け取らせていただきます」
叱るわけでもなく、むしろ自分を戒める。
最後にこの場を立ち去るよう言われた門番は、感謝に深々と頭を下げて、村の正門へと走り去っていった。
門番が視界から消えたことを確認すると、俺は槍を背に戻す。ちょうど霊堂の入口に向き直したタイミングで、闘鶏様は話し始めた。
《お主の心掛けは見せてもろうた。早う入ってこい》
「ああ、了解した」
俺に対しての言葉は、本人の口からなる確かな許可だった。これ以上の妨害はもうないと見ていいのだろう。
俺は安心感に包まれながらも、返事をした。
しかしながら、言葉があるのは、俺だけではないらしい。
《それとリティ!》
「っ!? はい、長様!」
闘鶏様は怒りっぽく声を荒げ、リティの名を呼ぶ。後ろの方では、その声に驚く民の存在も感じとれた。
《話がある、入ってこい》
まるで煮えたぎる怒りを隠すかのような、冷酷さをもって言い放たれる。リティは「……わかりました」とだけ言うと、俺の横についた。
まさか今起きた事の原因であるリティを、激しく叱るつもりなのだろうか。そうなると俺が身をもって受けたような、いやそれ以上の仕打ちを……
先の展開を思うと、俺の胸まで苦しくなる。高まる緊張感に、脈拍が速まるを感じる。
「もし何かされそうになったら、できる限り俺が守ってやるから」
「えっ? うん、ありがと」
安心させようと言葉をかけた。でもリティの反応からして、なにか滑ってしまった気がする。
……ていうか、緊張を真に受けているのは、俺の方じゃないか!
冷静になってそう思うと、なんだか恥ずかしくなってくる。
「ああもう、とっとと行くぞリティ!」
「え、ラグ!?」
俺は勢いに任せて、リティと手を繋ぐ。そしてすぐに、足を早めたのだった。
全ては闘鶏様の待つ最奥に、なるべく早くたどり着くために……
(ryトピック〜竜人族についてその5〜
彼らは他の種族を嫌う。そのため彼らの縄張りには、必ず門番(もしくはそれに当たる役職)が存在している。
門番は縄張りへの侵入を拒む力を持たなければならない。ゆえに縄張りの中でも、最高峰の戦闘能力と判断力をもつ者が選ばれる。
またそれに類する才能を持つ者は、見習いとして門番の下に先達の動きを習う。今はまだ力不足であれ、いつの日か門番を担う人格と力を身につけることだろう。
せわしく行き交う人々、交渉を繰り返す商人たちの喧騒、大量の鉱物を乗せてレール上を動くトロッコ。初めてここを訪れた時では想像もできないほどの活気が、里全体から満ち溢れていた。
「本当に、救えたんだな……」
「ええ、この賑やかさが帰ってくるなんて、今でも信じられないよ」
自ずと口から、感銘の声が漏れ出る。
ここに来たのはハヤテマルさんから、依頼という名の試練を与えられたから。でもあの日、交易街から飛び出した時では想像もできないくらいの出来事が、ここにはあった。
最初は闘鶏様に殺されかけて、意志を証明するためにレッカと刃を交わして、一度はなす術なく魔人に敗れてしまう。
でもリティとの出会いから状況が変わり、本来の能力の発現、2人での共闘、死を手前にして駆けつけてくれた竜人族の戦士たち。そして最後には希望を繋ぐようにして、満身創痍のなか勝利を手にした。
いま思い返してみても、夢なんじゃないかと思ってしまう。でもこれが、俺たちの掴んだ未来だ。
その喜びを胸に刻んで、俺はリティと共に霊堂へと向かった。
霊堂に到着すると、1人の門番が立っていた。ここに来て最初に出会ったあの2人とは別の、俺たちより少し年上の男だ。
壁にもたれかかっていた彼は、俺たちに気づくなり飛び起きるようにして槍を構えた。
「おいお前ら、止まれ!」
あまりにも予想外の対応。
さすがに場所があれなので、敵意を向けたくない。悟られない程度に身構えつつも、俺は首をかしげるしかない。
「なんだあんた? 俺たちは闘鶏様に呼ばれてきたんだが」
「それはすでに聞いている。だがそこの女、お、お前は、ダメだ!」
彼は利き手でない方の手でリティを指差しながら、声を荒げた。
しかしその指先は震え、腰も少し引けている。
いつもの俺なら気づく前に反論していただろう。だが彼がわずかに見せるその怯えは、先に感じ取ることができた。
「なんで怯えてんだ?」
「う、うるさい! まさかお前、この女の正体を知らないのか!?」
「正体だって?」
俺の口出しに反発して言い放たれた言葉に、疑問が浮かんだ。
きっと表情に出ていたんだろう。彼は俺の顔を見るなり、得意げに説明を始める。
「こいつが宿してるのは、かつて竜人族の文明を滅ぼした怪物、あの悪名高き【暴君】だ。しかもあろうことか、そんな奴と手を組んでいるんだぞ」
「え、リティが?」
言われて振り向く。リティは、俯いていた。
彼の怯えとリティの様子。どちらを見ても、嘘偽りは感じられない。
そういえば魔人に恐怖を植え付ける時、リティが口にしていた暴君のこと。俺の詠唱がそうだったように、戯言の一種かと思っていたが……
「あの時言ってたのって、本当のことだったのか」
「……うん。あれも、今のも、全部本当のこと」
彼女の口から聞けて初めて、あれが事実だと知った。
「やっぱりラグも怖いよね、私のこと……」
哀しげな表情を浮かべて、リティは告げた。
彼はその隙を見逃さない。ここぞとばかりに声を張り上げ、さらに訴えてくる。
「ほら見ろ、聞いただろ! この女がその気になれば、お前だろうと楽に殺して見せるだろうよ」
「わ、私はそんなことっ」
「言い切れるのか? いいや無理だな。こころの中だと何もかも破壊したがってるクセによ!」
「うぅ!?」
言葉で強く押されて、一歩退く。リティには、言い返すことが出来なかった。
その弱気な様子を見ていい気になったのか、今度は俺に問いかけてくる。
「お前も死にたくはないだろ。なら今ここで、この女を殺そうじゃないか、なぁ!!!」
「ラグっ……!!!」
勧誘、リティの目に涙すら浮かぶ。
脅威は排除して当然。リティはその脅威なのだから、同じように排除するのは当たり前。
口に出さなくても、そんな考えがひしひしと伝わってくる。それ自体も、間違ってはいないのかもしれない。
……まあでも、それを聞こうが聞くまいが、俺の考えは変わらない。当たり前だ、
「そんな話に乗ってたまるか。
魔人を倒すために協力して、俺でも出せないくらいの勇気を出してくれて、しかも看病までしてくれたリティが、自ら望んで俺を殺す?
冗談も大概にしろ!!!」
「……っ!」
あんなこと言われて、引き下がることなどできない。俺はリティの前に出て、全力で言い放った。
当然、この言い分を彼が認めることなどない。
「くっ、お前……! それがどういう意味かわかってるのか!」
彼は怒りを露わにして、ついにその矛先を向ける。
だがもうそんなこと、百も承知だ。こうなれば、立場もなにも関係ない。
「来るならこいよ。俺が信じるのはリティだ!」
殺す気はなくとも、俺は槍を手に持つ。受け流しに使うのはもちろんだが、威嚇になればなおよし。
「く、くそっ。こうなればどちらも、こ、殺すまでだ!」
怯えは十分にある。だが槍を動かす手は止まらない。
彼は恐怖と緊張に顔を真っ青にしながらも、大きく踏み込んだ。
そして俺たちに飛び掛かる!
だがまさにその瞬間だ。
《止めいッ!!!》
ここにいる全員の頭に、闘鶏様の声が響く。
同時に淡い光を放つ、タマムシが呼び出される。それはエネルギー体の盾を展開して、槍の穂先を軽々と受け止めた。
阻止された彼は、そこで正気に戻る。次に見せたのは、忠誠心を感じさせるような跪きだ。
「も、申しわけございません! 長様の客人ともあろうこの少年を、わ、わたしは……!」
彼は冷静に状況を分析して、後悔の念がこもった言葉を続ける。だが闘鶏様の回答は、意外なものだった。
《よい、お主は何一つ悪くない》
「で、ですが……」
《今回は止めに入るのが遅れた、この儂の責任じゃ。それにあやつは傷ついておらん。ここは気負うことなく、いつもの持ち場に戻るのじゃ」
「……はい。この慈悲、ありがたく受け取らせていただきます」
叱るわけでもなく、むしろ自分を戒める。
最後にこの場を立ち去るよう言われた門番は、感謝に深々と頭を下げて、村の正門へと走り去っていった。
門番が視界から消えたことを確認すると、俺は槍を背に戻す。ちょうど霊堂の入口に向き直したタイミングで、闘鶏様は話し始めた。
《お主の心掛けは見せてもろうた。早う入ってこい》
「ああ、了解した」
俺に対しての言葉は、本人の口からなる確かな許可だった。これ以上の妨害はもうないと見ていいのだろう。
俺は安心感に包まれながらも、返事をした。
しかしながら、言葉があるのは、俺だけではないらしい。
《それとリティ!》
「っ!? はい、長様!」
闘鶏様は怒りっぽく声を荒げ、リティの名を呼ぶ。後ろの方では、その声に驚く民の存在も感じとれた。
《話がある、入ってこい》
まるで煮えたぎる怒りを隠すかのような、冷酷さをもって言い放たれる。リティは「……わかりました」とだけ言うと、俺の横についた。
まさか今起きた事の原因であるリティを、激しく叱るつもりなのだろうか。そうなると俺が身をもって受けたような、いやそれ以上の仕打ちを……
先の展開を思うと、俺の胸まで苦しくなる。高まる緊張感に、脈拍が速まるを感じる。
「もし何かされそうになったら、できる限り俺が守ってやるから」
「えっ? うん、ありがと」
安心させようと言葉をかけた。でもリティの反応からして、なにか滑ってしまった気がする。
……ていうか、緊張を真に受けているのは、俺の方じゃないか!
冷静になってそう思うと、なんだか恥ずかしくなってくる。
「ああもう、とっとと行くぞリティ!」
「え、ラグ!?」
俺は勢いに任せて、リティと手を繋ぐ。そしてすぐに、足を早めたのだった。
全ては闘鶏様の待つ最奥に、なるべく早くたどり着くために……
(ryトピック〜竜人族についてその5〜
彼らは他の種族を嫌う。そのため彼らの縄張りには、必ず門番(もしくはそれに当たる役職)が存在している。
門番は縄張りへの侵入を拒む力を持たなければならない。ゆえに縄張りの中でも、最高峰の戦闘能力と判断力をもつ者が選ばれる。
またそれに類する才能を持つ者は、見習いとして門番の下に先達の動きを習う。今はまだ力不足であれ、いつの日か門番を担う人格と力を身につけることだろう。
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