境目の物語

(ry

逆鱗に触れた者の末路

 雷鳴と共に現れた、翼を持たぬ蛇竜。細長い体をくねらせながら高度を下げるそれは、鋭い眼差しで戦況を見渡す。
 手負いではあるが、まだ息の根が止まらぬ魔人。総力でかかるもあと一歩足らず、戟に囚われた少年少女。そして…………岩壁に繋がれたまま命を奪われた無辜の民たち。

 竜は歯を食いしばる。その瞳に浮かぶのは、怒りではない。底知れぬ悲しみに、沈み込んでいた。

「怪物の本懐……か」

 ため息をつく。降下する竜は最後に、彼らの真上に位置取った。少女は竜を前にして、驚くように目を見開いている。

「門番さん……?」
「門番? まさか……っ」

 彼女の言葉に、少年の脳裏にひとりの竜人が浮かび上がる。里の門を守護していた、細身で槍を手にした竜人だ。

「お前たちのおかげで、位置が特定できた。礼を言う」

 竜は目線のみを送って、感謝の意を告げた。その時彼らの背後から、さらに1匹の竜が飛び出す。

「あとは我々に……任せろ」

着地の地響きと共に告げる。
 現れた巨大な竜に翼はなく、代わりに悪魔を思わせる双角を持っている。熱量を放つ屈強な肉体 、全身を覆う赤い鱗…………。その特徴は雷鳴の竜と対をなす、もう一人の門番にそっくりだった。

《みなの者、集まれいッ!!!》

さらに聞こえてきたのは、闘鶏様の号令。
 ラグが振り返ると、そこには淡い光を放つニワトリが…………そして、彼に率いられた30余名の竜人たちが立っていた。


「あいつが俺たちを無茶苦茶にした魔人か」
「囚われたみんなは無事か?」
「……いやダメだ、死んでる」
「お前ら、悲しむのは後だ」
「あの子供たちの頑張りを、無駄にはできんじゃろが」

 口々にものを言いながら、彼らはラグたちの前に出る。
 外見からしても武装していない者の方が圧倒的に多く、言動も戦い慣れたものとは思えない。つまり彼らは、ただの里の民だ。

『なんや……お前らは。なんでこんなときに限って、こうも現れるんや!』

 魔人は苛立ちをあらわにして問いかける。その時ですら、殺意のこもった戟を迷わず放っていた。
 しかし、竜人たちの先頭に立つ闘鶏様は、返答の代わりにため息をつく。続いて音もなく放たれた獣拳が、戟を物理的に粉砕した。

《お主ならわかるじゃろうに……。厄災とは、溜まりに溜まってはち切れた時、一度に襲ってくるものじゃ》

 低いトーンで告げる。闘鶏様は怒りでもなく、呆れでもなく、哀れむような目をしていた。

 それもこの一瞬のみ。彼はパッと翼を広げて、大きく息を吸い込む。

《みなの者、聞けいッ! これは、里の存亡を賭けた戦いじゃ。勝てば、栄光のある明日を迎えられる。しかし負ければ、里も自らの命もすべて失うじゃろう。》

 ここにいるすべての者に告げる、先導者の声。誰もが息を呑み、胸の鼓動が緊張に早まる。
 その恐怖を吹き飛ばすように、さらに大声で告げる。

《じゃが! 我らが盟友の契りを思い出せ。我らが真に命を課すべき相手は、魄の怪物のみじゃ!
 なれば、その日までに野垂れ死ぬことは、儂が許さん。最後の戦いを望む者がこの程度の障壁に阻まれるなど、あってはならぬことじゃ!》
「???(その日……?)」

 喝を込めたその言葉に、ハテナを浮かべるラグと脱力させられたリティ以外の、全員がそのときを意識し、顔を上げる。その瞳には、一切の曇りがない。

《それでよい、それでこそ里の民じゃ。ではゆくぞみな、竜なる姿をここに顕現させいッ!!!》

 最後の一言。動ける竜人は誰ひとり例外なく、喉元にある黒い鱗に手を添える。
 その瞬間、彼らの身体を黒い渦が取り巻いた。

「何が起こって……」

 目の前で起こることすべてについていけず、ラグは目を丸くしたままその光景を眺める。渦は竜人たちを覆い隠し、巻き起こる気流は髪の尾をバサバサと靡かせた。

 そして、風が止む。

「……こ、これはっ!」

 視界を遮る気流がなくなり、彼の視界に入り込んだもの。それは30余名の、多種多様な竜たちだ。





 突如として姿を現した竜たち。地竜に偏っている面はあるものの、そのすべてが圧倒的な存在感を放っている。
 彼らの先頭にいるニワトリ、闘鶏様が姿を変えることはない。しかしその威厳はどの竜より強く、彼らを先導する。

《構えいッ!!!》

 合図とともに、竜たちは大きく息を吸い始める。一番の動揺を示したのは、すでに彼らの強さを体感している魔人だ。

『さ、させんわいッ!!!』

 危機感より発動した魔法。魔人の背後に出現した巨大な魔法陣。
 それは今までのどの戟よりも力強く、速く正確に、そして無尽蔵に戟を放ち始める。

 だが最前線で対をなす2匹が、竜たちへの行手を阻む。

「合わせろ地帝、轟雷壁ギガサンダーウォール
「任せろ雷鳴、豪炎壁ギガファイアウォール

 最前線で放たれる雷の奔流が、大地を割って噴き出す灼熱が、放たれた戟を食い止める。
 背後では大技を成すために、竜たちが力を溜めている。しかし前方では二重の壁すら貫かんと、無尽蔵に放たれる戟が衝突を繰り返す。

「くっ……このままでは保たぬ」
「だがみなを守れるのは、門番である我らだけだ。今は保たせる他ない」

 数がものを言い、徐々に押されていく均衡。雷鳴と地帝は気合を振り絞って出力を保たせるも、壁はひび割れが目に見えるほどまで壊され、崩壊寸前。

『そこに……ギガトンフォークや!!!』

 まさにダメ押しと言ったばかりに、魔人がひときわ大きな戟を打ち込んだ。二重の壁をもってしても、それを止めることはできない。

《させんッ!!!》

 だが直後、その声とともに闘鶏様が飛び出した。
 彼は8本の触手を召喚して、飛来する戟をムチ打って迎撃する。決して攻勢にはならないが、それはかろうじて戟を食い止めることに成功した。

《門番、お主らもユニオンに加われ。ここは儂がどうにかするッ!》
「……了解しました」
「どうか無理をなさらず」

 闘鶏様の言葉に抵抗心はあるが、雷鳴と地帝は渋々承知した。2人は最前線から後退すると、後ろの竜たちと同様に力を溜め始める。

『なんなんやこのニワトリは! そこをどけや!』
《里長の儂が退くわけがあるかッ!》
『里長やて? おんし、ニワトリとちゃうんか?』
《ただのニワトリが、こんな技使えるわけなかろうが! このガキが》
『ガキやて? ワイのどこがガキなんや!?』
《儂から見ればの話じゃ!》

 触手と戟の織りなす攻防とともに、口論による争いも繰り広げられる。そんな中、後方の部隊に動きがあった。

「準備完了!」
「みな、正面に集中させろ!」

 大声で響く合図に合わせて、竜たち全員が溜め込んだ息を吐き出す。
 火炎、吹雪、流水、暴風……、吐き出す息吹は竜によって異なる。その力は正面上空の一点に集まり、相殺することなく混ざり合う。

『待てや! その技だけはやめい!』

 魔人はどうしても阻止しようと、懸命に戟を放ち続ける。だがその努力もすべて、闘鶏様によって捌かれる。

『邪魔するな、このクソ鳥がァッ!!!』

 魔人は地に手を叩きつけ、地面からの強襲戟を試みた。それすらも、剛力を込めた触手の束に打ち砕かれる。

《なにをしても無駄じゃ。いい加減理解したらどうじゃ》
『クソ、クソクソクソォッ!!!!!』

 なにを言われても、魔人は手を止めない。たとえ心の底で理解していたとしても、そんな現実は認めてはならない。
 だからこそ、精神が焼き切れるような勢いで、戟を放ち続けた。



しかし打開には至らない。
そしてようやく、終わりの時は来た。



 空に作られた息吹の塊は、オーロラのような輝きを見せる。内側には、今まで溜め込まれた膨大な力が渦巻いていた。

《わかるか怪物? これが主の食らってきた、竜人たちの恨みじゃ》
『認めん! 認めんッ!!!』

 この状況になっても、魔人現実を認めなかった。がむしゃらに打ち込まれる戟は、もはや語りながら対処できるほどまで、単純化されていた。

『ワイはこの世界ようやく、ホンマもんの幸せを手に入れたんや。人を幸せに染め上げて、ワイも幸せにものを食えて…………そんな理想を、終わらされてたまるかや!!!』
「…………」

 魔人の言動は理解にくるしむものだった。それでもラグには、わずかに感じるものがあった。
 しかし里を危機に追い込んだ魔人の事情など、竜人族には関係ない。

《もういい、お主のことなど理解する気にもならん。竜人の逆鱗に触れた……それがお主の死因じゃ》

ため息混じりに闘鶏様は言った。
 そして右翼を上に掲げて、最後の言葉を言い放つ。

《やれ、奥義【ユニオンブレス】》

翼を振り下ろす。
 膨大な力が渦巻くそれは、ゆっくりと動き始める。その動きも徐々に加速していき、

『やめろぉおおッッッ!!!!!』

 魔人が最後に放った戟が触れ合った瞬間、エネルギーの塊は弾け飛んだ。そして生じた大爆発は、魔人ただひとりを破滅へと導いた。




(ryトピック〜竜人族についてその4〜

 彼らはみな、魂に竜を宿す。その個体は人としての体にも影響を与え、肉付きや骨格に多様な形を生み出す。
 特にわかりやすいのは尻尾。尻尾は宿す竜をそのまま写し出すため、太さや長さ、鱗の性質など、似ることの方が少ない。

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