境目の物語

(ry

幕開ける決戦

 能力は不完全ながらも発動し、状況の打開に成功した。リティの与えてくれた恐怖のおかげで、追撃をされる前に助け出せた。正直ここまでの流れは、思い描いた以上によくできていた。
 だがシールフォークによる想像以上の加速は、リティとの衝突を招いた。その危機を回避するために受け止めてもらったはいいが、今度は岩肌との激突が俺たちを待ち受けていた。

 やっぱり計画的に動くのは、性に合わない。今回のことで、それがよくわかった、はい。


「っててぇ……」

 全身がじんじんと痺れる。平地竜から受けた尾撃よりよっぽど痛みが強く、頭痛が意識を揺さぶってくる。
 左目の違和感はまだ残っているが、砂埃に遮られて遠くはよく見えない。最低限、リティが俺の下敷きになってるのは見えているが………ん?


「うおぅっ!? ごめんリティ!」

 現状を認識した途端、俺は跳ねるようにして預けていた体を持ち上げた。すると彼女は咳込んで、


「けほっ、けほっ、痛ったたぁ……」

 俺と同じようなことを呟いた。その様子を見るに、大事はないようだ。
 俺はホッと息をつく。その後すぐに顔を近づけて、口での安否確認に移る。


「リティ、大丈夫か?」

「あ、ラグ。うん、平気。ちゃんとこの尻尾で受け身をとったから」

「そっか、ならよかった」

 腰の位置から生えた、緑鱗の尻尾を撫でながらの返答。そこに嘘や強がりなどが感じられることはなく、本心であることが伺える。
 もちろんやや間接的に受けた俺がこれなのに、尻尾なんかで受け身をとれるのか?という疑問はある。それでもリティが大丈夫なら、安心して次に臨める。


《予定通り、今回はここでお別れだ。これ以上手伝ってやれるほど、俺様は暇じゃねえからな。
 ここからはひるまずおびえず、果敢に闘え。それができりゃ、あとはお前ら次第だぜ。そんじゃな、せいぜい頑張れよ》

 その一言を最後に、リティの左ポケットがしぼむ。背後では、地響きが強まるのを感じる。
 頼れるのは俺自身とリティのみ。たった一瞬で生じた強大な疲労を背負いながらも、ただ全力で魔人に立ち向かうのみ。


「今から砂埃を払う。準備はいいか?」

 リティの腕を引いて起こしながら、2つの覚悟に呼びかける。


「ええ。私たちで魔人を、絶対に倒す!」

 左目でその勇気を見定めて、俺自身の高まりも感じる。俺もリティも、準備万端だ。


「それじゃあ1…2…3! で行くぞ。」

「1…2の」
「1…2の」

 俺は剣を持ち、リティは構えを取り、



「3ッ!」



 気迫のある掛け声とともに、そこ一帯を漂う砂埃が一瞬にして吹き飛ぶ。右の少年は握った剣を、左の少女は尻尾を、それぞれ大きく振るっていた。
 そして両者は、仇敵を見定める。


『痛い! 痛いッ! 痛ぁいッ!!!』

 魔人は泣き叫びながら、狂ったように腕を地面に打ち付けつけていた。その傷は切り裂かれた時よりも明らかに酷く広がり、溢れた血が地面の亀裂を流れる。
 正気ではなかった。魔人にとって最も重要なが、そこには欠けていた。


『ぜえ、ぜえ、ぜえ……』

 疲れたのか、それとも2人が姿を見せたことに気づいたのか。魔人は息を切らしながら、震える瞳を彼らに向ける。


『何でワイの腕が……治らんのんや。何でワイの結界が……いきなり壊れたんや!』

 ボロ雑巾のようになったそれを左手で押さえながら、魔人は彼らに問う。だがまっとうな返答など返すはずもない。


「それくらい自分で考えやがれデブ!」

 少年は剣の切っ先を向けて、強気な言葉を投げつける。そんな挑発に、魔人が乗らないはずがない。


『だまれッ!!!』

 言葉と同時に左腕が突き出し、直後、手の平からいくつものフォークが飛び出した。その全てが、少年ただ1人に襲いかかる。

 だが彼は避けようともせず、水色と白黒、それぞれの瞳で魔人を睨み続ける。そのかたわらで、少女が左手をパッと広げて、

火炎壁メガファイアウォール!」

 詠唱に呼応するように、地面から魔法の火炎が噴き上がる。
 熱気は触れずとも肌を焦がし、巻き上がる風までもが熱をまとう。火山の力を体現したようなそれは迫るフォークたちを、その一身で受け止めた。


「よっと」

 少女が手を締め括るように動かすと、燃え盛る炎は一瞬にして鎮火される。後に残るものは何もない。
 再度彼らを捉えてしまった魔人には、驚きを隠すことができない。苛つきではない、恐怖が、魔人の判断を狂わせる。


『……クソがァッ!!!!!』

 大地を砕かんとばかりの力で叩き、怒鳴り声を上げる。瞬間、壁面に刺さった無数のフォークが、真っ黒に染まる。それが何を意味するかを、彼らはすでに知っている。

「くっ、」
「……っ!」

 口もとを引きつらせて、2人は顔をしかめる。目の前で行われていたのは、ただの虐殺でしかなかった。
 それは魔の存在にふさわしき、死の魔法。黒く変色したフォークに繋がれた者は、みな例外なく、断末魔も上げられず命を奪われる。


「(ごめんなさい、でも仕方ないの!)」
「(これも必要な犠牲か……ちくしょう!)」

 彼らが止めないのにも理由があった。それは、あの黒ネコから告げられたことにある。



『あのデブが使うフォーク。確か〔黄金の四叉戟〕って名の能力だが、あれには面倒な力がある。先に言ってしまえば、効果を力だ。

 飛ばしてる最中に書き換えられるほど、あのデブは器用じゃないだろう。だがこうして刺さってる分にはやりたい放題。
 攻撃に利用されるのはもちろん厄介。だが本当に恐ろしいのは、回復に使われる事だ。それを何度も繰り返されるようならば、お前らに勝ち目はないだろうな。

 だからあいつらには悪いが、早いところ死んでもらった方がいい。そもそもお前ら以外は、精神崩壊を引き起こしてあのありさまだ。たとえ助かったとしても、二度とまともな生き物には戻れない。
 ああなって復活できるのは、相棒あいつくらいなもんだ。そこは俺様が断言する。

 苦しいことだとは思うが、あいつらには殺されるよう仕向けてやれ。魔人を怒らせれば、それくらいは簡単だ。
 あとお前ら、罪悪感には押し潰されんなよ。一瞬で殺されるのは、甚振いたぶられずに済むあいつらにとっての救いでもあるからな』



 目の前で何百人と殺されているのに、なにもしてやれないのが憎い。力みで意識せずとも、両拳に力が籠る。
 それでもただ耐えて、2人は顔を上げる。その鋭いまなこで、虐殺の快感に震える魔人を見定める。

 ヤツは人の尊い命を使って、右腕を修復していた。恐怖とも狂気ともつかないその顔は、目の焦点も合わさずに2人に向けられる。


『おんしらもこうしたる。意識も保てんくなるほどの絶望幸せで、殺したる……!』

 息を荒げながら吐き捨てる。
 完治した右腕には、魔法のフォークが握られる。それは魔物の種としての、本来の姿だ。


「いくぞリティ、サポートを頼む」

「無理だけはしないでねラグ、私も全力で合わせるから」

 2人は言葉を掛け合う。そして少年は前傾姿勢に、少女は左半身を前に、それぞれの臨戦態勢を整える。

 凍てつくような空気感が漂い、緊張感は極限に達する。警戒して動き出さない少年少女に、魔人は容赦無く手を伸ばす。
 そして、


『死ねぇ!!!』

 魔人の叫び声とともに、鋭い一撃が放たれる。それをもって、戦いの火蓋は落とされた。




(ryトピック〜魔法の衝突〜

 この世界の魔法は、属性や範囲を担う【性質】、性能の高低を担う【出力】、そして形を保つための【制御】の、計3要素で構成されている。
 そのうち制御を担う膜がぶつかり合うことで初めて、魔法の衝突が起こるのだ。

 膜の強度は高位の魔法であればあるほど、また雷属性や水属性のように制御に重きを置いたものほど、高くなる傾向にある。
 しかし氷属性や土属性のように、個の出力で相手の出力そのものを押し潰すタイプの魔法も存在している。
 そしてもちろん、炎魔法と風属性の衝突のように、性質同士による相性の良し悪しが勝敗を分ける場合もある。


 せっかく詠唱した魔法も、この3要素の調整次第では簡単に相殺されてしまう。魔法を使う者同士の闘いでは、この取捨選択が勝敗に繋がるのだ。
 ただ、取捨選択できるほどの魔法を覚えた魔法使いなど、そう大しているものではない。また対象そのものに効果を及ぼす状態異常系の魔法には、衝突で打ち勝つ力が備わっていない。

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