境目の物語
本来の力……?
『…………くくくっ、ぶわっはっは!』
「そ、そんな……っ!」
魔人の冷や汗に濡れた顔が、ニヤリとした笑みに歪む。少女の勇気に満ち溢れた顔が、絶望に歪む。
双方の視線は同じように、壁面に囚われた少年に注がれていた。
直前までは強い覚悟とともに、詠唱を叫んだ少年。そんな彼は今、糸が切れた人形のように脱力して動かなくなっていた。
『や、やっぱハッタリやんか。肝が冷えたわい』
滝のように流れる汗を拭い、バクバクと音を立てる胸を撫で下ろす。危機は去ったと安心してひと息つく魔人からは、恐怖感も抜け始めていた。
『そういやお嬢ちゃんのがハッタリやったということは……』
「ひっ」
言いながら、魔人の視線が少女に注がれる。そのとき漏れ出た小さな悲鳴からは、先ほどまでの勇気や威厳など一切感じられない。
唯一の可能性を失った彼女は、他の竜人とさして変わるものではなかった。だが、
『思った通りや。けどワイのプライドに傷つけおったおんしを、生かすわけにはいかん』
「っ!?」
魔人が彼女を許すはずがなかった。
フォークを握るその腕は再び、少女を口元まで運んだ。そして抵抗の猶予を与えるはずもなく、
『死ね』
言葉の直後、そこからは大量の鮮血が迸った。
視界の全てが暗転し、自由落下が始まる。
夢の中で足を踏み外した時のような不快感。だがそれに反して身体を繋いでいたものが外れ、軽やかさに包まれる。
心地よさを感じる頃には不快感にも慣れ、気づくと視界にはモノクロな世界が映り込んでいた。
「この感じはあの日や昨日の……。そうか、これが俺の……成功したんだな」
不思議なくらい達成感がない。それは発動の条件が分かっていないからなのか、それともこの景色に何か理由があるのか。
今の俺にはわからない。ただ、左目に違和感を感じる。
ここからそれなりに遠く離れた溶岩流までの、640メートルという正確な距離がわかる。しかも、その中を泳ぐモノクロな溶岩獣の姿を認識して、識別することまで出来てしまっている。
流派に鍛えられたおかげで、観察眼には自信がある。だがここまで正確な距離がわかるほど鍛えられてはないはずだし、そもそも溶岩内の透視なんてできてたまるかと言いたいくらいだ。
これが可能になっている以上、この違和感が原因だと言うしかない。しかし景色はどちらの目で見てもモノクロであるから、色を書き換える作用があるわけではないみたいだが………
『くくくっ、ぶわっはっは!』
「そ、そんな……っ!」
「っ!?この声は……!」
聞き覚えのある……ていうか聞き覚えしかない2人の声。俺はすぐその方を見る。
当然ながら魔人とリティが、それぞれの心情を顔に浮かべながら俺を見ていた。だが視線が少し上にずれているような……
「これはいったい……」
言いながら俺も、視線をたどって真上を向く。するとそこには、フォークに囚われた少年が……
「っ!?いや違う!」
糸が切れた人形のようにぐったりとした少年。だが腰に差した二本の武器、背に装備した十文字槍、そして頭頂から流れる髪の尾。視界がモノクロだろうと、その特徴を見ればわかる。
あれは他でもない、俺だ。
「これ………幽体離脱的なやつか?」
原理はよくわからない。だが調べていられるような余裕などどこにもない。
『思った通りや。けどワイのプライドに傷つけおったおんしを、生かすわけにはいかん。』
「っ!?」
「リティが食われる!? 待ってろ、いま助けるっ!!!」
これが今の状況だ。リティを助けろ、絶対に!
自覚とともに身を翻し、壁を蹴っての急降下。ただならぬ集中力に、感覚が研ぎ澄まされていく。
狂いのない着地、槍を構え、跳び上がる。流れるような動き、とても心地よい。これなら確実にいける。
フォークを掴んだ魔人の腕に迫る。距離感は完璧、タイミングも……これでどうだ!
「はあぁっ!!」
全力で槍を振り抜く。穂先が、捉えた腕を強襲する。そして……!
スカッ!!!
「えっ、はっ!??」
風を切る音、腕との衝突を直前にしたこの身体。
そのどちらもが同様に、腕をすり抜けた。
「何で、え?いますり抜け……え?、それに視界がまだモノク……くっ!?」
疑問が頭を埋め尽くす。その最中、またも視界が暗転する。
直後に飛び込む、色鮮やかな世界。そして、勢いに任せて上空へ昇りきった俺の身体。
「これもしかして時か……、いやそれよりも、まずい!?」
検証をまとめてる余裕なんてない。攻撃がすり抜けた以上、あの腕はまだ止まっちゃいない。
幸い、視界に色が戻ってる。今なら、すり抜けることなくに当たる……はず。
再び身を翻す。体を地面と垂直に、そしてこの槍に全神経を集中……!
真下の魔人が、リティを口に運ぶ。一か八か、この一撃がすべてを分ける。
翡翠ならまだ間に合うかもしれない。いや迷うな、この一撃にいのちを賭けろ!
『死ね』
「翡翠刺しッ!!!」
おおよそ同時の声。
落下速度など遥かに超えた、神速の一刺し。対し、獲物を噛み砕く直前の、醜悪な口から覗く鋭利な牙。そして……!
ズサァッッ!!!
大量の鮮血が迸る。神経の伝達よりも先に、反射で腕がピンッと伸びる。
「おらぁァッ!!!」
掛け声とともに無数の、真紅の軌跡が描かれる。
『いだぁ!? なんや!?』
わけもわからず、魔人が痛みに声を上げる。軌跡の出所は徐々に、腕の先に向かい……、
「はあァッ!!!」
最後の軌跡が、手首に走る。
切断とは行かずとも、ぱっくり開いた傷口から血が溢れた。それは腱の断裂をも意味し、力を失った五指がダランと垂れ下がる。
「リティ、準備!」
槍を振るった少年が叫ぶ。彼は攻撃の手を完全に止め、落ちゆくフォークに乗り移る。そして四叉の根元を両手で掴み、両足を先端の少女に掛け、
「歯ぁ食いしばれ!!!」
「ぐっ!」
全力で蹴り飛ばす。
囚われた少女は穂先から引き抜かれ、有り余った力に吹き飛ばされた。
『(あのフォークは消えるまで動き続ける)』
「くぉっ!? これがネコ師範の言ってたやつか!?」
ラグの脳裏で再生される、ネコ師範の忠告。その通りでこのフォークは、一度捕らえた獲物を逃さない。まるで引き寄せ合う磁石のように、再び少女めがけて勢いづく。だが、
「させるか! 今度は一瞬でどうだ!」
少年の叫び声が轟き、どういうわけか両手を離して落下する。いや、その挙動はどちらかと言えば、力足らずで離れてしまった、か。
しかし直後、何が起きたのか、突然フォークが消滅する。そして落ちていったはずの少年が、先フォークのあった位置から飛び出した。
彼は凄まじい勢いで飛び、一瞬で少女に追いついた。
「頼む受け止めてくれ、リティ!」
「任せてほら、ラグ!」
互いは生存のために呼応し、少年は胸に飛び込むように、少女は抱擁するように、身体を抱き寄せる。そして
ズドーンッ!!!!!
轟音とともに…、突き出た岩肌と激突した。この中の誰もが想像しなかった状況が、巻き上がる砂埃の中心にあった。
(ryトピック〜ラグの能力〜
………不明、情報が不足しています。
「そ、そんな……っ!」
魔人の冷や汗に濡れた顔が、ニヤリとした笑みに歪む。少女の勇気に満ち溢れた顔が、絶望に歪む。
双方の視線は同じように、壁面に囚われた少年に注がれていた。
直前までは強い覚悟とともに、詠唱を叫んだ少年。そんな彼は今、糸が切れた人形のように脱力して動かなくなっていた。
『や、やっぱハッタリやんか。肝が冷えたわい』
滝のように流れる汗を拭い、バクバクと音を立てる胸を撫で下ろす。危機は去ったと安心してひと息つく魔人からは、恐怖感も抜け始めていた。
『そういやお嬢ちゃんのがハッタリやったということは……』
「ひっ」
言いながら、魔人の視線が少女に注がれる。そのとき漏れ出た小さな悲鳴からは、先ほどまでの勇気や威厳など一切感じられない。
唯一の可能性を失った彼女は、他の竜人とさして変わるものではなかった。だが、
『思った通りや。けどワイのプライドに傷つけおったおんしを、生かすわけにはいかん』
「っ!?」
魔人が彼女を許すはずがなかった。
フォークを握るその腕は再び、少女を口元まで運んだ。そして抵抗の猶予を与えるはずもなく、
『死ね』
言葉の直後、そこからは大量の鮮血が迸った。
視界の全てが暗転し、自由落下が始まる。
夢の中で足を踏み外した時のような不快感。だがそれに反して身体を繋いでいたものが外れ、軽やかさに包まれる。
心地よさを感じる頃には不快感にも慣れ、気づくと視界にはモノクロな世界が映り込んでいた。
「この感じはあの日や昨日の……。そうか、これが俺の……成功したんだな」
不思議なくらい達成感がない。それは発動の条件が分かっていないからなのか、それともこの景色に何か理由があるのか。
今の俺にはわからない。ただ、左目に違和感を感じる。
ここからそれなりに遠く離れた溶岩流までの、640メートルという正確な距離がわかる。しかも、その中を泳ぐモノクロな溶岩獣の姿を認識して、識別することまで出来てしまっている。
流派に鍛えられたおかげで、観察眼には自信がある。だがここまで正確な距離がわかるほど鍛えられてはないはずだし、そもそも溶岩内の透視なんてできてたまるかと言いたいくらいだ。
これが可能になっている以上、この違和感が原因だと言うしかない。しかし景色はどちらの目で見てもモノクロであるから、色を書き換える作用があるわけではないみたいだが………
『くくくっ、ぶわっはっは!』
「そ、そんな……っ!」
「っ!?この声は……!」
聞き覚えのある……ていうか聞き覚えしかない2人の声。俺はすぐその方を見る。
当然ながら魔人とリティが、それぞれの心情を顔に浮かべながら俺を見ていた。だが視線が少し上にずれているような……
「これはいったい……」
言いながら俺も、視線をたどって真上を向く。するとそこには、フォークに囚われた少年が……
「っ!?いや違う!」
糸が切れた人形のようにぐったりとした少年。だが腰に差した二本の武器、背に装備した十文字槍、そして頭頂から流れる髪の尾。視界がモノクロだろうと、その特徴を見ればわかる。
あれは他でもない、俺だ。
「これ………幽体離脱的なやつか?」
原理はよくわからない。だが調べていられるような余裕などどこにもない。
『思った通りや。けどワイのプライドに傷つけおったおんしを、生かすわけにはいかん。』
「っ!?」
「リティが食われる!? 待ってろ、いま助けるっ!!!」
これが今の状況だ。リティを助けろ、絶対に!
自覚とともに身を翻し、壁を蹴っての急降下。ただならぬ集中力に、感覚が研ぎ澄まされていく。
狂いのない着地、槍を構え、跳び上がる。流れるような動き、とても心地よい。これなら確実にいける。
フォークを掴んだ魔人の腕に迫る。距離感は完璧、タイミングも……これでどうだ!
「はあぁっ!!」
全力で槍を振り抜く。穂先が、捉えた腕を強襲する。そして……!
スカッ!!!
「えっ、はっ!??」
風を切る音、腕との衝突を直前にしたこの身体。
そのどちらもが同様に、腕をすり抜けた。
「何で、え?いますり抜け……え?、それに視界がまだモノク……くっ!?」
疑問が頭を埋め尽くす。その最中、またも視界が暗転する。
直後に飛び込む、色鮮やかな世界。そして、勢いに任せて上空へ昇りきった俺の身体。
「これもしかして時か……、いやそれよりも、まずい!?」
検証をまとめてる余裕なんてない。攻撃がすり抜けた以上、あの腕はまだ止まっちゃいない。
幸い、視界に色が戻ってる。今なら、すり抜けることなくに当たる……はず。
再び身を翻す。体を地面と垂直に、そしてこの槍に全神経を集中……!
真下の魔人が、リティを口に運ぶ。一か八か、この一撃がすべてを分ける。
翡翠ならまだ間に合うかもしれない。いや迷うな、この一撃にいのちを賭けろ!
『死ね』
「翡翠刺しッ!!!」
おおよそ同時の声。
落下速度など遥かに超えた、神速の一刺し。対し、獲物を噛み砕く直前の、醜悪な口から覗く鋭利な牙。そして……!
ズサァッッ!!!
大量の鮮血が迸る。神経の伝達よりも先に、反射で腕がピンッと伸びる。
「おらぁァッ!!!」
掛け声とともに無数の、真紅の軌跡が描かれる。
『いだぁ!? なんや!?』
わけもわからず、魔人が痛みに声を上げる。軌跡の出所は徐々に、腕の先に向かい……、
「はあァッ!!!」
最後の軌跡が、手首に走る。
切断とは行かずとも、ぱっくり開いた傷口から血が溢れた。それは腱の断裂をも意味し、力を失った五指がダランと垂れ下がる。
「リティ、準備!」
槍を振るった少年が叫ぶ。彼は攻撃の手を完全に止め、落ちゆくフォークに乗り移る。そして四叉の根元を両手で掴み、両足を先端の少女に掛け、
「歯ぁ食いしばれ!!!」
「ぐっ!」
全力で蹴り飛ばす。
囚われた少女は穂先から引き抜かれ、有り余った力に吹き飛ばされた。
『(あのフォークは消えるまで動き続ける)』
「くぉっ!? これがネコ師範の言ってたやつか!?」
ラグの脳裏で再生される、ネコ師範の忠告。その通りでこのフォークは、一度捕らえた獲物を逃さない。まるで引き寄せ合う磁石のように、再び少女めがけて勢いづく。だが、
「させるか! 今度は一瞬でどうだ!」
少年の叫び声が轟き、どういうわけか両手を離して落下する。いや、その挙動はどちらかと言えば、力足らずで離れてしまった、か。
しかし直後、何が起きたのか、突然フォークが消滅する。そして落ちていったはずの少年が、先フォークのあった位置から飛び出した。
彼は凄まじい勢いで飛び、一瞬で少女に追いついた。
「頼む受け止めてくれ、リティ!」
「任せてほら、ラグ!」
互いは生存のために呼応し、少年は胸に飛び込むように、少女は抱擁するように、身体を抱き寄せる。そして
ズドーンッ!!!!!
轟音とともに…、突き出た岩肌と激突した。この中の誰もが想像しなかった状況が、巻き上がる砂埃の中心にあった。
(ryトピック〜ラグの能力〜
………不明、情報が不足しています。
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