境目の物語

(ry

狼人商人と5つ目の依頼

 時刻は正午、戦う者に向けて開けられている修練場。平坦で障害物のないこの場所は、文字通り修練を行うための空間である。

 現在俺は門番のアギトと槍を交わし、模擬戦を繰り広げている。アギトが同じ槍使いの誼みとして、槍術の手合わせを欲したのだ(建前)。


「始めて5日でこれか、よッ!」

 繰り出される鋭い突き。柄で弾き、雑ながら受け流す。


「アギトはもっと上手いじゃない、かッ!」

 やり返すように振るう。穂先が彼の盾と触れ合い、鈍い音を奏でる。


「まだまだ詰めが甘いよ!」

「言われなくても分かって」

 その時、突風が吹き荒れる。俺にとっては肌寒く、アギトにとっては視界の邪魔。
 つまりは戦いを妨げる風だった。

 しかもそのタイミングを見計らったかのように、二人の男がやってきた。


「ギルドマスター、お呼びだよー!」
「アギト、交代の時間だ」

 それはザイルさんと……たぶんアギトの同僚。二人とも目的は違えど、俺たちを呼びに来たようだ。

「やっと来たのか!今から行く」
「すんません今から行きます!」

 俺たちはすぐ返事をして、俺はザイルさんの後へ、アギトは門番としての持ち場へと。互いの行くべき場所へと、早急に駆けて行った。





 ザイルさんに導かれるまま、俺たちはギルドの三階、一つの部屋を前にする。
 プレートにあるのは【応接室】の文字。ここはギルドの職員が客人との対談の際に利用する場所だが、このギルドでは商人が利用できるように、一般解放されている場所でもある。


「狼人の商人殿、連れてきましたよ」

 ザイルさんはドアをノックしながら、中の人物に声をかける。


「おお、感謝します。どうぞ、入って下さい」

 部屋の内から、男の声が返ってきた。落ち着いていて、ザイルさんとは仲がいいような印象。
 俺は少しホッとした状態で、部屋の中へ足を踏み入れた。



 シンプルなテーブルに、向かい合った2脚1対の椅子。それ以外に目立つ物はない、至ってシンプルな部屋。
 そのドアから遠い方の椅子に、腰掛けていた人物。

 青と白の毛並みに、シュッとした鋭い鼻。革製の服と布のズボンをまとい、斜めに掛けられた剣帯には、数種類のポーチ。
 そして何よりも、背中に取り付けられた黒色の鞘と、納められた太刀。

 その外見からしても間違いなく狼人族。見ただけではまだ正体が思い当たらなくとも、彼こそが俺の心当たりがあった人物である。


「主が私を呼んだという、戦好きの少年で……、ん?この匂い…………』

 喋る口が突然止まり、匂いを嗅ぐように鼻を動かす。そして今度はその顔を俯けると、空気の流れに乱れが出た。しかもなんだか、嫌な雰囲気が漂ってきたような。


『ザイル殿、席を外してもらえますか』

「ん?どうした狼人の商人殿」

『二人だけで話をしたいのです』

「ん、そうかい。なら後はギルドマスターに任せるとしよう」

 ほんの短い会話を経て、ザイルさんは部屋を出て行く。その足音も徐々に遠ざかり、扉の外で待機する可能性も消える。
 つまりこの場に残ったのは、俺と彼の2人で確定する。



『主、先に一つお聞きする』

「ん、なんだ?」

 いつもの感じで返答する俺を前に、狼人は椅子から立ち上がる。そして、


『用件とは……私の首か?』

直後、強大な殺気が部屋を満たす。
 狼人の右手が柄を握り、刃区はまちのみを抜きだす。実体の代わりに数本の風の帯が伸び、部屋の空気すら掻き回す。

 対する俺も半ば反射で、右手が剣を握る。暴れる髪の尾にも気づかぬほど、意識が狼人の動きに集中する。

『反応速度は止水を超えるか』

 呟くように止水を語る。なんだそれと言いたいとこだが、今言うべきはそこじゃない。

「なんで戦う事になってるんだ! あんたの首なんて求めてねえよッ!」

 口は誤解を解くべく動き、身体は防御の構えを維持する。

『では何用で私を呼んだ!』

 怒りの感情が殺気を濃くする。ところがそれに答える俺は、少し緊張感がなくなり、


「そりゃ、なんか心当たりがあったから……。もしかしてあんた、森の内側にいた時は有名だったんじゃないのか?」

 状況にそぐわぬ喋り方が出る。しかもしれっと質問を質問で返していた。

『………フッ」

 狼人が鼻で笑う。殺気は全く衰えないが、なぜか言葉の終わりあたりから、嫌な雰囲気だけが消える。


「主の尖剣と服、それは針の淫魔が仕立てた代物であろう」

 不意に訊かれるが、不思議と針縫しほさんの事を言ってるのがわかる。俺はそれが怒りの原因であろうと、なんの躊躇ためらいもなく素直に答える。

「やはり、か」

 狼人はため息をつくように言う。そして何か理由があったのか、刀を鞘に収めていた。


「その匂いから、あれの刺客なる者かと考えたが、四天王の名すら知らぬとは、いささか拍子抜けなものよ」

「四天王って……まさかッ!?」

 そこまで言われて、ようやく思い当たる。あの場にいなくて、賢王の口から出ていた唯一の行方不明者。


「なら、あんたは風の四天王の……」

「そう、私は風の四天王……」


「ハヤテマルってやつか!」
「ハヤテマルである!」





 そこからしばらく、思い出と経緯いきさつを語っていく。ヴァルフとの戦いにミーティアでの戦争の片鱗、あと特に強くねだられたブレイブについては、念入りに語ってあげた。


「……ついに彼がヴァルフを破り、新たな四天王と。さすがは勇敢なる者」

 彼は感嘆の言葉を述べる。その、あまりにもブレイブにこだわりを持つ様子が、その親友である俺としては気になってならなかった。


「なんでそんなにブレイブにこだわるんだ? あんたが行方不明になったのは、あいつが炎の四天王になる前だろ。」

 一応、訊いてみる。


「実は私……、彼の名を与えた者でして。」

「え?……えええぇぇぇーーーー!!!!?」

 信じられない事を聞いた。こだわりはブレイブの能力から来るものかと思っていたが、そんなこと本人からも聞いたことがない。これまでにないくらいの、驚きの事実であった。


「この話はまた今度の機会にでも。今日はお呼びいただき、感謝いたします」

 彼はそう言うと、急ぐように席を立つ。思わず呼び止めてしまうが、その理由も……あ、いやとっておきのがあった。


「なあハヤテマルさん、ひとついいか?」

「何か御用でも?」

「俺たちギルドを作るんだけど、今のところみんな森の内人でさ。もし良ければどうかな……と」

 自己中心の考えだけで、ギルドへと勧誘してみる。でもやっぱりダメかな、とも思った。だって彼は商人として儲けてるし、今の様子からも忙しそうだし。


「ふむ、主のギルドか。このごろ帰る輪が欲しいと思ってはいたが、ふうむ……」

 なぜか予想外にも、彼は悩むような素振りをみせる。もしかしたら行けるんじゃないかと、期待に思わず息を呑む。


「その話、乗りましょう」

「えっ、本当か!?」

 了解が、貰えた!?


「ですがその前に、一つ依頼をお願いしたい」

 彼は言いながら、平たいポーチの中を漁る。そして取り出した一枚の紙を、丁寧に手渡してくれた。この数日で何度も見た、依頼の書類であった。


「以前【竜人の山里】を訪れた際に頼まれた物であるのだが、暑さと毛皮の相性ゆえにこなせず……」

「頼める人を探してたのか」

「お言葉の通り。場所が火山ゆえに危険なものだが、ヴァルフと一戦交えた主ならば暑さの心配は少ないと思われる」

 たしかに彼の言う通りで、俺は焦土とヴァルフ、ついでに砂漠の暑さを経て、結構暑さには慣れてる。逆に狼人の体毛を見ると……冗談抜きで暑そうだ。


「これは山里の竜人族を救う依頼。亜人間族の民を救い、彼らへの迫害無き心を見せてもらいたい」

「じゃあこれを達成したその時は!」

「ギルドへの加入を約束しよう」

 それを聞けて、思わず「よしッ!」と喜び、胸元でガッツポーズが出る。初めてのメンバー獲得が風の四天王その人になりそうな事に、嬉しさが止まらない。


「よし早速みんなと打ち合わせしてくる! また会おうハヤテマルさん!!!」

 言うだけ言って、ドタドタと足音を立てながら部屋を後にする。そして残されたハヤテマルは、やれやれといったご様子。それでもその胸中には、期待の気持ちが湧き上がっていた。


「良い報告を楽しみに待つ。私と同じ、風の使い手よ」




(ryトピック〜【風の四天王ハヤテマル】について〜

 1カ月ほど前、魔王都市から姿を消した狼人族の風刃使い。正式名称は【閃風のハヤテマル】
 その実は休暇時に知らず知らずのうちに迷いの森に立ち入ってしまい、突破はできても都市への帰還が叶わなくなっていた。

 彼の刀には鉄の刃がないが、代わりに風の刃と数本の帯が伸びる。ちなみにカイの魔法剣とは似るが、あちらは低級の魔導合金に氷魔法を纏わせている。

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