境目の物語

(ry

歪みし均衡

 なぜか俺は、建物の外に出るなり投げ飛ばされていた。とは言ってもかなりふわっとした投げ方だったので、受け身を取ることは容易だった。
 なので俺はクルンと前転して受け身を取り、そのままの流れで俺は振り返った。

 するとそこにあったのは、ファンシーな装飾と対になった鎌……翼?で彩られている、【雨上裁縫具店あまがみさいほうぐてん】の看板が掛けられた店。……と、約束の武器を手にした針縫さんだ。
 にしても俺の短剣ってあんなに細かっただろうか? 柄に付いた歪な鍵を見れば、俺の短剣だってことはわかるんだが、それにしては鞘が細すぎる気が……

 疑問を巡らせていると、いつの間にか針縫さんが真正面に立っていた。そしてその武器を手渡して言う。


「あんたが短剣で雷撃を防ごうとしたおかげで、刃が根本から折れちゃってたのよ。今回は私がレイピアに作り変えてあげたけど、今後は無理させちゃダメよ」
「あ、はいすいません」

 彼女に叱られたから、俺は反射的に謝っていた。でも本当に謝るべき相手はこの武器だろう。
 俺はそう気づき、早速刃を鞘から出してみる。するとどういうわけか、その刀身には縫い針と同じようなくぼみが入っていた。というより、その形は縫い針そのものだった。それでいて艶の感じはあの短剣と変わらない。


「もしかしてこれ……!」

俺は驚きに震えながら、視界を上に上げていく。するとそこに映り込むのはドヤ顔の針縫さん。


「もう隠す必要もなさそうね。
あんたの察しの通り、それは私の能力【針形成はりけいせい】で変形させたもの。
そしてここは、あんたが求めた地、魔導科学の国【ミーティア】よ」
「ええっ!? ここが目的地のっ!?
……ていうか何で知ってるの?」

俺は驚きと疑問の交互に襲われ、その終着点としてそれを聞いていた。
すると彼女は大通りの方へと歩きながら、

「話は歩きながらしてあげる、ついてきなさい」

 俺をいざなう。もちろん俺は彼女について行き、ゆっくり話をしながら城へと向かって行った。





 時間にして30分後、俺は彼女からいろんなことを聞かされた。
 俺の目的については彼女の能力の一つ【情報針】を経由して知ったということや、どうしてあの場に駆けつけてくれたのかということ、それと何で裁縫具店なんて経営しているのかということなど……。

 それらを通してわかったのは、彼女が大の魔王嫌いであり、彼らに対する復讐者アヴェンジャーであるということ。
 また、その怒りで賢王まで殺すわけにはいかなかったから、都市を出てここで生活の糧を得るために店を経営していたということもわかった。

「……そういえばあいつらの安否については言ってなかったね」
「あいつら?」
「四天王と魔王のことよ」

 それを聞いた途端、俺は一瞬ビクッとなった。針縫さんのおかげで俺は無事でいられたが、今思えば四天王達はボコボコにされていた。
 止水さんは柱に衝突していたし、ブレイブは天井にめり込んでいたし、スロウスに関しては城外までぶっ飛ばされていた。とても大丈夫だとは思えないが、その真偽は聞かなきゃわからない。

 俺はゴクリと息を呑んで、彼女からそれを聞く。

「そこまで心配されると言いずらい……。でもその気遣いは必要ないわ。だって四天王達はみんな生きてるんだから」
「本当か!?なら良かった〜」

俺は心の底から安心する。肩の力がスッと抜け、ほっとしたため息が漏れ出た。だが……

「でも賢王だけは別。あいつは殺されたわ」

 それと入れ替わるように聞こえてきたのは、深刻な雰囲気を持った彼女の発言。俺は事が理解出来ず、ただ一言「は?」と返していた。
 だって当然だ。あの戦いで賢王は、ただ見ているだけだった。俺の意識がある内では間違いなく手を出されていなかった。なのに殺されたって……

「私だって驚いたわよ。あの子だって魔王にはまだ手を出せれていなかった」
「ならどうして!?」
「毒殺よ」

……毒殺だって?何でわざわざそんなことを?それに勇者は手を出せていないって。

「……っ!!」

 この時俺の頭の中に、ただ一人それができる存在が浮かび上がった。

黒い外套のやつだ。

 あいつは最初、止水と共に襲い掛かってきた。だから俺は、四天王の一人か、もしくはなんらかの護衛職の者なのかと思っていた。
 だが賢王は奴を知らなかった。止水も奴については、あの後一切反応がなかった。そして奴はいつの間にか姿を消していた。ここまでくればもう確実だ。

 俺の疑いは確実なものへと変わっていた。だがもう一つ浮かび上がる疑問があった。それは、なぜ勇者がいるにも関わらず賢王を毒殺したのか、だ。

「……推理してるとこ悪いけど、もう犯人は分かっているわ」
「えっ、分かってるの?やっぱり外套を纏った奴だよな」
「……誰それ?」
「えっ、」

 ここでその反応が返ってくるとは思っていなかった。でもそういえば針縫さんは奴を見ていない。もしかしたら思ってる人物像が違うだけで、人自体は一致しているかもしれない。

「で、犯人は誰なんだ!」

俺は再度尋ねる。

「それは、さ」
「ひっ!?」

 針縫さんがそれを言おうとしたその瞬間、俺の背後で女性の悲鳴が響き、ものの見事にそれを遮られてしまう。しかし何でこのタイミングで悲鳴なんかが?

 やはり不思議さを抱かずにはいられない。俺はその正体を確かめるため、すぐに後ろに振り返る。
 するとそこにいたのは、深緑色の魔女帽子を被り、同色のコートを羽織っている、豊満な胸を持った……

「……え? トッキー?」

 そんな特徴が当てはまるのはトッキーだけだった。そして彼女は紛れもなくトッキーだった。

「トッキー! 何でこんなとこにい」

 俺は気軽に話しかようとした。だが彼女から返ってきたのは、

「……来ないで」

の一言だった。

「ど、どうしたんだよトッキー」

 俺には理由がさっぱり分からず、それゆえ彼女に近づこうとした。だが、

「来ないで!!!」

 今度は張り上げるような叫び声で止められた。
 広場に集まっている人たちの視線が一斉にここに集まるのを感じる。そして針縫さんにも肩を掴まれ、俺は近づく手段と空気を奪われてしまう。

 そしてようやく気づく。トッキーの足が震えていたことに。
 彼女は怯えていた。おれに恐怖していた。それがどうしてかはわからない。それを追究することもできない。

 彼女は立ち上がり、逃げる様にしてここから走り去っていく。俺はそれを止める事ができなかった。見ていることしかできなかった。
 そして彼女が去った今、針縫さんが呟く。

「まずいわね……」
「えっ?」

まずい? どうして? 何が?

 やはり理解できない。ここ数日間で何があったのか、それが鍵を握っているのは間違いない。でもそれがトッキーにどんな影響を与えたのかは予想もできない。


 俺は混乱していた。もはや周囲の状況に目がいかないぐらいに、混乱していた。
 そのためだろうか、俺がそれに気づいたのは、何か赤黒い液体が体に降りかかった後だった。




(ryトピック〜針縫さんについて〜

 正式名称は【雨上あまがみ 針縫しほ】朱色の髪と軍服のような服装が目立つ、淫魔族の女の子……?
 年齢経歴等は不明だが、裁縫具店を経営している事、それと魔王には復讐心を抱いているという事だけは確かである。

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