境目の物語

(ry

ヴァルフとの戦い〜生と死の狭間〜

 早速俺は、ブレイブにリペアを発動しようとする。だが素手で彼の身体に触れる決意をした時に、ふと二つの疑問が湧いた。

 前者は、この技を自分以外に使用できるのかだ。ただこれに関しては、先程無茶振りで放った板状の斬撃波……これは【衝盾しょうじゅん】とでも呼ぼうか。これに使ったと同じ要領で、対象をブレイブにする事をイメージすれば成功しそうだから良しとしよう。

 だが問題は後者にある。それは、リペアで今のブレイブを修復できるのかだ。
 今まで俺がリペアを発動したのは切り傷や骨折などの、元を損傷した部位にだけだ。しかし、今のブレイブは内側から灼かれており、最悪の場合炭にでもなっている。

 そんな部位を無視したままリペアを発動すればどうなるのだろうか。もしかしたらそこも含めて修復してくれるかもしれない。けれど、そこだけ修復されず一生涯残り続ける可能性だってある。もちろんそれが死に直結することも…

 一番確実なのは、その部位を撤去した後にリペアを発動する事だ。だが今のブレイブにそんな処置を施そうとすれば、間違いなくリペアを発動する前に絶命してしまう。
 つまり今俺が選べる道は、リスクを承知の上でリペアを発動する道と、諦めて彼を捨てる道だけだ。もちろん後者を選ぶつもりなどない。今は即断即決が重要だと分かっているつもりだ。


「……俺の選択を恨まないでくれよ、俺のたった一人の親友……」

 俺はそう呟き、覚悟を決めてから彼の露出した腹部に手を当てる。調理器具に放り込んだ生肉のように、手の平がジューっと焦げる。けど俺は痛みを我慢して、瞳を閉じる。
 ラプターから振り落とされないよう固定している足を除き、全神経を癒しのイメージに集中させる。


「傷の治った元の身体を……こんな熱を帯びていない元の身体を……いつも通りの親友の身体を……どうか成功してくれ……!」

 心の中で強く念じる。ただ強く、強く念じ続ける。そしてこのイメージが、カチッとはめ込まれるような感覚を受ける。俺はその感覚に身を委ねて、発動する。


「……【エネルギーリペア】ッ!!」

 その瞬間俺は、自身の精神力が大きくすり減るような感覚に襲われる。だがまだ安心はできない。

エネルギーリペアには大きな特徴がある。
 一つは、なぜか効果が発動せずに終わることがある、というもの。
 そしてもう一つは、瞬時に再生するのではなく急速に修復する技なので、発動した時点では成功したか否かを見分ける術がない、というものである。特に内側からの修復だと、より見分けるまでに時間がかかる。
 だがこの技に慣れきっている俺だから断言できる。


「今のは確実に成功した……!」

 だが断言できるにしても、ここからどんな変化が現れるかはわからない。俺は彼の胸から両手を離し、火傷をリペアで癒す。そしてすぐに周囲へと意識を向ける。

 そこで真っ先に気づいたのはラプターの状態の酷さだ。辛うじてスピードは維持しているものの、目の焦点が合っていない。このまま走らせ続ければ、間違いなく途中で燃え尽きてしまうだろう。
 だがこいつをこんな状態にしたのは俺だ。だから俺に責任がある。ならこいつを休ませてやるが、そしてどうにか生かしてやる事が、俺にできる唯一の罪滅ぼしだろう。

 それに……今は勇者がヴァルフの気を引いてくれている。俺の方に飛んでくる炎槍も雷壁で防いでくれてるようだし、完全に奴と向き合って戦っている。
 ここまでしてくれるのならば、いっそのことここから先を任せてもいいのかもしれない。俺はそう考えた。もちろん勇者が受け入れてくれるとは思っていない。それでもブレイブやラプターの事を考えると、聞いておくべきだと思った。
 だから俺は羽ばたく音に負けないよう、声を張り上げて言った。


「勇者様!ブレイブもラプターも限界だ。
あとのことを頼んでいいか!」

『俺一人でヴァルフを誘導しろってか?
……よし、任せとけ!!』

やっぱり勇者は受け入れなかっ……えっ!?
 今なんて言った?まさか、「任せとけ」って言ったのか!?

 あまりにも予想外に、そしてあまりにもあっさり通ったので、思わず「本当にいいのか!?」聞き返してしまう。
 すると彼は返事をする代わりに雷壁を使い、丁寧に俺たちの退路を作ってくれた。ラプターはそれに沿って移動し、渓谷を上へと登っていく。そして最終的には、この場を退く事に成功したのだった。


 俺は周囲の安全を確認した後にラプターを止め、ブレイブを抱きかかえてから飛び降りた。仕事を終えたラプターには休憩の指示を送り、自由にさせてあげた。

 そこまで済んだ後に、崖際から渓谷の底を覗き込んでみる。彼は雷鳥を操り、ヴァルフを誘導していく。ヴァルフは俺たちにしたのと同じように、勇者に向かって炎槍を打ち込んでいる。だがそれは勇者に触れる前に、雷壁によりかき消されてしまう。
 そんな、一見硬直状態のまま双方は渓谷の奥深くへと進んでいき、あっという間に暗闇に呑まれていく。そして俺には視認できなくなってしまった。


「勇者様……」

 俺は未だに勇者様の行動が信じられず、無意識のうちにそう呟いていた。でもあの様子を見れば、嘘偽りなどないと容易に理解できる。ならその気持ちに応えられるよう、俺たちはすべき事をしよう。
 そう判断した俺はブレイブの容体に気を配りつつ、しっかりと休息をとることにしたのだった。





『……ラグ達は行ってくれたか。ほんっとあいつらは無茶してばっかりだ。思わず手を貸しちまった』

 俺は独り言を呟く。正直なところ、あいつらにはもっと働いてもらいたかった。だがその気持ちを優先してしまえば、途中であいつらがしくじって作戦を失敗に導くのは目に見えている。それに……


『……いや、俺は何を考えているんだ。あいつらは魔物で、勇者である俺の敵だ。そんな奴らと友達になるなんて許される訳がない!』

 俺は奴の炎槍を対処しつつ、ひとりでに叫ぶ。だが心の中では嫌なモヤモヤが溢れんとしている。
 それはおそらく、勇者である俺自身への否定的な感情なのだろう。だがそんなもの、俺が抱いていいわけがない。

 とにかくそれから離れたかった俺は、目標地点の方を見る。あと十数秒で、そこに辿りつける。そんなところまで迫っていた。

 俺の視線の先には、ゴブリン供が巨大な岩石を抱えて、それを投げる時を今か今かと待ち望んでいる。
 その先頭にはグンシ先生の姿があった。彼がいなければ俺はここまで魔法を扱えるようにはならなかった。だからこそ、ここまで魔法を扱えるようにしてくれた彼への敬意として、この大役を成功させなければならない。


『そうだ、失敗は許されない……!』

 最後の決意を固めた俺は、昨日あらかじめ仕掛けておいた魔法陣に魔力を注ぎ込み、点火する。取り囲むように配置した雷壁も、ダメ押しとして配置したディレイも、問題なく発動できる事を確認する。


そして今、俺はその上空を通過した。


 俺は奴への意識を最大限に高める。一歩づつ、そこに向かって駆けていく。

 そしてついに、奴が魔法陣を跨いだ。俺に残された仕事は、雷壁を起動する事だけだ。


『……これで俺たちの勝ちだ。【サンダーウォール】!!!』

 仕掛けた雷壁を、一斉に起動する。完璧なタイミングで発動したそれは、ヴァルフの行く手と退路、その双方を封じる。
 もちろん奴はそれを破壊しようと炎を集中させる。だがもう遅い。


『投石部隊、放てーッ!!』

 俺は今まで出した事もないような大声で叫ぶ。それに合わせるように渓谷の上からゴブリン供の雄叫びが響き渡り、それに続くようにして、無数の鋭利な岩石が降り注いだ。




(ryトピック〜衝盾ショウジュンについて〜

 ラグがとっさに思いついた技であり、対象を守護する特殊な斬撃波である。
 この技では斬撃波を板状に放つ事で対象の前方に立ちはだかり、襲いかかる数多の攻撃を相殺する事に意義があり、特に炎を打ち消す力が重視されている。
 その代わりに他の属性に対しては真正面からぶつかるのと大差ないような防御性能となってしまう。また、味方を対象とする場合、その位置を考えて使わなければ意味がないので、炎を防ぐ以外での使い道はそう大して多くないと思われる。

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