境目の物語

(ry

ヴァルフとの戦い〜開戦〜

 ラプターによる全力疾走の結果、俺たち誘導部隊は4ミルスもの距離を僅か40分で移動することができた。今俺たちの前方百数十メートル先には、睡眠中のヴァルフがいる。朝日がある程度昇った今寝ているのは、奴が夜行性であるからだ。

 本当ならこの隙をついて、心臓でも抉り出して即死させたい。だが、奴が狼の皮を被った怪物である可能性も否めないし、作戦である以上それに従わなければ部隊の破滅を呼ぶことになる。それは俺自身の死も意味している。だから手を出せない。

 そこから約10分、俺たちは緊迫と沈黙の時間を過ごす。あまりの一様さに思わずあくびをした時、背後の、かなり後方の位置から、角笛の音が響いてきた。間違いない、これが合図だ。
それを察したと同時に、ブレイブが口を開く。


「ラグ! ラピッズ! 勇者様!
初撃は勇者様の雷鳥サンダーバードを筆頭に、それに合わせて4人の閃風斬を決める。構えてくれ!」

「拝承した!」

「ひっさびさの合わせ技!」
「決めようぜ相棒!」

 俺たち3人は続くように応える。勇者は答える代わりに雷鳥から降り、『それじゃ詠唱始めるぜ……』と言ってから詠唱を始めた。それに俺たちは俺たちで、雷鳥に合わせられるよう、前方ギリギリの位置に移動することで応える。


『……準備完了! 行くぜ!【雷鳥サンダーバード】!!!』

 勇者は左腕を前に突き出して、その魔法を発動する。すると彼の隣にいた雷鳥が、一際激しい雷を放って空へと飛び立つ。そして宙返りした後にヴァルフに狙いを定め、そこ一直線に突進し始めた!


「俺たちも続くぞ!!」

 ブレイブが指示を出しながら、手に持っている石製の剣を構える。それに合わせて俺も白銀に輝く刃を構え、その両サイドでラピッズが巨大包丁を構える。


「いっせーのーでッ!!」

「「「閃風斬ッッ!!!」」」

 俺たち4人は同時に空を裂き、強力な風の刃を放つ。それらは瞬く間に雷鳥に追いつき、五つが一体となってヴァルフに向かう。奴はまだ眠っている…!

そして、その無防備な頭部へと直撃する!

 衝突と同時に雷鳥が弾け飛び、雷が落ちた時のような凄まじい轟音が鳴り響る。そしてその音相応の衝撃波が、周囲に広がっていった。

 この直撃を受けたヴァルフは大きく仰け反り、絶命でもするかのように倒れる。
 だがすぐに起き上がり、『グルルアァッッ!!!』と、化け物の声を具現化したかのような禍々しい咆哮を上げた。同時に奴の足元から、湧くように炎が溢れ出す。


「作戦開始だ!!みんな、希望の渓谷を目指すぞ!!!」

 ブレイブが大声で告げる。その指示を受けた部隊全体が後方に向きを変え、中心を開けるようにして散開した。俺たちも遅れを取らないようにラプターにまたがり、すぐに走らせる。その上を取るように、再度呼び出した雷鳥に乗った勇者が姿を見せる。


 ここまでの流れは完璧だった。そうであるからこそ、心に油断が生じてしまう状況でもあった。
 奴の攻撃に警戒する事も忘れて、ただラプターを走らせていた俺は、突然重みのある何かで左腕を貫かれた。突然の痛みだったため一瞬気が飛びそうになるが、なんとか持ち堪えて目線を左に向ける。

 すると俺の視界に入ってきたのは、腕を貫くヴァルフの業火だった。それは見えない何かで覆われており、炎なのにも関わらず槍の形と金属並みの重さを保っている。
 もちろん俺は引き抜こうとする。だがあまりの熱さに触れることができず、さらには数メートルほど先まで貫いていたので、引き抜く術がなかった。さっそく万事休すなのか……


「いいやまだ諦めるのは早いぜ!」

 そう言ってラプターに乗たまま飛び出したのは、なんとブレイブだった。彼は右手を俺の方へと向け、力を込める。すると、槍の炎がその腕に吸収され始めるではないか。
 2秒もしないうちに熱全てが吸収されると、覆っていた概念的な何かが消えたらしく、重みも一緒に消失していた。


「これが俺のとっておきの能力、【吸熱能力】だ!」

「何っ、吸熱能力!!?
まさかブレイブがそんなものを……」

 俺は驚きを隠せなかった。だが俺の目の前で他の仲間に刺さった炎を吸収する姿を見れば、それが嘘偽りない事も理解できる。…けど何というか、痛みをこらえるような表情が浮かんでいるようにも見えるような…。

 ともかく俺は腕の治療のため、すぐに傷の再生をイメージした。そして技の名を口に出すことなく、イメージ体のままで発動させる。これが新たな……そして恐らく本来の【エネルギーリペア】だ。

 口に出すか出さないかの違いだけで、技の内容自体はまったく変わっていないが、穿ち灼かれた傷口は目に見える速度で再生を始めていた。そこだけ確認できた俺は、ラプターの背に跨ったまま後ろを向き、奴の攻撃に備える。

 俺がヴァルフを見定めると、奴のからだ全体から、無尽蔵に炎が溢れ出ているのに気づく。それらは宙へと舞いながら個々に集まっていき、先端を尖らせながら奴に追従する。
 そうして攻撃の準備が整えられると、奴が一叫びしたと同時に無数の炎塊が一斉に飛び出し、先ほどの炎槍ファイアランスとなって俺たちを襲う。


 だが今回はしっかりそれを捉えている。ならゴブリン達に捌けて俺に捌けないわけがない。
 そう自信を持ちながらも、冷静さはしっかり保って対処に移る。

 個人を狙っていたのは初撃だけだったらしく、基本的には軸をずらづだけで躱せる。飛んでくる槍の配置の問題で躱しきれないものには短剣を合わせていなしていく。
 武器と槍が触れた瞬間火の勢いが強くなっていたので、接触すると真価を発揮するタイプなのだと予想しつつ、巻き込まれないように体も遠ざけるようにして躱す。

 それを数秒続け、奴の攻撃が終わればこっちの番だ。俺はすぐに奴の足元目掛けて風の刃を放つ。
 もちろん奴がそれを避けないわけがない。だが奴がそれを避ける時、なぜか炎の一部で壁を作ろうとしているのに気がついた。

「もしかして、反射的に炎壁を作ろうとする習性があるのでは?」

 そう思った俺は、即席で風の刃を飛ばす。すると、またも奴は回避と炎壁生成を同時にこなしていた。もちろん炎壁用の熱の出所は攻撃用の炎と同じだ。ならこれで浪費させ続ければ、攻撃の頻度を下げられるのではないか?

 これはあくまで仮説に過ぎないが、すぐに仲間に伝える。


「ブレイブ!ラピッズ!
奴に閃風斬を打ち続けてくれ!もしかすれば奴への牽制になるかもしれない!」

 それを聞いたラピッズは、すぐに風の刃を放って態度で返事をしてくれた。ところがブレイブは、


「悪いが今回は精神力を温存させてくれ!」

 とだけ返して、牽制には手を貸してくれなかった。だがたしかにその能力に集中した方がブレイブは貢献できる。むしろ俺の指示が不適切だった、と判断して、すぐに牽制へと取り掛かった。

この戦いは、まだ始まったばかりだ。




(ryトピック〜【炎槍ファイアランス】について〜

 この技は本来、炎魔法を槍状にして飛ばす【ファイアスピア】と呼ばれる初級魔法であり、単発のものでもある。
 だが炎を無尽蔵に生み出すヴァルフは、それをほぼゼロコストで数百本同時に生成し、さらには重みの概念も付与したものを打ち出すことに成功している。
 もちろん魔法の性質上、理論上では模倣可能と言われているが、コストの問題でそれができるほどの飛び抜けた精神力を持った者は少なく、そう言った魔道士はそもそもそんな非効率な使い方はしない。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品