バミューダ・トリガー

梅雨姫

四十四幕 仇打ち


龍王 蓮鎖りゅうおう れんさを尾行しはじめてから十数分が経過していた。
尾行開始の時点で太陽はすでに西へと傾いていたため、商店街の明かりから外れると、そこはもう日の射さない町並みとなる。

しかし、街灯やコンビニなどの商業施設の明かりもあるため、さして暗すぎるというほどではなかった。

「はぁ、龍王先輩だが、どうも普通に買い物をしているようにしか見えねぇな」

つまらなそうに呟くのは、身内の異様に好奇の目を光らせていた加賀 秋仁かが しゅうじだ。

「だな。買ってるものも、野菜や肉ばかりだ。別段、特別そうなものは何もない」

首肯してから、秋仁の半歩前を歩く一双 頼矢いっそう らいやも同意見を述べる。

「ボクとしては、アブナイ趣味に目覚めて、イケナイ仕事でもしてるのかと思ってたけど、どうやら間違っていたみたいだね」

「お、お前そんなこと思ってたのか?」
「よくこの面子めんつで言えたもんだな」

続いた影近かげちかの発言に、秋仁と頼矢は驚愕の顔色を露にして半歩引き下がった。

「なんてね。ふふっ、冗談だよ!じょーだん!」

「おおぅ、そ、そうかよ」

「紛らわしい事はするな」

審議が問われる冗句で男子陣を翻弄する影近に、二人は咄嗟に平静を装う。

そのとき―


ファーファファッ、ファー


数メートル前方で魚屋の店主と会話していた龍王蓮鎖の携帯から、あまり聞き慣れない特徴的な曲調の音楽が流れ始めた。

(ロシア民謡・・・?)

音楽をたしなむことの多い秋仁だけが、その曲の種類を判別した。

しかし、その情報を共有する事は、それから起きる出来事により妨げられた。

「・・・何?それは事実か?」

緊張感のある声色。

蓮鎖が取り繕っていた「女子」の雰囲気が、一瞬にして冷たい、氷のようなそれに塗り替えられる。

魚屋の店主も、瞬く間に様変わりした目の前のに目を見開いている。

「なんだ?」
「様子が変わったな」
「ただ事ではないみたいだね・・・」

三人が目配せをしあった直後。

「チィ!」

ダンッ!!!

驚異的な脚力をもって、蓮鎖はもと来た道を駆け戻り始めた。

「な・・・」

「何があったんだ・・・?」

「追うよっ!!」

困惑に判断が遅れる秋仁と頼矢だったが、常日頃から武道を極めてきた影近は即座に判断を下し、先行して駆け出した。

「ちっ、しかたねぇ!」

「わざわざここまで来たんだからなっ!」

秋仁と頼矢は、一瞬遅れて影近に追従した。


―――――――――――――――――――――――――


東区にある公園のなかで最も広い面積を誇る、霊峰町立山下公園の中央。

外周に立てられた街灯の明かりも届かない暗闇に、白いジャージの青年がうずくまっていた。

「ゼェ、ゼェ・・・疑問、ですね・・・貴方は、成人に、見える・・・どうでしょう?」

「否定・・・しない。我は、確かに、よわい四十を迎える、男だ・・・」

薄ら笑いを浮かべて質問を投げ掛けた青年に、巨体をもったら男は重々しい声で答える。

「おか、しいですよ・・・怪異事件《バミューダ》に、巻き込まれた、人たちで・・・命が助かったのは、十代、の、少年、少女のみっ、ゼェ・・・《トリガー》を持ち、能力を、使えるのは・・・僕たちだけの、はずですっ!!」

そう。


―――――――――――――――――――――――――


近年、日本の各所で度々発生している怪異事件《バミューダ》は、未知のエネルギーによる周囲の建築物や大地、そして人間を巻き込んで消し飛ばすというものだ。

警察、そののなかでも、怪異事件について調査を進める部署は各地に点在し、この事件に「厄魔事件《バミューダ》」という名をつけて調べている。
国からの強大な助力もあり、この件については世間に伏せられたまま、少ない情報を慎重に組み合わせて原因の解明が急がれていた。

そして、能力を使役できるものは、総じてこの《バミューダ》から生還した少年少女のみ。
さらに、能力の発動は事件直前の記憶を取り戻した一部の者たちだけが持ちうる特権であった。

―思いの強さが、能力ちからに変わる―

とは、誰が放った言葉だっただろうか。


―――――――――――――――――――――――――


「だから、貴方は、能力を・・・」

「だが―」

青年が絞り出す言葉は野太い声に遮られた。

「我、は、能力を持つ・・・者。貴様、に・・・経緯、を・・・話す気も、ないが・・・我はぁっ!強き者を!求めるゥゥウっ!!」

「先程も、申し上げましたが・・・貴方に伝えることなど、ゼェ・・・なにもありませんよ!」

履いたスニーカーから黄色の輝きが放たれ、倒れ伏していた青年が立ち上がる。

「まだ、動く、か・・・だが、足りない・・・貴様でもォ!足りないぃいっ!!」 

吼える巨躯は、紺色の腕輪をはめた右手を掲げた。

そして―

ポタッ・・・

「貴方、なんで、しょう・・・?」

「なんの、話だ・・・」

「つい、先刻っ、ここから少し、北へ進んだ通りの辺りで・・・友が、死体で発見されました・・・身元不明だと、言われましたが、僕には分かった・・・!」

青年は泣いていた。

大切な何かの。

大切な誰かのために流す涙を。

この世でもっとも美しい涙を流して。

「彼を、殺したのは・・・!貴方なんでしょうっ!」

「・・・潰れた、人間のことなど、知らぬ」

冷酷な巨躯の男の声に、青年は激怒を露にした。

「ぁああああああーーーーっ!!!」

爆煙のごとき砂煙を上げ、大地を蹴った青年は前進、次いで上空へと飛び上がった。

脚剣きゃくけんっ!!」

青年の足が強い輝きを纏った。

黄色の軌跡を描く体を大地に平行に、巨躯の男に直角に構える。

「僕は、負けない、僕は負けないっ!太一たいちの、かたきは!僕がるッ!!」

友の名を叫び、青年はそのまま体を横回転させる。高跳びで言うベリーロールの動きだが、回転量の桁が遥かに違う。

人間大の電動ノコギリと化した青年は、落下の速度を能力で倍加させ、巨躯を引き裂かんと爆進する

回雷剣かいらいけんッ!!」

ゴォオオオオオオッ!!


―――――――――――――――――――――――――


雷のごとき光の軌跡が、大地へと降った。

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