バミューダ・トリガー

梅雨姫

二十七幕 怪校生の方針

「・・・厄魔の精霊は?」

押さえられた声が、部屋に響く。
暗い部屋を、暖かみのある暖色の電灯が申し訳程度に照らす。
黒い机に一つのパソコンを備え、それ以外は特に物品は置かれていない。

「いえ、未だ変わらず。我らにたいして疑惑は抱いておらず、いつも通り。ただ、悠然としています」

「・・・加えて言うならば、時おり目を遠くしているように感じました。まるで、そこに何かが見えているかのように」

「そうか・・・順調、と見て良いんだね」

「はい」

格式張った動作で窮屈な空気のなか礼をして、報告をした二人の人物が下がる。

「神河輪人だ・・・」

どこからともなく声がした。
それが誰のものか、その場の三十人に気にした様子の者はいなかった。

「神河輪人」
「・・・神河輪人がいれば」
「あいつが必要だ・・・」
「捕らえろ」
「・・・逃がすわけにはいかない」
「奪うべきだ」
「あと、少しで・・・」
「奪え」
「・・・殺すなよ」
「・・・奪え」
「もとも子もないからな」
「奪え」
「奪え」
「奪え!」
「奪え!!」

ただ連鎖する、ある種の執着を色濃く表した声は、より単純に、純粋な目的のみに絞られていく。

「「「「奪えぇッ!!」」」」

「それでこそ、我らだ。ここで大詰め。十三年かかった。「双蛇の輪デュアルスネイク」が世界を、元に戻すぞ・・・・・・・・」



それぞれの物語は交錯し、互いの目的の合致を無視して闇雲に進む。

両者はまだ、気づけていなかった。












五影兄弟の話は進む。

翔斗の意思に反する生徒は一人もおらず、それぞれの意思は少なからず、厄魔事件《バミューダ》を引き起こした張本人への闘志を燃やしていた。

「聞こうじゃねぇか。お前たちの頭首ボスが見た、張本人ってやつの情報を!」

「わかった。俺から話す。いいな、時々?」

「うん、貞命兄さんに任せるよ」

「・・・まず始めにそいつの姿なんだが、人の形をしている。だが、里音様が目撃した当時は、背中に円盤形の浮遊物あったらしい」

「円盤形の、浮遊物・・・」

翔斗が復唱した。
姿形を聞いた事で、敵の見てくれが明らかとなりつつあるわけだが、「人の形」と聞いた感想としては、そこまで恐怖は感じない。

「だが、見てくれに騙されるな。あくまで仮定だが、この日本で起きている《バミューダ》の元凶が、全てこの一体に集束するのならば・・・」

「怪異事件でなにもかもを吹き飛ばしたエネルギーを、全て一人で産み出していたってことかよ・・・!」

蒼真が驚愕の表情で吐き捨てる。
普段から眼光に圧のある蒼真が、いつにも増して険しく顔をしかめた。

怪異事件《バミューダ》の件数は定かではないが、今は別組織を組んでいる元・怪校生を合わせた総数二十二名が《バミューダ》に遭っているため、過去五年間の発生件数は少なく見積もっても二十件だ。
その被害は大小様々であるが、観測されたなかで最も大きなものだと「学校一つが土地ごと消えた」というものもある。

参考までに、過去に襲ってきた襲撃者二人の攻撃を思い返してみたが、最も威力の高い攻撃でも精々民家の壁を砕くので精一杯であった。

「それはまた、途方もなく強そうだな」

俺は、はからずも蒼真に同調していた。

怪校生の中にも、あまりに強大な力量の示唆に、先程までの勢いを削がれた様子で困惑の表情を見せる生徒が見られた。

「俺達は実際に見たことはないが、里音様が「くろがね家の怨念」の矛先を向けている相手だ。簡単に摘み取れる脅威ではない」

追い討ちをかけるような貞命の発言に、俺を含めた怪校生たちの士気が一段と下がったのが感じられた。

「でも、勝てねぇ相手じゃねぇ!」

唐突に、俄然少しも怖じ気づいていない翔斗が叫ぶ。

「絶対に勝てる!俺たちには《トリガー》と能力がある!《バミューダ》を起こした帳本人は、俺たちに力も与えちまった。・・・放っておけるかよ、俺の後輩や友達は、そいつに校舎ごと吹き飛ばされたんだ」

説得力に乏しい部分もあるが、何よりも捨て置けない「大切な人」を失ったという事実が、消えかけた怪校生の闘志を、再び燃え上がらせる。

「黒絹先輩は勘違いしてるぜ。俺ぁ元より勝つ気で満ちてんだ。心配や鼓舞なんか無くとも、降りる気は無ぇ!」

実際に見たことはないので詳しくは語れないが、戦闘には自信があるという蒼真だ。
本心なのか負けん気なのかは定かではないが、勝ち気である。

「ここでは僕らが年長だから、逃げ腰じゃいられないね」

妹の京子をちら、と横目で見てから、植原兄妹の兄・諒太が優美に微笑む。

「同意見やね。お兄ちゃんの形見もなにもかも消してくれた落とし前は、うちも付けたい」

控えめなれいも、五影兄弟を見据えて言い放つ。

「私も、です」

「ボクも」

「異論はない」

続いて、高校生二年部の骸木 儚むくろぎ はかな稲童丸 影近いなどうまる かげちか、そして加賀 秋仁かが しゅうじも同意を示す。

明日香あすかはゆったりと笑みながら頷き、隣に座る頼矢らいやも腕を組み、承知したとばかりに瞑目している。

もちろん俺も、反対の意思など無い。

むしろ、先程僅かではあるが意気を削がれた自分が情けなかった。
それが可能であるかは解らなくとも、根源を絶ち、《バミューダ》によって奪われた家族や大切な人を取り戻したい。
そして、これから再び仲間に降りかかるかもしれない災厄を食い止めたい。

その思いが、怪校の教室内を満たしていた。

「意見はまとまったようですね、神河さん」

「俺たちは里音様に報告に行く。構わないか?」

話がまとまったのを確認してから、五影兄弟が俺の方を向く。

「ああ、詳細が決まり次第、また連絡を頼むよ」

「はい」
「了解した」

同時に一言ずつ残して、二人は影のような暗い闇に包まれる。

「ありがとう、皆集まってもらって助かった。今日のところはこれでお開きだ。細かいとこはまた後日伝える」


こうして、俺たちは解散した。

余談ではあるが、時刻はすでに正午を迎えており、冷え込んでいた早朝と比べてわずかに暖かくなっていた。
午前の授業が無くなったのは言うまでもない。






今は使われなくなった霊峰れいほう町の博物館跡。
町の歴史を物語るその建物のなかに、五影兄弟が降り立つ。

向かいの古いソファーには、三十代前後の女性が腰かけていた。

「報告します」

散り散りに飛ぶ暗闇が消えるのを待たずして、貞命は怪校での出来事を話した。




「・・・承知したよ。貞命、時々。ありがとうさん。今度は、私からも謝っておかないとね。怪校生には本当に悪いことをしたね。・・・でも、それを差し置いても力を貸してくれるなんて、よくできた子達だね」

大きな目を細めて、すらすらと流れるように鐵 里音くろがね りおんが言った。
それでも彼女の言葉に気持ちがこもっていると解るのは、その声色の賜物だろう。

「さて、じゃあ作戦を話すから、聴き逃しなさんなよ」

「「はい」」

「はじめの標的は、「双蛇の輪デュアルスネイク」と、相手方が所有していると思われる「厄魔の精霊」に関する情報だよ。奴さんらもなにか企んでいるでしょうから、油断はしなさんな。手順は―」

里音の伝達は、十数分続いた。


「それでは」
「失礼します」

「貞命、時々。任せたよ」

話を終えた里音が、闇に包まれて消える五影兄弟を見送る。


「・・・チャンスは逃したら負け、だよね」


まるで少女のようにか弱くなった彼女の声は、誰もいない展示室に、静かに響いて消えていった。


再び、決戦が近づく。

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