バミューダ・トリガー
二十六幕 翔斗の意思
「続きは僕から話します。ここからが僕たちの目的ともっとも深く関わる話です。里音様の―鐵家の復讐にまつわる、そんな話です」
言葉を切った貞命に続けて、時々の方が言葉を紡ぎだす。
変わらず聞き入る怪校生を一瞥し、五影兄弟の弟、時々が話し出した。
―――――――――――――――――――――――――
怪異に満ちた厄魔事件《バミューダ》については、皆さんも聞かされていると思います。
しかし、現在でも不明な点は少なからずあります。
その今だ不明な点として挙げられるものの一つが、《バミューダ》を引き起こす何者かの存在です。
そして、その「何者か」を追い求めている人物の一人が、我ら五影兄弟の、「対能力者組織」の統括者である鐵 里音様なのす。
なぜ、里音様がその「何者か」を追い求めているか。その理由を知るには、少し時を遡る必要があります。
里音様も、厄魔事件《バミューダ》を受けて生き残った「学生」でした。
里音様が《バミューダ》の、その厄魔の災禍に見舞われたのは、今から十年前になるそうです。
里音様は、この霊峰町よりもずっと北の矢稲木町に住んでおられました。
実家は柔道の道場で、町の警察や消防はおろか、それよりずっと広域の警察隊員や消防隊員の訓練施設としても利用されていました。
里音様が《バミューダ》に遭ったのは、十七歳の頃だったそうです。
多くの警察・消防隊員を対象とした武道の稽古が執り行われたとき。
長い年月の交流を経て、里音様は多くの隊員と親睦を深めておられました。
その日も、稽古の終わりごろに隣町の警察隊員たちと世間話をしていたそうです。話は盛り上がり、隊員のうちの一人が里音様にある問いを示したのだと聞きました。
それは、「里音ちゃんは、どうして柔道の稽古をしているの?」というものでした。
そして、里音様は即座に答えられました。
「黒帯がとりたいんです!」
隊員はそれを聞いて、理由が知りたくなったのでしょう。
「どうして黒帯をとりたいんだい?」
「えっと、それはですね―
《黒帯ほどの腕があれば、私の大切な人を守れる》
からです」
ゴオォォオッ!  ズァアアア・・・
こうして里音様は《バミューダ》に遭い、親と、家である道場を失いました。
里音様のもとに残ったのは、里音様の父が着用していた「黒帯」でした。
この黒帯が、里音様の《トリガー》であり、授けられた能力は―
自己のいる空間に混在するエネルギーを集束し、意図のままに操る
―というものでした。
さらに補足しますと、この際集束されたエネルギーは、黒く輝きます。
そして、皆さん―
―特に、輪人様や翔斗様ならばお気づきかもしれませんが、これまで皆さんを襲撃した代市 冬と千葉 逸が用いていたグローブがありましたが―
あれは、里音様ご自身が集束されたエネルギーを、装着しやすいグローブ型に成型されたものです。
―――――――――――――――――――――――――
ガタンッ
「なっ」
「武器も作れるってことかよ・・・」
翔斗が椅子から腰を浮かせて前にのめり、俺もまた、声を漏らして告げられた真実に驚くばかりであった。
「それはまた、便利な能力なんやね」
「私なんか、まだ自分がどんな能力かも分かってないってのにね」
続けて時々に言ったのは、地図の座標を指定することでその位置に物体を転送する能力を得た方便使いの少女鷲頭 零と、未だその能力は不明でありながら勝ち気な少女雲雀 鈴だ。
彼女たちを始め、俺や翔斗以外の面々も徐々に、鐵里音の能力がいかに有能であるかに思い至った様子である。
「聞きたいことがある、あります」
一連の流れを、黙って頬杖をついて傍観していた亜襲 蒼真が、ため口を訂正しつつ、釈然としない感情を露にしてその双眸を五影兄弟にむける。
「・・・訊こう」
「何でしょう?」
「弟の・・・時々って言ったか。事の内容が時々さんの言う通りだとすると、鐵里音が、《バミューダ》に遭う直前に抱いた願いは・・・」
「ええ、里音様の願いは叶いませんでした。何せそう言った直後に、つい先程まで見て、触れていた道場を吹き飛ばされ、笑い合い、話し合っていた人たちや両親を・・・失った、わけですから」
「だが、それでもなお里音様が能力の発現に至ることができたのには、理由がある。そしてそれは、今回こんな事態になってしまったことに、少なからず関係している」
補足的に続ける貞命の口から告げられた事実は、にわかに信じがたくもあり、それでいて不思議と受け入れ得るものであった。
「里音様は、怪異事件《バミューダ》を引き起こした存在を、追っている」
「「「・・・っ!?」」」
怪校生一同が揃って息を飲む。
無理もない。
俺たち怪校生は皆、かつてはごく一般的で模範的な―
―普通の学生だった。
ある日。
バラバラではあるが、その「ある日」を境に、多くの生徒が家族をはじめとする大切なものを失った。
何故か、理由も原理も、道理すら感じ得ない理不尽きわまりない《厄魔》の所業。
今日までは「原因不明」という品書きのもと保たれていた、「大切なものを失わせた《何か》」に対する生徒の怒り。
それが表に現れつつあった。
不条理な《バミューダ》を、不合理な《怪異事件》を、憎む念。
その憤慨は、怪校の教室を鉛のような鈍重な空気で満たしていった。
その空気はそのまま、怪校生の負の感情を掻き立て、どうしようもなくやり場のない八つ当たりに似た感情が、徐々に一部の面々に邪悪を宿し、亀裂を―
「おい!やったじゃねぇか!」
翔斗が高揚した声をあげ、唐突に立ち上がる。
「俺は、くよくよすんのは嫌いだから、正直には言えてなかったんだがよ、今まで、悔しかったんだ!」
五影兄弟をまっすぐに見つめ、言葉とは裏腹な、希望を宿した目をして。
「俺は《バミューダ》に遭って、悲しくて悔しくて、泣いて・・・そんで今、《風読》を手に入れた!《怪異事件》を起こした奴がいるってんなら、話は俺でも分かるぐらい簡単だ」
一気に思いを並べ立てた翔斗を見て、他の怪校生は皆、呆気と、それ以外の何かに捕らわれていた。
《―俺は親父みたいに強くなりたい―》
「俺たちで倒してやろうぜ、事件の元凶!」
―雲が晴れた。
俺は、終始聞き入っていた俺を含む怪校生と五影兄弟を、不思議な高揚感が包み込んでいくのを感じた。
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