バミューダ・トリガー

梅雨姫

十七幕 異次元空間


「諒太ぁっ!秋仁!」

返ってくるのは、無駄に広い部屋と廊下に反響した、俺自身の声だけだ。

「頼矢!儚ぁ!」

返事がない。

「明日香ぁっ!!」

明日香からも、返事はない。

(クソ、この前だって・・・なにもできなかったのに・・・!!)

数日前。

明日香の家での出来事が思い起こされる。
襲いかかる刺客に、立ちすくむ明日香。
そんな状況で俺は明日香をかばおうと手を伸ばし、襲撃者である千葉 逸が造り出した影のように黒い刃は―

―俺の手ごと明日香を貫いた。

ひ弱な手を出したところで、なにも変えられず、なんの防御にもならず、誰も守れない、期待に添えないし、意味もない。

明日香の能力と思われる自己回復能力がなければ恐らく、彼女は死んでいた。

今回の襲撃では、明日香に手を出させないと、そう心に決めて。

そして今、この様だ。

本当に、―――――い。








先の戦闘で気絶した皆も、他の皆も。
いない、いない、いない。

焦燥に呑まれる。

動悸が速まり、喉が異常に渇く。

なにも聞こえない。
脚が動かない。
体が熱い。
熱だけはじわりと広がっていく。

目頭が熱くなり、頬を伝うのは―

―涙。

「くそっ・・・どうすれば、良いってんだ・・・俺だけ、よりによって、なんの役にも立てねぇ、俺だけ残されて・・・」

駆け出す俺に投げかけられた、諒太の制止。それを聞かなかった、数分前の自分を恨む。

(あのとき、皆と一緒にいれば・・・)

何処へ行ったのかも解らない、二年部の生徒たち。
何者によって、どうやって消されたのかも解らない、皆の姿。
どんな目に遭っているのかも解らない、俺の友達。

―己の選択次第で救えるかもしれない親友。

「主人公が何すれば良いかも解らねぇとこからスタートとか、こんな事してくるやつはゲームメイクのセンスがなってねぇな」

俺らしくない場違いな表現を声に出して、己を鼓舞する。
振り返っていては何も始まらないし、進めもしない。簡単に立ち直れるような状況じゃないと、体と心が訴えてくる。しかし頭が俺の中の優先順位をねじ曲げる。
ここで、自分を慰めるのを優先なんかしていたら―
状況は悪化するだけだ。
なにも言わずに抜け出した家には、心配してくれる姉の紗奈もいる。
覚悟を決める。今すぐ皆を、見つけ出す。
そして―

「俺に、俺の友達にこんなことをした奴を、後悔させてやるっ!!」



―――――――――――――――――――――――



別れてから一分足らずの僅かな時間。

つい先程まで共に行動していた高校生二年部の生徒は、俺を残して全員が消えた。
こんな規格外の芸当をこなすことができるのは、「何か特別な能力」を持つ者だけだ。
それはつまり―

「《バミューダ》に遭った人間・・・《トリガー》を持つ俺らと同じく、学生、ってことになるのか」

呟き、多目的エリアの床に、散らばって転がされたあるものを見つける。
それは―

「携帯電話?・・・!!」

見た目の違うスマートフォンが、全部で三つ。何となく見覚えのあるものだった。
俺はそれぞれを拾い上げる。
一つ目。暖系色に彩られた花柄のケース。

「これは、明日香の・・・?」

二つ目。黒いボディに、透明なプラスチック製のカバー。植原京子とのツーショット写真が入った内側のポケットスペース。

「諒太の、スマホ・・・」

三つ目のスマホ。
深みがかった青色の本体に、何かの衝撃で、クモの巣のようにひび割れた画面。画面の破片が幾つか散らばっている。
見覚えがない。

「これは・・・誰のだ?」

特に損傷の激しいスマホ。だが俺は、そのスマホに見覚えがなかった。

(まさか、襲撃してきた人物の、か?)

そうだとすれば、二年部の誰かが反撃したということだろう。しかし、あまり良い方向に進んでいるとは考えない方がいい。
もしその反撃が敵に、少なくとも怯んでしまう程度の傷を負わせていれば、二年部全員がどこかに消されてしまうようなことは無かったはずだからだ。

「携帯は、後で返すために拾っておくか」

俺は、動きやすさを重視して少し大きめのサイズにしていたズボンにスマホを入れる。
両方の後ろポケットに、左ポケット。
ふと思い至る。

「三つのスマホのうち、割れてるやつがもし敵のなら、起動すればなにかしら手掛かりが見つかるかもだよな・・・」

俺は、およそ作動しそうにない青いスマホを取りだす。傷だらけのボディにひび割れた画面。試しに起動ボタンを押す。

―ヴゥン

震動。

「うおっ、付くじゃねぇか」

画面が一度、瞬きをするように不規則に点滅したものの、画面に明かりが点る。

「ん?なんだこのスマホ・・・」

点灯した画面はパスワードロック画面ではなく、ホーム画面だ。ロックがかけられていない。
もしくは、あえてかけていない。
それだけではない。どこを探しても、持ち主の名前やその他の個人情報がない。
まるで―

「買ったばかり・・・?なんの設定もしてない、初期状態の携帯なのか?」

そう。それはまるで、買って初めて電源を入れたような状態だった。
判明すると同時に、このスマホからはなんの情報も得られないことが確定した。

「これじゃ仕方ないか・・・」

こうなるといよいよ、皆を探して駆ける事が俺にできる最善策だ。そうして携帯の件に結論付け、俺は多目的室の奥に再び目を向け―

「え?」

―目撃した。




―――――――――――――――――――――――――




異次元。
まさにそう呼ぶにふさわしい場所に、怪校の、高校生三年部の生徒と神河輪人を除く全員・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が拘留されている。ある空間と、またある空間との間。それを無理やり造り、こじ開けたような「存在し得ない空間」に。

「ちっ、してやられたな」

舌打ちをするのは、怪校、高校生二年部の加賀秋仁だ。

「この変な空間、どこまで行っても出口がないどころか、進んでさえいないように感じるね・・・」

答えるように、植原兄妹の兄、諒太が言う。
彼らは、寸前まで他の誰もいなかった空間から現れた人物によって捕らえられた。正確には、怪校の教師である永井幸四郎によって、能力を用いて拘束された・・・・・・・・・・・

「永井先生は、どうして私たちを・・・」

「それにこの変な空間、何かしらの能力で造られたとしか考えられんよね」

明日香と、目を覚ました零が言葉を交わす。零の胸にはもちろん、傷などはない。

「全く分からないね。お手上げだよ。それより心配なのは、輪人くんだね」

高校生二年部の生徒でこの場にいないのは、神河輪人ただ一人だ。先程別れてからそう時間は経っていない。もし多目的エリアまで戻ってきていれば、永井先生によって捕らえられる可能性が高い。

「携帯も取られちまったしな」

頭を押さえながら、苦しげな表情を見せて翔斗は言った。

「翔斗くん、まだどこか痛んだりする?」

連れ去られた直後、襲撃者・五影兄弟によって気絶させられていた生徒たちの意識が戻った。しかし、それ以上に気になる事態が、今、起きている。

「俺は大丈夫だ。問題ねぇ。それより、あいつらだ」

そう言って親指をたてて背後を指す。

―五影兄弟。

敵であるはずの彼らまでもが、この異次元空間に閉じ込められている。
先程から、二人は口を開かない。それどころか、目も閉じて、まるで眠っているかのように静かだ。

「まあ、俺らをこんなとこに連れ込んだのが永井先生だってんなら、五影兄弟を拘束するのも道理かも知れねぇが」

そう。
五影兄弟は始めから、怪校側に敵対する勢力の人間だ。異次元空間のこのように便利な拘束を、永井先生ができると言うならば、二人を拘束するのは当然である。

しかし―

「連絡ができないように、と、携帯を捨てさせられたんじゃあ、永井の味方要素は壊滅的に低いな」

事実を淡々と述べる秋仁。
しかし彼はそう言いながら、全く発言に反する動作をとっていた。

右手に―

「秋仁くん、それ携帯じゃない?!」

鈴が驚嘆の声をあげる。
それもそのはず、秋仁の手には、多目的エリアで捨てるよう強要されたスマホが握られていた。

「加賀お前、携帯捨ててなかったか?」

疑問を口にするのは、宮中先輩を探して多目的エリアにたどり着いた頃から、僅かに口数の増えた頼矢だ。
ちなみにそのうえ、ちゃっかりと全生徒の名前を記憶しているらしい。

頼矢がその場にいる二年部(正確には、同じくして携帯を捨てさせられたであろう他の生徒も全員)の意見を代弁したことで、秋仁の回答に意識が注がれる。

「おい、何だよ。緊張するからもうちょいざわついてろ」

眉を浅いハの字にして、秋仁が横目を作る。
秋仁の言葉で、皆それぞれの学年の生徒との話に戻るが、耳だけは確かに、秋仁の声に集中していた。



―――――――――――――――――――――――――




異次元空間に囚われている、怪校中学生三年部の二神ふたがみ姉妹が話している。なんとも仲の悪そうな雰囲気を滲ませて。

ようって本当にドジよね。あんな単純な裏取りに引っかけられちゃって。全く基本がなってないんじゃない?」

「どの口がそれを。くれなんて「キャアッ!?」って変な声あげて呆気なく捕まってたじゃない」

今にも掴みかからんと、重心を落として獣の形相(愛らしく整った顔のせいで、獣というよりお怒りモードの子猫である)で睨み合っている。

「ハイハーイ!そこまでそこまで!続きは明日ね!」

そう言って割って入るのは、兄の手を惜しくも離して駆けつけた植原兄妹の妹、植原京子。
怪校に入学してからほぼ日課と化したやり取りを、この緊張した状況下でやってのける。それは心強くもあるが、そうでもしないと平静を保てないかもしれない、という不安からなる困惑の表情を、植原諒太は見逃していなかった。


―――――――――――――――――――――――――


秋仁は幾人かの生徒に伝えた。

状況を好転させ得る可能性を。


―――――――――――――――――――――――――


「輪人くん・・・京子・・・・・・」

諒太の呟きは誰の耳に入ることもなく、異次元空間に溶けて消えた。




場面は多目的エリアに移る。



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