バミューダ・トリガー
六幕 光と闇
紗奈と翔斗、そして俺が退院してから、三日が経った。
ただし、比較的軽傷だった俺と底なしに強靭な翔斗はともかく、紗奈は全治一ヶ月であるため必要以上の運動は禁物だ。
しばらくは仕事はもちろん、家事も自粛してもらわなくてはならない。
この三日間は、体感にすると一週間ほどに感じた。それだけ、たくさんの事が忙しく過ぎ去ったのだ。
まず始めに、襲撃者「冬」によって破壊された区画の収拾をつけなくてはならなかった。事件の発生が休日であったことと、丁度その日に商店街で土曜市があったことで、幸いにも、半壊した三軒の家に人はいなかった。
ひとまずは(まあ、ひとまずもなにもないのだが)、ガスの供給に来たトラックの事故として、家などの補償はガス会社と称した警察、もとい「特別治安部」が行う事となった。
家はもちろん家具なども保証していたが、怪異事件を扱う特別治安部はどうやら、経済面でお国から強く支援されているようだ。
次に、翔斗、諒太、そして俺の三人で受けることになった、襲撃者「冬」についての事情聴取だ。一人ずつ部屋につれていかれた後、なぜか翔斗だけ再び連れていかれた。
そういえば翔斗に、冬との戦闘が最終的にどう終息したのか、忙しくてまだ聞けていなかった。
最後は、襲撃者「冬」に特定された住所には住めないということで、引っ越しすることになったこと。
紗奈には本当に申し訳ないが、紗奈の気に入った家にすること、望みの調理器具を取り揃えることで合意を頂いた。
―紗奈よ、単純でいてくれてありがとう
そんなわけで俺は今、電子調理器具などを買うために紗奈と共に電気屋に来ている。
俺が押すカートには、すでに合計で十数万ほどの値段がする様々な調理器具が詰め込まれていた。
(いくら経費が特別治安部持ちだからって・・・)
「これはなかなか容赦ねぇな」
隣で次の器具に手を出す紗奈に向けて放った言葉だったが、商品の性能の分析に集中している紗奈の耳には入っていないようだ。
「輪人、やったねー。これで、三食もれなくグレードアップだよー」
この言葉を皮切りに、更に総額が膨らんでいき、最終的には大型のグリルや冷蔵庫もちゃっかり買っていた。
会計の時の記憶がなぜか曖昧なのだが、多分普通に百万円台にはなっていたと思う。
紗奈は単純であったが、それゆえに容赦はなかった。
新しい家は前より警察署に近かった。
怪校への登校も楽であり、安心できる立地だと思う。襲撃者「冬」のことといい、これからの対策を考えたり、実行する上でもグッドだ。
今日は七月二十九日。冬の襲撃から、約一ヶ月が過ぎていた。あれからは、俺の身にも、家族や友達の身にも、変わったことは起きていない。
話が変わるのだが、他の学校同様に、怪校にも夏休みがある。そのため、今日は平日であるにもかかわらず、俺はこうしてリビングでゆっくりと過ごすことができている。
「そういえば、翔斗とまだ話してなかったな」
そう。
事件後、翔斗は警察の方で俺たちよりもずっと長く話をしていた。それからも度々呼び出されていたため、なにやら触れてはいけない感じがして、ついに聞くことができていなかったのだ。
俺は携帯を取り出して、翔斗に連絡をとろうと指をすべらせた。
(電話・・・で聞くことではないよな)
そう思考した後で、今日はどこかで話せないかと、メールで聞くことにした。
返信はすぐにきた。ちょうど怪校の近くにいるというので、二年生教室で話すことにした。
怪校は警察署の地下にある訳だが、生徒である俺たちは、顔さえ見せれば通してもらえる。つまり、怪事件《バミューダ》に関わった、《トリガー》を持つもの同士で集まったりする際には、とても便利なのだ。
「よう、輪人!」
ひと足早く着いたらしい翔斗が、いつもの闊達な調子で俺の名を呼ぶ。
「おう、わざわざ来てもらって悪ぃな」
「気にすんなよ!俺が近くにいたのも運命的じゃねぇか!」
「ちょっと気持ち悪い」
「んだと輪人てめっ!」
などと、翔斗いじり(翔斗からするといじられ)を終えると、俺と翔斗は怪校へと入っていった。
二年生教室と記されたドアをスライドして中に入る。夏休みなので当然かもしれないが、教室には誰もいなかった。
(まあ、好都合なんだがなぁ)
特に間をおく必要もないため、早速本題に入ることにした。
「なあ翔斗、前から気になってたんだが」
「おう」
「諒太が、紗奈を抱えた俺を病室に連れてった後、そのなんというか、冬、のやつとはどうなったんだ?」
「冬・・・ああ!あの衝撃少年か!」
(忘れかけてたろっっ!!)
「そ、そうそう、その少年だよ」
頭のなかで本気のツッコミを入れてから話を繋ぐ。
「あー、あれはなぁ・・・勝った!」
「勝った!?」
驚愕である。
目視できない衝撃波を乱れ打つ少年など、どうやり込めたら勝てるというのか。
「・・・と、思うんだが、よくわかんねえ」
「・・・どういうことだ?」
「それがよぉ、親父直伝の一本背負いで投げたと思ったんだが、後で俺を助けてくれた救急隊の人に聞いたら、倒れてたのは俺だけだって言ったんだよ」
「そうだったのか」
確かに、翔斗が冬に勝利したというのならば、全身傷だらけとはいえ翔斗の命が助かったことも頷ける。
しかしそうなると、冬がどこへ消えたのかが問題である。翔斗と戦った果てに、図体のいい翔斗の一本背負いを受けてもなお、自分の足で立ち去ったとは考えにくい。
「やっぱ、なんかの組織が絡んでるってのは間違いなさそうだな」
そう、冬の言動から、冬に対して指令を出した何者かがいることは懸念していた。どうやら的中していたようだ。
「組織・・・」
翔斗も、珍しく神妙な顔つきで話を受け止めている。
住所を調べ、常軌を逸する能力をもった刺客を送り、対象を襲う。それは計り知れない危険性をもった、脅威である。
(狙われたのが俺だということから考えても、怪校の生徒には注意喚起をすべきだな)
怪校の生徒たちに伝えるための手だてを考えていた、そのとき。
翔斗が口を開いた。
「輪人、あのな、もうひとつ言っておくことがあるんだ」
「なんだ?」
「俺があの冬って少年に勝てたのは、ただ俺の身体能力が高かったからってわけじゃねぇんだ」
確かに、身体能力でどうにかなるような相手だとは思えなかったのも事実だ。
「それは・・・どういうことだ?」
その問いに翔斗は、首にかけたネックレスを取り出しながら答えた。
「これだ。俺の《トリガー》だ」
「そのネックレスが、どうしたんだ?まさか変形して共に戦ったとは言わねぇよな?」
「そんなんじゃねぇ。だが、俺にもよくわからねぇってのが現状なんだ」
「それじゃあダメじゃねぇか?」
呆れそうになったそのとき、翔斗が再び言葉を連ねた。
「ただ、ひとつだけ覚えてんだよ。冬に殺されかけた時、俺が怪異事件に遭ったときの直前の記憶が戻ったんだ」
「っ!」
「そのあと、急に体が軽くなって、何かすごい力を使えるような気がしたんだよ」
(何かすごい力って何だよ・・・)
一番気になることが伏せられた。聞きたいことが増える一方だが、話が逸れないように気を付けて聞いた。
「じゃあ、お前が冬に勝てたってのは?」
「俺も、冬みてぇに能力を使ったんだ」
翔斗の口から発されたその言葉は、ある種の光、そして闇を同時に感じるものであった。
能力をもった襲撃者を、怪校の生徒が迎え撃てる可能性があるという、「希望」の光。
そして
生徒たち自信が、街や人々を傷つけてしまう可能性があるという、「恐怖」の闇。
後者に向き合わなくてはならなくなる者が身近にいるということを、このときの二人はまだ知らない。
そして自らが、「護りたい」と思える人たちにとっての絶対的「希望」となることを、怪校の生徒たちはまだ知らない。
ただし、比較的軽傷だった俺と底なしに強靭な翔斗はともかく、紗奈は全治一ヶ月であるため必要以上の運動は禁物だ。
しばらくは仕事はもちろん、家事も自粛してもらわなくてはならない。
この三日間は、体感にすると一週間ほどに感じた。それだけ、たくさんの事が忙しく過ぎ去ったのだ。
まず始めに、襲撃者「冬」によって破壊された区画の収拾をつけなくてはならなかった。事件の発生が休日であったことと、丁度その日に商店街で土曜市があったことで、幸いにも、半壊した三軒の家に人はいなかった。
ひとまずは(まあ、ひとまずもなにもないのだが)、ガスの供給に来たトラックの事故として、家などの補償はガス会社と称した警察、もとい「特別治安部」が行う事となった。
家はもちろん家具なども保証していたが、怪異事件を扱う特別治安部はどうやら、経済面でお国から強く支援されているようだ。
次に、翔斗、諒太、そして俺の三人で受けることになった、襲撃者「冬」についての事情聴取だ。一人ずつ部屋につれていかれた後、なぜか翔斗だけ再び連れていかれた。
そういえば翔斗に、冬との戦闘が最終的にどう終息したのか、忙しくてまだ聞けていなかった。
最後は、襲撃者「冬」に特定された住所には住めないということで、引っ越しすることになったこと。
紗奈には本当に申し訳ないが、紗奈の気に入った家にすること、望みの調理器具を取り揃えることで合意を頂いた。
―紗奈よ、単純でいてくれてありがとう
そんなわけで俺は今、電子調理器具などを買うために紗奈と共に電気屋に来ている。
俺が押すカートには、すでに合計で十数万ほどの値段がする様々な調理器具が詰め込まれていた。
(いくら経費が特別治安部持ちだからって・・・)
「これはなかなか容赦ねぇな」
隣で次の器具に手を出す紗奈に向けて放った言葉だったが、商品の性能の分析に集中している紗奈の耳には入っていないようだ。
「輪人、やったねー。これで、三食もれなくグレードアップだよー」
この言葉を皮切りに、更に総額が膨らんでいき、最終的には大型のグリルや冷蔵庫もちゃっかり買っていた。
会計の時の記憶がなぜか曖昧なのだが、多分普通に百万円台にはなっていたと思う。
紗奈は単純であったが、それゆえに容赦はなかった。
新しい家は前より警察署に近かった。
怪校への登校も楽であり、安心できる立地だと思う。襲撃者「冬」のことといい、これからの対策を考えたり、実行する上でもグッドだ。
今日は七月二十九日。冬の襲撃から、約一ヶ月が過ぎていた。あれからは、俺の身にも、家族や友達の身にも、変わったことは起きていない。
話が変わるのだが、他の学校同様に、怪校にも夏休みがある。そのため、今日は平日であるにもかかわらず、俺はこうしてリビングでゆっくりと過ごすことができている。
「そういえば、翔斗とまだ話してなかったな」
そう。
事件後、翔斗は警察の方で俺たちよりもずっと長く話をしていた。それからも度々呼び出されていたため、なにやら触れてはいけない感じがして、ついに聞くことができていなかったのだ。
俺は携帯を取り出して、翔斗に連絡をとろうと指をすべらせた。
(電話・・・で聞くことではないよな)
そう思考した後で、今日はどこかで話せないかと、メールで聞くことにした。
返信はすぐにきた。ちょうど怪校の近くにいるというので、二年生教室で話すことにした。
怪校は警察署の地下にある訳だが、生徒である俺たちは、顔さえ見せれば通してもらえる。つまり、怪事件《バミューダ》に関わった、《トリガー》を持つもの同士で集まったりする際には、とても便利なのだ。
「よう、輪人!」
ひと足早く着いたらしい翔斗が、いつもの闊達な調子で俺の名を呼ぶ。
「おう、わざわざ来てもらって悪ぃな」
「気にすんなよ!俺が近くにいたのも運命的じゃねぇか!」
「ちょっと気持ち悪い」
「んだと輪人てめっ!」
などと、翔斗いじり(翔斗からするといじられ)を終えると、俺と翔斗は怪校へと入っていった。
二年生教室と記されたドアをスライドして中に入る。夏休みなので当然かもしれないが、教室には誰もいなかった。
(まあ、好都合なんだがなぁ)
特に間をおく必要もないため、早速本題に入ることにした。
「なあ翔斗、前から気になってたんだが」
「おう」
「諒太が、紗奈を抱えた俺を病室に連れてった後、そのなんというか、冬、のやつとはどうなったんだ?」
「冬・・・ああ!あの衝撃少年か!」
(忘れかけてたろっっ!!)
「そ、そうそう、その少年だよ」
頭のなかで本気のツッコミを入れてから話を繋ぐ。
「あー、あれはなぁ・・・勝った!」
「勝った!?」
驚愕である。
目視できない衝撃波を乱れ打つ少年など、どうやり込めたら勝てるというのか。
「・・・と、思うんだが、よくわかんねえ」
「・・・どういうことだ?」
「それがよぉ、親父直伝の一本背負いで投げたと思ったんだが、後で俺を助けてくれた救急隊の人に聞いたら、倒れてたのは俺だけだって言ったんだよ」
「そうだったのか」
確かに、翔斗が冬に勝利したというのならば、全身傷だらけとはいえ翔斗の命が助かったことも頷ける。
しかしそうなると、冬がどこへ消えたのかが問題である。翔斗と戦った果てに、図体のいい翔斗の一本背負いを受けてもなお、自分の足で立ち去ったとは考えにくい。
「やっぱ、なんかの組織が絡んでるってのは間違いなさそうだな」
そう、冬の言動から、冬に対して指令を出した何者かがいることは懸念していた。どうやら的中していたようだ。
「組織・・・」
翔斗も、珍しく神妙な顔つきで話を受け止めている。
住所を調べ、常軌を逸する能力をもった刺客を送り、対象を襲う。それは計り知れない危険性をもった、脅威である。
(狙われたのが俺だということから考えても、怪校の生徒には注意喚起をすべきだな)
怪校の生徒たちに伝えるための手だてを考えていた、そのとき。
翔斗が口を開いた。
「輪人、あのな、もうひとつ言っておくことがあるんだ」
「なんだ?」
「俺があの冬って少年に勝てたのは、ただ俺の身体能力が高かったからってわけじゃねぇんだ」
確かに、身体能力でどうにかなるような相手だとは思えなかったのも事実だ。
「それは・・・どういうことだ?」
その問いに翔斗は、首にかけたネックレスを取り出しながら答えた。
「これだ。俺の《トリガー》だ」
「そのネックレスが、どうしたんだ?まさか変形して共に戦ったとは言わねぇよな?」
「そんなんじゃねぇ。だが、俺にもよくわからねぇってのが現状なんだ」
「それじゃあダメじゃねぇか?」
呆れそうになったそのとき、翔斗が再び言葉を連ねた。
「ただ、ひとつだけ覚えてんだよ。冬に殺されかけた時、俺が怪異事件に遭ったときの直前の記憶が戻ったんだ」
「っ!」
「そのあと、急に体が軽くなって、何かすごい力を使えるような気がしたんだよ」
(何かすごい力って何だよ・・・)
一番気になることが伏せられた。聞きたいことが増える一方だが、話が逸れないように気を付けて聞いた。
「じゃあ、お前が冬に勝てたってのは?」
「俺も、冬みてぇに能力を使ったんだ」
翔斗の口から発されたその言葉は、ある種の光、そして闇を同時に感じるものであった。
能力をもった襲撃者を、怪校の生徒が迎え撃てる可能性があるという、「希望」の光。
そして
生徒たち自信が、街や人々を傷つけてしまう可能性があるという、「恐怖」の闇。
後者に向き合わなくてはならなくなる者が身近にいるということを、このときの二人はまだ知らない。
そして自らが、「護りたい」と思える人たちにとっての絶対的「希望」となることを、怪校の生徒たちはまだ知らない。
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