バミューダ・トリガー

梅雨姫

五幕 つかの間の休息


街の病院にたたずむ二つの影。

怪校の高校部に通う二年生の神河 輪人かみかわ りんとと、植原 諒太うえはら りょうたである。二人は病室のベッドで静かに寝息をたてる紗奈さなを見ていた。
輪人の奮戦により致命傷は免れたものの、その傷は決して浅くはなかった。

「全治、一ヶ月だってね」

諒太が俺に声をかけてきた。

「なんにせよ、無事ならいいんだよ」

義理とはいえ姉の大事にしては、素っ気ない返事をしている。自覚はあった。

翔斗しょうとの事、だよね・・・」

「ああ、そうだ」

そう。俺たちが無事に病院までたどり着くことが出来たのは、クラスメイトの翔斗が衝撃波を乱れ打つ冬の相手を引き受けてくれたおかげである。

「心配に決まってんだろ!俺だって、体がもっと自由に動けば、すぐにでも駆けつけたいんだ!」

しかしその願いは叶わない。

俺もまた、紗奈をかばったことで深い傷を負っている。立っているのもやっとであるのに、助けに向かったところでどうなるかなんて、誰にでも容易く想像できる。

だが、だからといって諒太に行けと言うほど、俺も馬鹿ではない。翔斗は怪校の生徒の中でも数少ない、武道の修得者だ。その翔斗が負けるようなことがあれば、たとえ運動神経の良い諒太であっても、勝つことは望めないだろう。

(どうすりゃあ、いいんだ・・・)

自分の無力感を嘆いていたその時であった。

「急患!急患!一階に運び込まれたそうだ!空いている病室はあるか?!」

「確か205のベッドが一つ空いています!」

焦った様子の、医師とおぼしき男性の声。それを追うように、同じく焦燥に駆られた看護師の声が聞こえてきた。
205の病室と言えば他でもなく、紗奈が眠るこの病室である。確かに、紗奈の隣のベッドは空いている。

「そのベッドの確認と確保を急げ!出血が酷いらしいから、まずは集中治療室に連れていくよう指示する!」

「分かりました!」

会話を終えた様子の看護師が、程なくして病室に入ってきた。そして、紗奈の隣のベッドが空いている事を確認すると、すぐにまた廊下へと出ていった。

その確認だけならば、病室の入り口にある名札を見れば事足りる。
それなのにわざわざ病室に入ってきた辺り、どうやら相当の事態に焦りを感じているらしい。

「急患って言ってたよね、あの看護師さん」

「ああ。・・・!!」

即座に、諒太の意としていることを理解した。

(急患ってのは、翔斗の事かもしれない!)

この街は比較的大きいため、総合病院は各所に点在している。その中でこの病院を選んで急患が運ばれてきたとするなら、近くで起きた何らかの事件や事故に関係しているはずだ。
つまり、この近辺で急患がでたとすれば、冬に敗れた翔斗か、あるいは翔斗に敗れた冬のどちらかだろう。
後者は考えにくい。となると、急患が翔斗である可能性は高い。
俺と諒太は、集中治療室へ向かった。

集中治療室前。

どうしても落ち着かない俺は、点滅する手術中の文字の下を往復していた。
つい先程まで紗奈が集中治療を受けていた事もあり、この光景を目にするのは二度目である。諒太は俺よりは落ち着いていたが、やはり心配なようであった。

集中治療室に着いてから約一時間。
扉の上で点滅する手術中の文字が消えた。

「!終わったのか?」

「みたいだね!」

続いて扉が開き、二、三名の医師が出てきた。看護師らしき人も数人いた。

先頭にいた医師が、俺と諒太に声をかけた。

「君たちは、この少年の親族・・・いや、友人、かな?」

担架の上にいるのは、間違いなく翔斗だ。
俺は静かに息をする翔斗に安堵して、応える。

「そうです。彼は、翔斗は大丈夫なんですか」

医師は、翔斗を乗せたストレッチャーを看護師たちに運ばせながら、問いに答える。

「私も驚いたのだが、出血の量にしては傷が浅かったんだよ。お腹の傷は多少深かったんだが、命に別状はない。」

それを聞いて、小さく息をはく。

「だが今は、この少年・・・翔斗君と言ったか。翔斗君を病室に運ぶのが先だ。そう遠くないうちに、目を覚ますだろう。」

直接治療に携わった医師にそう言ってもらえたので、気持ちがとても落ち着いた。

「そうですね。僕たちも一緒に行きます」

諒太がこちらに目配せしながら、医師の男に言った。

「そうしてやってくれ。翔斗君も、目覚めたときに君たちがいると安心できるだろう」

そう言うと、周りにいた数人の看護師が、担架を押して205号室へと向かい始めた

(翔斗の目が覚めたら、あの後どうなったか聞かないとな・・・)

等と考えていると、目的の部屋に着いた。
紗奈の眠るベッドの隣に、翔斗が寝かされる。
そう遠くないうちに目覚める、とは言っていたものの、さすがに直ぐにというわけにはいかないだろう。
諒太と俺は、翔斗と紗奈が目覚めるまで病院にいる事にした。諒太は、妹に連絡をいれると言って、病室を一旦出ていった。

二人に命の危険が無いことを知らされたことで、大分気持ちに余裕ができていた。

(さて、俺も何かしていようか)

だが、二人の事ばかり案じている俺も、かなりの怪我を負っている。
何をするかを決める間もなく、俺は疲れた体をベッドに突っ伏し、そのまま深い眠りについた。


―――――――――――――――――――――――――


ここは病院の屋上。

植原 諒太は、愛する妹の京子きょうこに電話をかけていた。

プルルルルルルル 

「まだかな、まだかな・・・」

まだワンコール目の途中だと言うのに、諒太はじれったそうに呟く。

―。

「もしもし、お兄ちゃん?」

「そうだよ京子、僕だよ」

ツーコール目が鳴る前に電話に出る妹も妹である。肌身離さず携帯を持ち歩いていても、この早さで応答するのは難しいだろう。

「京子、実はね、僕の友達がある事件に巻き込まれちゃったんだ」

「えっ、それは大変だね」

「しかもこの事件、怪異事件と関係がありそうなんだ」

「怪異事件・・・」

諒太と京子もまた、以前起きた怪異事件の生存者であった。二人の周りで起きた怪異事件は、幸いにも民間人に被害を及ぼさなかったという、数少ない例である。

「だから僕は、友達が起きるまでそばにいて、話を聞こうと思うんだ」

「そう、なの」

「ごめんよ!今日は二人が兄妹になって15年と3ヶ月9日目の記念に一緒に晩ごはんを作る予定だったのに」

「ほんと、私悲しい・・・代わりに今度、二人が兄妹になって15年と3ヶ月12日目の記念の日には、第354回アニメ鑑賞会しようね!」

「ああ、勿論だよ。意地でもその日の予定は空けとくよ!」

一年のうちに、少なくとも350日ほど記念日がありそうな勢いの会話が終わりを迎えるのは、これから二時間後の事であった。

諒太が病室に戻ったときには、紗奈、翔斗、そして輪人が、仲良く寝息をたてていた。

「まあ、僕以外皆、大怪我してたもんね」

そう言うと諒太も、椅子の上でうたた寝を始め、いつしか眠りに着いた。

この病院は、全国でも珍しく、相部屋での付き添いが容認されている。その為、輪人と諒太は一晩中205号室にいることができたのであった。

翌朝俺が目覚めると、諒太が部屋にいなかった。時計に目をやると、時刻は朝の六時だった。
紗奈と翔斗は、まだ目覚めていないようだ。

「諒太は、どこ行ってんだ?」

そう呟くと同時に、部屋の扉が開かれた。

「あ、輪人くん!起きたんだね。これ、朝ご飯にでもと思って、下のコンビニで買ってきたんだよ。昨日から食べてないよね?」

そう言って、サンドイッチとカフェオレの入ったナイロン袋を渡してくれた。諒太に言われるまで気づかなかったが、確かに俺は、昨日の朝ご飯を終えてからは、何も口にしていなかった。
タイミングよく鳴るお腹の音に急かされて、
俺と諒太は、サンドイッチを頬張った。


―――――――――――――――――――――――――


それから二時間後。
先に目覚めたのは紗奈であった。

「あらー?輪人は先に天国に来てたんだねー。まったく、親泣かせだねー」

いつも通りの様子に、安心した。


翔斗が目覚めたのはそれからさらに2時間後であった。

「おう、皆、大事ないか?」

「誰が言ってんだよ。ごめん・・・ありがとうな、体張ってくれて」

まずは伝えなくてはならなかった。
今回のことへの感謝を。

「貸しだからな?」

「古典でチャラだろ?」

「ぐぬっ!」

息をするように話を丸め込む輪人に、翔斗は悔しさを全身で表す。

「翔斗くんも大丈夫そうで良かったね」


翔斗にはまだ聞きたいことがあるが、今はただ、紗奈と翔斗の無事を喜ぶことが先決だ。


そう、今はただ、休息を―

更なる異変と事件の前の

つかの間の休息を―

ここにいる皆と過ごさせてもらうとしよう。





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