騎士と魔女とゾンビと異世界@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

71話「レーヴェハイムでの朝」

 レースのカーテンを通して射す木漏れ日で、アークスは目覚めた。まだ少し眠気の残る意識の中で、上半身を起こす。「ん……」 脇腹が、少し痛む。あれから数日経過して、傷の治りも順調だ。レーヴェハイムの人も協力的でなによりだ。不幸中の幸いなのかもしれない。 とはいえ、いつまでもここに居るわけにもいかないだろう。レーヴェハイムの人は、いいとは言うが、やはりマッドサモナーに目を付けられている事を考えると、レーヴェハイムに迷惑はかけられない。あと少しで、動けるくらいには傷も回復するので、そうしたらミーナと一緒にレーヴェハイムを出ていこう。 アークスは、頭の中で色々と考えながら、レースのカーテンを開けた。外には木々が生い茂っており、朝日に照らされた草の絨毯も鮮やかだ。
 ――トントン。
 扉をノックする音がするので、アークスは「はい。誰だい?」と返した。 扉は開き、その先には、お盆を持ったミーナが居た。お盆の上にはお皿が一つとコップが一つ乗っている。コップには透明な液体、恐らく水が入っているのが見えるが、アークの位置からでは、お皿の方に何が入っているかは見ることができない。 しかし、アークスは、そのお皿の中身が何だかは想像がついていた。
「ミーナ、今日もありがとう。迷惑かけるね」 アークスが目覚めてからの数日間、ご飯を持ってきたのはミーナだ。そして、その内容には、あまり変化が無い。アークスの状態が状態だからだ。
「だいぶ良くなったみたいでなによりだぴょん。はい、朝食だぴょん」 ミーナが、アークスの足の上にお盆を置いた。お盆には、卵の入ったお粥と、コップ一杯の水、痛み止めの薬が乗っていた。
 このレーヴェハイムの医師、ヘーアさんが言うには、暫くは、この食事じゃないとだめらしい。主に内臓に負担をかけてはいけないのだそうだ。 水は喉を潤すためと、薬を飲むためにある。ミーナに言えば、おかわりも取ってきてくれる。 痛み止めの薬は、対処療法のためだ。一通りの治療はやってもらったので、後はこうして安静にして寝ていれば良くなるらしい。ただ、そうのんびりしていられないのは事実だが……。 アークスの頭に、今後の事、この町の事、マッドサモナーの事、騎士団の事が自然と浮かんできてしまう。これらの事を考えながら、お粥をスプーンですくい、ゆっくりと口に運んでいった。
「……おいしい」 お米の持つ独特の甘みが、口の中に優しく広がる。お粥には、塩で薄く味が付けられているみたいだ。卵にも味が付けられていて食べやすい。この辺りは自然が豊かで土も良さそうだ。良い作物が取れるだろう。
 アークスは、お粥を平らげると、手前においてある薬を口に放り込み、それを水で流し飲んだ。「ふぅ……こんなのでも、お腹一杯だよ」「でも、だいぶ食欲も元に戻ってきたみたいだぴょん。これでひと安心だぴょんよ」 ミーナはお盆を引き下げながら、アークスに、穏やかな笑顔を見せた。「いや……でも、マッドサモナーはいつ襲ってくるかも分からない。安心は出来ないよ。レーヴェハイムからも、そろそろ出れないものかな?」
 アークスが、おもむろにベッドから降りて、立った。が、思うように足に力が入らず、よろよろと力無くふらついてしまう。「あ……アークス……」 見かねたミーナは、急いでお盆を床において、アークスを支えた。
「ご……ごめん、ミーナ。まだ、無理かな?」「無理しない方がいいぴょんよ。まだ寝てるぴょん」「うん……もう少しか……」 アークスは、ミーナに支えながら、どうにかベッドの上に戻った。上半身だけを起こした形で座る。
「焦っちゃだめだぴょん。大丈夫。マッドサモナーが襲ってきても、ミーナちゃんがなんとかするぴょん。ミズキとエミナも頼りになる魔法使いだぴょんから」「そうなんだ……二人共綺麗な人だよね。ミズキさんは分からないけど、エミナさんの方は、時々回復魔法をかけてくれたけど、凄く強力だったよ。頼りになるけど……迷惑、かけちゃうかな……?」「アークス……」
「あ、ミーナちゃん、ここに居た! アークスさんも、少し疲れるかもしれないけど、聞いてくれるかしら」 開けっ放しになっていた扉の先に現れたのは、慌てている様子のエミナだった。少し息も荒い。「エミナ? どうしたぴょん、そんなに慌てて」「まさか……」 アークスは、その様子を見て嫌な予想が頭に浮かんだ。いや、浮かばざるを得なかった。
「もしかすると、貴方達の言うマッドサモナーかもしれないわ」「やっぱり……ゴーレムとか、ガーゴイルとか、居たってことですか?」 アークスが、当然の如く、こくりと頷いた。「いえ……召喚モンスターの目撃情報は無かったけど、なんだかおかしな事があって……貴方達が来た今に、ちょっと大変なことが起きたから、関係あるかもしれないっていうだけなんだけど……」 ゴーレムやデーモンが関係無いのなら、マッドサモナーとは関係無いのかもしれない。アークスは、一瞬、ほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに考え直した。別の大事件ならば、更に問題だ。
「何があったんだぴょん?」「この近所に、小さな村があってね、キャルトッテ村って言うんだけど、そこで小競り合いがあったの」「小競り合い……?」「ええ……何があったのかは分からないけど、突然、暴れ出す人が出てきて、村中で喧嘩が始まったらしいわ」「村中で喧嘩ですか……マッドサモナーの関係で、そんな情報は聞いたことないなぁ……ミーナは?」「いや……全く分からないぴょん。てか、お師匠様は色々と知ってるだろうけど、マッドサモナーについてはミーナちゃんより騎士団であるアークスの方が詳しい筈だぴょんよ」「そっか……ごめんなさい。ちょっと心当たりは、これ以上は浮かばないです」 やっぱりフレアグリット城で聞いたマッドサモナーの情報とは違うみたいだ。人が狂暴になるなんて情報はなかった。
「そう……リビングデッドとか、木のお墓については、何か知ってるかしら」「えっ!? それはどんな!?」 リビングデッドと、木で作られた墓。それは城で聞いたマッドサモナーの情報と合致する。いや……ホーレ事件と、ほぼ同一と言っていいくらいだ。「それは関係してるのね。順を追って話すと、キャルトッテ村が住民たちの喧嘩で混乱してるさなか、リビングデッドが現れたらしいの。それで更に村は大混乱になって……何故か、所々に木で出来たお墓みたいのが建っていたって。なんだか不思議な事で、逃げ延びてきた人がどこまで正気かも分からないから、情報の正確さについては、ちょっと怪しいんだけど……」「いえ……それはこっちのホーレっていう町と同じ状態かもしれません。このマッドサモナー事件の発端で、ホーレの町が全滅した事件です。一人残らずに。これをきっかけにマッドサモナーに対して、僕達、フレアグリット騎士団は動き出したんです」「そうなの……? じゃあ……詳しそうですね」「ええ……僕が実際にホーレの町を見たわけじゃないんですけど……目撃者によると、ホーレの町の至る所には、今の説明の墓と同じように木でできた墓が建てられていて、リビングデッドがうろついていたと聞いています。そのキャルトッテ村も、このまま放っておけば、すぐにホーレと同じように……いや、もう遅いかもしれない……」「そ、そんなことが……本当に……大変! 急がないと!」
 エミナが青い顔をして、急いで踵を返す。それを見て、アークスがまたベッドから降りようとした。「ま、待って! 僕も……!」「ちょ、ちょっとアークス、無理だぴょん!」 ミーナが慌ててアークスを支える。
「アークスさんは、まだ寝ててください! 大丈夫、ミズキちゃんも、丁度朝だったから居ます。ただ、ちょっと他の事との兼ね合いがあるから、少しだけ時間がかかるみたいだけど……ミーナちゃん、その間に、私達は準備しちゃいましょう」「ん、承知だぴょん。借りは返すぴょんよ。……アークス、ここは、この村の精鋭とミーナちゃんが行くぴょん。アークスはこの町で休んでるぴょん。そして……」「そっか……マッドサモナーはどこに居るか分からないし、次の標的は……」「うん。この村かもしれないぴょん。その時のために、アークスはここへ残った方がいいぴょん」「そう……かもしれないね。それに……いや、なんでもない」 それに、エミナさんレベルの魔法使いが居るのなら、僕は足手まといだろう。アークスはそう言おうとしたが、時間と気を使わせないように、その言葉を飲み込んだ。

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