騎士と魔女とゾンビと異世界@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

29話「巨大兵器リーゼ」

 魔女は、手元の二番目の本を広げながら続けた。「リーゼのことについては、何か聞いているか?」「え? いえ、何も」「そうか。避けたいことを後回しにするところは変わってないとみえる」「ええと、リーゼが何か関係あるんですか?」
 リーゼ。巨大兵器の呼称だ。有事の際には、フレアグリット騎士団が所有する、何千、何万ものリーゼたちが稼働する。とはいえ、今は大きな争いも無く平和なので、燃費の悪いリーゼを動かす機会は、ほぼ無い。稀に軍事以外の目的で使用することがあったり、個人所有の娯楽目的のリーゼが稼働していたりと、本当に一部で動いているくらいだ。
 魔女は手元の本のページをペラペラとめくって、中央よりも少し前寄りのページを開くとアークスとミーナの前に置いた。「リーゼの操縦室ですか」「ああ。アークスは大丈夫だろうが、ミーナはリーゼには乗ったことないだろ?」「そりゃ、あんなのには……」「うん。当然だよな、あれは戦争屋と富豪の乗るものだ。さて、注目してほしいのは、これとこれだ」 魔女の指先が、ほんの一部をなぞると、そこからふわりと色付きの霧のようなものが出た。名前は分からないが、アークスはそれを魔法だと認識した。 色付きの霧は、本の二つの箇所に丸く浮かぶ。
「ここだ。一つはレーダー、一つは燃料ゲージだ」「レーダーは、普通、こんな風に味方の青と、敵の赤、そして未識別の白で表示される。もっとも、今は戦争なんてここらじゃ縁の無いことだから、たまに未識別のが映るくらいだろうな」「へー……凄いぴょんね」「個人所有のリーゼなら、レーダーは切ってあるのでは?」「いや、報告があったのは、相当なミリタリー好きな奴で、レーダーはつけっぱなしにしているんだそうだ。本人曰く、臨場感の問題なんだそうだ」「なるほど……」「こいつが狂ったらしい。赤や青、白の点が表示されては消え、多くなり少なくなり……とにかく、目まぐるしく変化したそうだ」「うーん……それは単なる誤動作って事もあり得るかも……」「無論、その可能性の方が高いだろうな。新種の件が無ければ、何も疑わずにレーダーの交換を勧めていたところだ」 アークスは、魔女がにやりと笑い、意味ありげな視線を投げかけているのを感じだ。「……何ですか」「分からんか?」「……まさか、レーダーの交換が多いとか、そういうことですか?」 アークスは冗談交じりにそう言った。「ん、そのまさかなんだな。ここらで一つしかない、主に個人リーゼの案件を請け負う修理屋には、やたらとレーダー交換の依頼が多いらしい」「そんな……それって……」 アークスが困惑する。出来過ぎた話だ。が、実際に起こっているなら、起きて当然の現象だ。信じ難いことだ。「ああ、どうやら空間がねじれているらしいな。私にも信じられないが、状況証拠があり過ぎる。もう一つの輪を見てくれ」 魔女は、レーダーの輪とは別の、もう一つの魔法の輪を指さした。
「この事を、単なる噂や偶然でないと証明づけている理由はもっとある。リーゼの燃料だ」「あ……燃料の減りが早いのか……!」「そういうことだ。サウスゴールドラッシュは貿易の要だ。かなりの富豪も、あそこを使っている」「あそこをリーゼで行ったわけですか」
 裕福な商人の中には、趣味としてリーゼを個人所有している人も居る。そういう人は、移動や運送にリーゼを使うケースが多い。勿論、リーゼを動かす費用はバカにならないので、趣味を兼ねての運用がメインだが。
「そうだ。この謎の現象で交易ルートを変えざるを得なくなった商人は多数居て、著名な大富豪も数人、この現象の影響を受けているようだ。まだ表ざたにはされていないのが不思議な事件だよ」「確かに……これは大変なことだ」「まあ、アークスの様子を見て、なんとなく察しはついたがな。まったく、私が思った以上に鈍感で秘密主義な奴ららしい」「お師匠様、騎士団の人が居る前で、そういうのは……」「ああ……そうだったな。いや、悪く言うつもりは……まあ、あったんだが、こうやって、私の依頼通り、アークスを差し向けてくれたのには感謝しているよ。アークス以外を差し向けてきたら、腹を立てて追い返していたところだった」「お師匠様~! 一言多いぴょん~!」「あはは……」 アークスは苦笑いしか出来なかった。
「ともあれ、そんな感じなので、アークスにはリーゼで移動してもらうことになるだろう」「えっ……」「どうした? ……もしかして、リーゼ、操縦出来ないのか?」「いえ、熟練はしてませんけど、簡単な操縦ならできますよ。ただ、乗るリーゼがありません」「あれ? 聞いてないのか? 依頼にはリーゼが必要だから、一機貸し出してくれとも言ったんだがなぁ。本当にあいつらときたら……ま、依頼自体は受け付けたんだ。事情を言えば、使用許可は貰えるだろう」「手回しのいい事ですね」「まあな。伊達にいつも利用してないよ」 魔女はそう言うと、唐突にもう一つの新しい方の巻物を開いた。その白くて新しい巻物には何が書いてあるのだろうと気になっていたアークスだったが、その瞬間、何故、紙が新しそうだったのかが分かった。ブランクスクロール。何も書いていない、白紙の巻物だ。なので、新品かどうかは分からない。何も書いていないから、触れる機会が無かった。だから痛んでいなかったのだろう。
 魔女はブランクスクロールを、地図が書いてある巻物の下に敷いた。「うん……虫食いは無いな。じゃあ……天より降り注ぎし光、それが写せしは無限の色彩……フォトンデュプリケイト」 魔女は唐突に、フォトンデュプリケイトをフルキャストで唱えた。魔女が魔法を使う所は何度も見ているが、フルキャストを唱える魔女というのは珍しい。いや、それどころか、アークスは魔女のフルキャスト詠唱を初めて見たかもしれない。
 魔女は地図をそっとずらした。下にはもうブランクスクロールではない、地図が複写された巻物が置かれていた。「んん~――うん、そこそこ忠実だな。霞んでいる部分も、まあ、無いな」 アークスは気付いた。魔女は地図を忠実に複写するためにフルキャスト詠唱でフォトンデュプリケイトを唱えたのではない。オリジナルから劣化で薄くなったり、消えた箇所も修正して移していたのだ。フォトンデュプリケイト自体はメジャーな魔法で、色々な人が使っているが、修正された地図を、フルキャストとはいえいとも簡単に作り出す光景は見たことがない。さすがは魔女といったところだろう。
「ほら、持っていけ」「いえ、そっちのでいいですよ。これは勿体無い」 魔女が、今複写した、修正済みの方の地図を渡してきたので、断った。「んん? いいよ。別にいつでも新しいのは作れるから」「原本を保存しとかないと、どんどん劣化して、新しいのを作れなくなりますよ」「分かっている。後でやるから」「そうですか……? ……分かりました」 アークスは、魔女の言葉に半信半疑になりながら、複写された方の地図を受け取った。普通の人は、どのくらい忠実に複写できたかを気にするのに、魔女は余裕だ。気楽なものだと、少し皮肉めいたことを思った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品