騎士と魔女とゾンビと異世界@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

24話「アークスの任務」

「ホーク! ラヴェル!」 マクスンはステージから降りて、騎士の名前を呼び始めた。マクスンの横に立つ数人も、同じように騎士の名前を呼ぶ。「ヴィオリス! エムリス!」 フレアグリット騎士団の仕事の分配は、いつもこんな調子で行われる。マクスンやミニッツ他、この第三集会ホールに集まった大隊の中でも高い位の数人が、こうして依頼を与える騎士を呼び、依頼書を渡すという方式だ。
「アークス! ブリーツ! サフィー!」 三人の名前を呼んだのはミニッツだ。「あら、アークスと一緒かしら。なんか珍しいわね」 サフィーがアークスの方を向いた。「いや、俺の見立てだとアークスはソロだな。アークスと俺の名前を呼ぶ時に、少しだけ間があった」「あんた……ほんと、くだらない所は注意深く見てるのね……」「だろうだろう。俺の洞察力凄いだろ。明日から名探偵って名乗ろうかな」「あのね、言っとくけど褒めてないからね。いえ、少しは褒めたけど……でも九割以上褒めようと思って言ってないからね!」「えー、なんだよー……」「名乗るなら迷う方の迷探偵って名乗ればいいんじゃない? ああ、いえ、あんたの場合、ボケも……というか、なんか全部迷って付けたくなるから、迷人間でいいんじゃないの? 迷人間」「なんだなんだ、えらいあだ名が付けられそうだな……」「それが嫌なら、少しはまともに受け答えしなさいよね。いこ、アークス。こんなのに構ってたら、私達まで迷人間になっちゃうわよ」「ええ? う、うん……」「おーい、待ってくれよ。どっちにしろ行くところは一緒だろー」 サフィーはアークスの手を引っ張りながら。ブリーツはサフィーの後についてミニッツ大佐の所へと向かっていった。
 アークス達が近づくなり、ミニッツ大佐は忙しげに話しだした。「よし、まずはアークス、お前にはホーレ事件以外の依頼をやってもらうぞ」「え……」 アークスは少し拍子抜けをした。騎士団の、ほぼ全員がホーレ事件にかかることになると、事前に聞いていたのだが、まさか、アークスが「ほぼ」の範囲外だとは思ってもみなかった。「ん……やはり不服か。嫌ならいいのだぞ。他の仕事を与える。ホーレ事件の関係が望みか?」「いえ、どんな依頼かも聞いていないのに断ることはできませんよ」「そうか? ……いや、しかしな……」「ミニッツ大佐、ホーレ事件があるのにやらなきゃいけない依頼ということは、それだけ重要な依頼だと、僕は推察します。それなら、騎士団として、国民の一大事に力を発揮しないわけにはいきません」 何が原因かは分からないが、ミニッツ大佐は少し躊躇っていると感じたアークスは、その躊躇いを解こうとした。
「え……偉いわ。いえ……私がブリーツを見慣れてるだけなのかも……」「んあ?」 サフィーがブリーツの方へと目線を向かわせると、ブリーツはボケっとして頭の後ろで手を組んでいた。「はぁー……これなんだもの。あんなに素晴らしい意志を、理路整然と言葉にしてるのに、何も感じないなんて……もうブリーツじゃなくてアークスと組めるように要望出そうかしら。多分私達、戦士と魔法使いだから組ませられてるのよねー」「そりゃまあ、バランスってのがあるからな。てか、それなら逆に俺の方がアークスと組むって方が、要望は通り易いだ……」「やめて! アークスにあんたの悪い頭を移さないで!」 聞くのも恐ろしいとばかりに、サフィーはアークスの言葉を遮った。「く~……そうよね、要望を出したら、もしかすると本当にそうなるかも。このまま現状維持が妥当なのかしら……」 サフィーは頭を抱えて本気で悩んでいる。
「そうか。確かにアークスの言う通りだ。依頼の内容も聞かずには判断できん。では言うが……この依頼は魔女からで、依頼を遂行する人物にもアークスを指定している」「え……」 アークスは驚いた。確かに、魔女からはその事を聞いていたし、あの勢いなら本当に依頼を出すだろうとは思っていた。しかし、まさか受理されるとは思っていなかった。普通でも受理されるのは珍しい上に、今はホーレ事件がある。十中八九、魔女の依頼が受理されることはないだろうと、昨日、寝る時にも思っていた。 騎士団は常に色々な依頼を受けている。このホーレ事件みたいな大事件は滅多に無いものの、それでも大小様々な依頼が騎士団には舞い込んでくる。そして、そういった雑多な事をこなす組織には傭兵ギルドもある。騎士団に受理されなかった依頼は傭兵ギルドに行くというのが、大体の慣例になっている。 つまり、重要度の高い依頼でなければ騎士団で受けることはできない仕組みになっているのだ。勿論、時には世の中が穏やかで、依頼が無い時もある。そういった時は、ちょっとした依頼にも騎士団の労力が行き渡るので、受ける時はある。しかし今日はとてもそれどころではなさそうなのだが……。
「なんだ、こんな時にあのねーちゃんのお使いか」「またあの魔女……空気読みなさいよ。てか、何でこんなのが受理されるのよ。こんな大事件が起きてるってのに」 アークスがちらりと横で会話をしているブリーツとサフィーを見て「うん……」と相槌をうった。アークスも、この大事件の裏で、魔女の依頼が受理された事については不可解だと思っているからだ。 ブリーツは、なんだか掴みどころの無い、何を考えているのかイマイチ分からない人だが、見た感じは呆れているように見える。サフィーの方はというと、はっきりと魔女に対して腹を立てていることが分かる。まあ、それは今日に限った事ではないが……。 魔女は普段から、ちょっとしたお使いのような依頼を騎士団に頼んでくる。魔女からの依頼はごくごく簡単なものばかりで、報酬額についても破格の額を払っている。なので、フレアグリット騎士団上層部は、穴埋め程度に魔女からの依頼を引き受けているのだと説明された。しかし、それでも大事な依頼がきつきつに詰まった時には却下されているのだという。なので、この大事件のさなかでは、騎士団としては当然、引き受けていられないだろうと思っていた。
「てかアークス、お前……魔女に何したんだ? 魔女に指定されるってお前……」 ブリーツが、少し引いた様子で話す。「いや……僕は普通に依頼をこなしていた……つもりなんだけど……」 アークスの言葉が濁る。大怪我をしていたのに、今日の朝起きた時にはすっかり良くなっていたし、魔女の豪華な部屋も見てしまった。普通に依頼をこなしていたと言い切ることは出来ない。今もまだ、昨日の事は夢じゃないかと思っているくらいなのだ。
「アークス、悪いことは言わないから、あいつと関わるのだけはやめといた方がいいわ。あんな性格最悪の、騎士団の足を引っ張るばかりの女とはね!」「おいおいサフィー。んな極端な……いや、でも俺もそこは同感だぜ。確かにありゃなかなかの美人だが、性格は最悪だぞ」「えっ、何? ブリーツ、なんか、誤解していないかい!?」「いや、むしろ感心してるくらいだ。あの偏屈姉ちゃんと、ここまで急接近するとは……」「やめなさいよ、魔女といい感じになるなんて嫌な予感しかしないわ。でもほんと、災いが起こるんじゃないかしら。それに、アークスを名指しって所も引っ掛かるわ」
「名指しだけじゃない。メンツも指定されている。アークスに、魔女の弟子と一緒に行動してほしいということだ」 ミニッツ提督の言葉を聞き、アークスは魔女なりに、アフターケアをしているのかもしれないと思った。確かにこれなら、騎士の任務との兼ね合いも、不自然なこと無く出来る。しかし……。「弟子……居たの……? あの性悪に……」 サフィーが愕然としている。「俺も意外だが、魔女のねーちゃんの事だからなぁ、何か企んでるのかもしれんしな」 ブリーツも、今回の事に関しては慎重らしい。とはいえ、声色は凄く軽く、気軽に話しているように受け取れる。「気を付けなさいよアークス、何をされるか分からないわ」「う……うん……」 サフィーの鬼気迫る様子に、ブリーツは思わず頷いた。
「この依頼は少し特殊だし、今までの魔女の依頼とは毛色が違う。アークス、この依頼を断る事を認めるが、どうする?」「え……」 ミーナの一件からの経緯を知っているブリーツにとって、任務自体はそれほど怪しいものとは思えない。魔女は昨日の言動の通りに話を進めているからだ。一つ気がかりなのは、任務の内容だが……。「任務の内容は、どういった内容ですか?」 いつもの雑用程度の依頼なら、さすがに今回は断ろうか。そう考えながらも、アークスは内容を聞いてみることにした。「任務については、これ以上のことは、この場では言えん。受ける気があるなら別室で話そう。無論、話を聞いてから断っても遅くはない」 返ってきたのは意外な答えだった。いつもの雑用レベルの任務なら十中八九、さらりと内容を言って、「退屈な任務だが」と続くはずだ。なのに今回は……ミニッツ大佐が少し緊張しているようにも見える。 「別室……ですか……」「うむ……これ以上は個別に話した方がいいだろう。ブリーツ、サフィー。私はアークスと依頼の事について話さんとならん。君達はマクスン准将から直接指示を頂け」「マクスン准将に……?」 サフィーとブリーツは少しだけ顔を見合わせたが「はい、分かりました」といって、マクスン准将の元へと向かった。アークスは、二人の後ろ姿に、釈然としない気持ちを二人も感じていることを見て取った。いつもの魔女の依頼ではない。アークスは、そんな気配を感じている。「アークス、君は私に付いてきてくれ。別室で話そう」「え……は、はい……」 勿論、アークス自身も戸惑っている。どうにもいつもと雰囲気が違い過ぎるのだ。魔女でなくとも、外部からの依頼を取り扱うような対応ではない。とアークスは思った。いつもの依頼なら、依頼内容は周りを気にせず伝えられる。どんな依頼でもそうだが、外部の依頼であれば特に、騎士団全員が知っていても支障がないことが殆どだからだ。 ……もしかすると、その殆どの外にある依頼なのだろうか。だとしたら、僕一人とミーナとでこなせる依頼なのか。アークスは漠然とした不安を胸に抱きながらも、別室へと移動した。

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