巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

115話「瑞輝、悠、駿一、梓」

「お……」 駿一が前を見ると、偶然、桃井が通りがかっているところだった。「桃井くーん! もーもーいーくーん!」 桃井が気付かないので、悠は更に音量を上げて叫ぶ。それも、駿一の耳元で叫ぶので、駿一にとっては鼓膜が破れんじゃないかというほどにうるさい。反射的に殴ってやろうかとも思ったが、幽霊なので、拳がすり抜けて終わるだけだ。エネルギーの無駄だと駿一は思い、ため息一つで済ませることにした。
「……あ、悠さん……それに駿一君……ああ、他にも色々……」「おいおい! 色々で済ませる気か私を!」「あ、ごめんごめん。ティムと、雪奈さんも一緒なんだね。こんなに集まって何かあるの?」「何かあれば、こんなに不快にはならんのだがな……」 イベントの度に集まるのも、駿一からすると億劫なのだが、常に無秩序にがやがやと周りで騒がれるのよりはマシだ。
「そうなの? なんか、色々と大変だねぇ……」「桃井君、良くなったんだ!?」「ああ……そういえば」 桃井の健康を心配することに関して思うことは、駿一も悠と同じだ。桃井が気絶してしまったあの時、駿一はさっさと退散してしまったが、その後に気になったのは冬城のことではなく、桃井の体調のことだった。 駿一が当時のことを思い出す。救急車が来るんだから心配することはないとは思ったし、それならば、更に厄介なことに巻き込まれないように、危なそうな所からは退散するに限る。と、その時は思ったが、悠が繰り返し「桃井君、大丈夫かなぁ」だとか「このまま一年とか、眠ったままになったりして」などと煽り立ててくるので、俺まで妙に不安になってしまったのだ。「おとぎ話ではさ、王子様のキスで目を覚ましたりするよね。ファンタジー世界に行ったんだったら、それ、応用できないかなぁ?」などと意味不明なことまで行った時にはひっくり返りそうになってしまったが……。
「うん……まだ、本調子じゃないけど……悠さんこそ、もう大丈夫なの?」「うん! もう怨霊になりかけたりなんかしないよ!」「うん? うん、それもそうだけど……その……精神的に……さ……」 瑞輝が、良く晴れた青空の中に浮かぶ、一つの、少し黒ずんだ雲を見ながら、己の過去を思い出す。
「僕も……辛いことがあったときは暴れたくなったり……誰とも会いたくなくなったり……いっそ、この世から居なくなっちゃおうって思った時があったから……」「桃井君は優し過ぎるから……最近は、ちょっとそうでもなくなったかなって思ったりもしたけど……やっぱり、考えてるのは他の人のことばっかり」「それは戦士として成長したということだぞ。お前とはまだ短い付き合いだが、どうも、またたくましくなったような気がするな……」 ティムがまじまじと瑞輝を見る。「色々とあったからな、お前が寝ている間に。てか、男は自分のことと人のことを同時には考えられんのさ。脳がマルチタスクに向いてないからな」「えっ、そういう問題なの!? 生物的な!?」 男と女に、そんな決定的な差があったのかと悠は駿一のいうことに目を向いて驚いた。
「ああ……うん……いや……」 瑞輝がたじろぐ。身に覚えが無いこともないが、自分は元は男だが、今は女で、魔法によって無理矢理に見た目を男にしているのだ。そのことを思うと、どうにも複雑で、何と返していいか分からない。
「でも、そっか……成長したんだ……でも、桃井君、桃井君はさ、誰とも会いたくないとか、いっそ、この世から居なくなろうって考えても、絶対、やっちゃだめだよ!」「悠さん……」「私は幽霊だから本当はここにいるはずの無い存在だから、消えたっておかしくないけど……桃井君は生きてるんだからさ……勿体無いよ……」「ふーむ……まあ、幽霊が言うんだから、そうなんだろうな……てか、お前も怨霊には絶対になるなよ?」「ならないよ! だって、ずっと駿一と桃井君と……他のみんなとも一緒に居たいもん! ……でも、もし、この間みたいに怨霊になりかけた時は……駿一にお祓いしてほしいな……」「よせよ……怨霊にはもうならねーんだろ? てか、憑かれてる本人に頼まれてもな……」「信じてるからね! 駿一!」「いや……勝手に信じられてもな……あ、それはそうと桃井、ひとつ頼まれてくれないか?」
「えっ、何? ここじゃあ、元の姿を維持しなきゃいけないから、魔法はろくに使えないけど」「いや、魔法は必要ないんだ。ただ……」「ただ?」「その……悠の話し相手になってほしい」「悠さんの……?」「その……悠は俺以外、何人かとしか話せなくてよ。俺と、梓さんと……後は人外だらけなんだが……」「ああ、ティムと雪奈ちゃん。それとロニクルさん……かな? 駿一君の周りにいる、その……ちょっと変わってるというか……」 瑞輝がちらりとティムと雪奈の方を見る。気を悪くしていないかと心配だが、どうやら、二人は二人で話し中のようだ。「……分かってるなら、それ以上言わなくていいぞ。俺も、こいつらの厄介さは分かってるつもりだからな。まあ……そういうことなんだ。幼馴染と頻繁に話せたら、悠もきっと喜ぶと思って……」「うおぉぉぉぉぉ……!」 悠がなにやら、体を屈めてこぶしを握り締めて唸っている。「お?」「ど、どうしたの悠さん?」「しゅ、駿一が私のことを心配して、こんなこと言うなんて……私、もっと頑張らないと……!」「……」 どうも、感極まって、凄く嬉しがりたいのを我慢しているらしい。と、駿一が察する。もっとも、それが滲み出ている時点で我慢しきれてないが。「悠、ハッスルし過ぎて怨霊以上にやっかいな存在に並んでくれよ」「も……勿論、分かってるよ! 私、頑張るから! 滅茶苦茶頑張るから!」「……」 全然分かっていなさそうだ。駿一ががっくりと肩を落とす。明日からは、きっと耳鳴りが四倍くらいになる。そんな気がする。「えと……悠さん、僕のうち、分かる? てか、駿一君のそばから離れられるんだよね?」「うん! 分かる分かる! ずっと尾行……幼馴染だから、当然だよ! 駿一とは、離れても心は通じ合ってるから、いつでも真っ直ぐに戻れるよ!」「何だそのはた迷惑な能力は……てか、戻らんでもいいんだぞ、戻らんでも」「戻る!」「ああ、そう……」「そっか……家が分かるなら話は早いや。たまには遊びにおいでよ。僕も、たまには遊びに行くから」「行く行く! たまにどんどん遊びに行っちゃう!」「じゃあ……改めてよろしくね、悠さん」「おおぅ……よ、よろしく……てへっ」 あらためてよろしく。と、かしこまって言われると、なんだか妙に恥ずかしい。悠は頬を赤らめた。




「丿卜さん」「何だ梓や」「出会い直しって、大事かもしれませんね。幼い頃からお互い見知っていても、こうして、ふとしたきっかけで出会い直して……駿一さんと瑞輝さん、それに悠さんも、なんかいい方向に向かい始めたって、そんな気がします。変化としては、ほんのちょっぴりの変化ですけど」「そうだのう……些かの変化で、随分と変わるものよのう……」 梓は、恐らく本人たちが気付かないうちに、すっかり打ち解けている様子を見て、笑みをこぼした。そのままこうして、こっそりとずっと見ていたいが、混じってみるのも面白いかもしれない。梓は一団に歩み寄りながら、声をかけた。「お久しぶりですね、みなさん。瑞輝さんも揃ってて、丁度良かったです。これ、この前のお礼です」 梓が、彩月堂のチョコカスタード饅頭の入った紙袋を持ち上げた。紙袋は、よく晴れた空の日差しに当たり、その日差しをきらりと反射し、その身を輝かせたのだった。

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