巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

69話「厳龍の滝」

 ――ザーーー……――。 耳に響くのは、滝の音のみ。しかし、その滝の音は大音量で梓の耳に響いている。 周りには自然がたっぷりと存在し、鳥の鳴き声や木々の葉の擦り合う音は引っ切り無しに鳴っているのだが、梓の耳にはそれは聞こえていない。滝つぼのただ中に居るからだ。 梓は滝つぼのただ中に身を置いて、手を合わせ、目を閉じている。身に纏っている巫女服はびしょ濡れになっているが、梓にそのことを意に介す様子は無い。目を閉じ、手を合わせ、口からは何も発さずに、石のようにじっとしている。
 精神統一。破魔の矢をコントロールするのに一番必要とされる、精神を集中させる力を付けるため、梓はこの、厳龍がんりゅうの滝へと足を運んでいた。
 厳龍がんりゅうの滝は、落差百メートル超の滝だ。梓はその滝つぼに居て、百メートル上の崖から滑り落ちてくる滝に打たれている。百メートルの落差から落ちる水の勢いは強く、まだ傷の治りきっていない梓の体に容赦無く打ち付ける。 しかし、梓はそこから離れようとするつもりは無い。 滝に打たれることによる、精神統一の修行だからだ。
 冷たい水は体を凍えさせ、上から勢いよく落下する水は体を打ちひしぐ。身には巫女服しか纏っていないため、その過酷な環境をしのぐには不十分だ。……いや、巫女服は、水に濡れると重くなる。その結果、巫女服は梓の体に重しとしてのしかかり、水は冷たいまま巫女服の生地に染みわたって、防寒の効果を無くしている。つまり、梓は巫女服により、更なる枷を付けていることになるだろう。
 しかし、そんな中でも梓は直立不動で手を合わせ、目を閉じている。 最近は、オカルト便利屋の家業が忙しくて、修行など全くしていなかったが、子供の頃には毎日やった時もあった。なので、梓は精神的にも肉体的にも、こういったことはやり慣れているのだが……最近は、こういったことは行っていなかったので、子供の頃に比べると、逆に苦しさを感じる気がする。
 しかし、一度慣れてしまえば、そこにあるのは無の世界だ。滝の音は全ての音を掻き消してくれるし、常に流れる水は、周りの匂いも、自分や、自分が身に付けている巫女服の匂いすら流してくれる。後に残ったのは……無だ。
 邪念を捨て去る。この滝に打たれることで、梓は邪念を捨て去って、精神を研ぎ澄ましている。……とはいえ、梓の中にある悩みが、それをさせずにいた。だから、梓はこうやって、何日間も滝に打たれているのだ。邪念を捨て去り、真に精神を研ぎ澄まさなければ、破魔の矢を真っ直ぐに飛ばすほどに集中力を高めることは出来ない。
 破魔の力を纏った矢を真っ直ぐに飛ばすためには、矢に宿った破魔の力を安定させなければならない。破魔の力が不安定であれば不安定であるほど、力の強弱が激しく揺れ動く。そして、自らの体を離れた破魔の力は、自らの制御をも受け付けなくなる。
 梓は、薙刀に破魔の力を宿すことは容易にできるが、矢に破魔の力を宿して打つのが苦手な理由はそこにある。 薙刀は、使う時に常に掴んでいられるのでに、破魔の力を操る技術が未熟でも扱える。薙刀を扱いながら破魔の力の強弱を調整することで、ある程度は破魔の力を安定させることが出来るし、薙刀を手に持っている限り、破魔の力の影響よりも、持ち主の手による物理的な干渉の方が影響力は強い。それでも梓は最初に薙刀に破魔の力を宿した時、薙刀が暴れ、ろくに持つことも出来なかったことを覚えている。 それに対して矢は、弓から放たれた際に、完全に破魔の力を宿した人のコントロールから離れる。そのため、矢に破魔の力を宿す際に、あらかじめ安定した破魔の力を宿しておく必要がある。 破魔の矢を弓に乗せる時と、薙刀に乗せる時とでは、必要な破魔の力をコントロールする技術が段違いに違うのだ。
 梓は破魔の力をコントロールする技術を高めるために、破魔の力を乗せた弓を射るという練習を繰り返した。しかし、結果は芳しくなかった。それどころか、段々と普通の矢を射ることにも苦労するようになってきた。その原因は何か。梓は、この滝つぼで発見しようとしている。
「……」 滝の音、冷たさ、水のにおい、滝の圧力……その全てに適応し、今の状態が自然になった時、梓は自らの心のみを感じるようになった。その心からは、自然と様々な思考が流れてくる。
 ――私はオカルト……つまり、超常現象の専門家として活躍している。特に、心霊や呪いといった類のことについては、この辺りでは私の所が最後の拠り所になることも多い。それなのに、今回の連続殺人では、被害者が多くなるばかりだ。 思い返せば、警察、そして杏香だって一緒に探しているのに、未だ十分な証拠が見つからないままだ。その原因は、私にあるのではないのか。私は専門家として、何も出来ていないのではないのか。
「んっ……!」 梓の胸の傷が、ズキンと痛む。体の余計な所に力が入り過ぎたせいで、体全体のバランスが崩れたからだ。体のバランスが崩れると、上から落ちる滝の勢いに対抗する力は、より多く必要になる。そのため、梓はバランスを立て直そうとし、結果、それまでは必要無かった所に力が入ってしまうのだ。
 犯人の起こした多数の殺人を防げなかった。今も、怪物を一人倒すのがやっとだ。 もし、私が呪いを防げなかったら……逃げたり、怪物にやられて死んでしまったら……この町には、霊能者が居なくなってしまうのではないか。いや……実際、今、私以外がこの呪いに介入しているようには見えない。それはつまり、この町の人々を呪いから守るには、私が呪いを防ぐしかないことを意味している。 そして、その肝心の私は、怪我で一か月と数週間、動けない状態だった。今も万全の状態ではないし、こういった修行や捜査に時間を割かねばならないため、犯人は実質的には野放しの状態になっている。 もし、私が呪いに負けたら……その事を考えると、背筋がうすら寒くなるような感触を覚える。私が欠ければ、実質的には、直接捜査が出来るのは杏香さんだけになるだろう。 杏香さんは頼りになるが、霊能の知識に関しては薄い。捜査の速さは半分どころか五分の一になってしまうだろう。 他の所からの霊能者を呼ぼうにも、すぐに見つかる可能性は極めて低い。その間は、犯人の歯止めが効かない状態が続く。そうなれば、一体、何人、首なし死体が増えることだろうか。
 杉村さんもやられた。犯人が私自身を狙ってきた時、私は対処できるのだろうか。これまで調べてきた事、起こった事から分析すると、犯人の呪いの知識は相当なものだ。全くの素人なのか、それとも呪い屋等、プロなのかは分からないが、その知識や活用方法には目を見張るものがある。 私も、お守り等で、呪いから身を守ることはしているが……それだって、破られるかもしれない。そうなった時、生き延びられる自信が無い。
「……」 後悔、不安、恐怖……様々な事が頭をよぎった後に来たものは、静寂だった。、いつしか梓は、何も考えなくなり、真の集中の時間に入っていったのだった。

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