巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

41話「吉田の怨霊」

「……」「……」 桃井が魔法を放った。目の前で起きた現実を頭が上手く認識できないのか、駿一も悠もポカンと口を開けたまま硬直している。悠はいよいよ吉田を物理的に止めようと張り切っていたが、今の不可思議な状況で、それどころではなくなってしまった。
「……おいおい」 開けた口を、まだ上手く閉じられないうちに、駿一が口走った。体は未だに硬直している。「何だ、ありゃあ……」「なんか、今までとはまた違うタイプだよね……」「ああ……なんつーか……怪力モンスターとかじゃなく、妖怪とか、その類でもなく……」「幽霊でもないよね、吉田君の方は幽霊だけど」「ああ。超能力者……ってよりも……」「魔法……使い……?」「それだ……しかも、女の子に変身する魔法使いだ……なんだかまた頭が痛くなってきたぞ……」 駿一が額に手を当てて空を仰いだ。宇宙人だのUMAだのといった騒動は一段落ついたものかと思っていたが……どうやら、まだ一人だけ、自分のかなり身近な所に隠れていたらしい。「幽霊だけの方が気楽だったぜ……」 駿一の周りの空気が、どーんと重くなる。「あー……いや、お前とは関係無いから……」 目をキラキラさせながら駿一の方を見ている悠が何を言いたいかを察して、駿一は悠が何も言わないうちに否定した。悠だけの相手をする毎日など、まっぴらごめんだ。
「しかし、どうやら魔法は効いたらしいな」 駿一は、吉田と桃井のことを遠くから見ていたが、今の様子だと、桃井の放った魔法が吉田に当たり、吉田はかなりのダメージを受けたようだと推測した。「そうみたいだね……」「これで吉田の奴を撃退できるか……俺達の出番は無さそうだな。ま、無いに越したことはないが」 こんなところで何をやっていたのだかを聞かれたら厄介だ。なにせ、相手は魔法使いの女の子なのだから、こちらの手の内を探る手段を豊富に持っている可能性もある。「そういやあ……疑問は解けたな」「えっ?」「ほら、体質か何かは分からんが、あれだけ特殊な奴なら、様子がおかしいのも納得がいくってことだよ」「いや、恋の行方は?」「そっちは勝手にやっててくれ……」 駿一ががっくりと首を垂れて項垂れる。……とにもかくにも、桃井が妙な挙動をしていた原因も、なんとなく分かったのだから、これ以上、桃井の近くをウロウロすることも無くなったわけだ。 後は桃井が魔法で吉田をやっつけてしまえば、これでこの騒動も一件落着だろう。もっとも、あれが魔法かどうかは桃井に直接聞かないと分からないが……俺はこれといって興味が無いし、悠の方も、色恋沙汰しか興味が無さそうだ。
 ――だが、桃井は一向に魔法を打つ気配が無かった。素早く吉田に手を向けたまでは良かったが、それから動く気配は無く、吉田の方も、ただ動揺してもがいているだけだ。「何やってんだ……何かあったのか……?」 駿一がもどかしさを感じて仕方がなくなった時、桃井の悲鳴が辺りに響いた。




「あぐうっ!」「うおおぉぉぉ! お前はぁぁぁぁ!」 怒り、悲しみ、戸惑い、憎しみ、喜び、愛……吉田は殆ど全ての感情を昂らせ、再び瑞輝に襲い掛かった。
「うがっ……っあ!」 塀に上下逆さまの状態で、磁石に吸い付けられるように打ち付けられ、逆側の塀には、頭からぶつかる。そんな状態になりながらも、瑞輝は魔法を使って吉田を傷付けることをためらっていた。「う……ぐ……」 体中に走る痛みに、瑞輝が悶える。「うああっ!」 そんな瑞輝に、吉田は今まで以上に激しく、そして取り乱してミズキを攻撃する。瑞輝の体が見る見るうちに痣だらけになっていく。しかしながら、不幸中の幸いとは、とてもいえないが、瑞輝の意識は間髪入れずに襲ってくる痛みで逆にはっきりとした。瑞輝はそんな中で、しきりに考えている。「どう……しよう……」
 吉田君にセイントボルトを撃つということは、吉田を消滅させてしまうということになる。吉田君は、それでいいのか? 折角、亡霊としてでも、またこうして活動ができるのだし、消滅させるのはだめなんじゃないか……。 吉田君にセイントボルトが掠った時の反応、それを思い出す度に胸がきりきりと痛む。姿かたちは黒く濁った何かだが、これは吉田君そのものだ。その吉田君が、今までに聞いたことの無い声を出した。恐ろしい苦痛に苛まれた声を出した。どこか、追い詰められてどうしようもないような叫び声のようにも聞こえた。 苦しんでいる吉田君に、更にセイントボルトで追い打ちを加えるのか? そんなこと、していいのか。消滅する、しない以前に、人を苦しませるようなことをしていいのか……。
「ぐあぁっ!」 電柱に打ち付けた足が、普通は曲がらない方向に、ぐにゃりと曲がる。鈍い音もした。しかし……考えなくてはならない……。 そう……人を苦しませるようなことをして良いはずがない。僕はセイントボルトに当たった時、吉田君が苦しんでいるのを見ている。それなのに追い打ちをかけ……止めを刺すようなことなんて、しちゃいけない。
「ぐぅふっ……」 電柱に胸を強く打ち付けたのに、叫び声が出ない。体力が消耗し過ぎたのか……それでも、右手は上がる。つまり、吉田君に止めは刺せる状態だ。勿論、そんな事はしないが……。
「ぐおおおぉぉ……ははははぁぁ! そろそろ終わりにぃ……」 瑞輝の体が、特に首のあたりが強く締め付けられていく。「あ……う……」 自らの体を襲う強烈な力、その力が何をしているのか、瑞輝には察しがついた。首の骨を折ろうとしているのだ。今まで、そこらじゅうに体を打ち付けていたのは、このために弱らせるためだったのか……。 いずれにしても、瑞輝はもうすぐ死ぬことになる。
「う……」 助かりたい。そう思う気持ちが、自分の体内の魔力を押し上げている。瑞輝はそう感じたが、だからといって、それを解放させてはいけない。自分の中で膨張する魔力を、瑞輝はどうにか押し留めようとしている。
「ん……んんっ……」 吉田君を傷つけたくないが、死にたくもない。その感情が、辛うじて魔力を制御し、吉田の力にも屈しない力を、瑞輝に維持させていた。 ――しかし、それも長く続くことはなかった。
「ふはぁぁぁ!」 吉田の怨霊は、様々な感情の入り混じった声を発しながら、思いきり瑞輝に力を加える。「……!」 瑞輝の首は、遂にその力に屈し、動いた。

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