巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

39話「憎悪」

「えっ……吉田……君……?」 瑞輝が何故か例の存在を吉田だと思った瞬間、瑞輝の前に、おぼろげに黒い何かの存在が浮かんだ。「吉田く……うあっ!」 黒い何かの行動が、そして、それから感じる何かが、これまでとは明らかに違う雰囲気になった。それと同時に瑞輝に衝撃が走る。「ううっ……」 吹き飛ばされ、アスファルトの上に叩きつけられた瑞輝は、両手をついて起き上がる間に考えた。光魔法なら、この状況を打開できるかもしれないと。 瑞輝は直感するものがあったのだ。この雰囲気には、もしかすると魔法が有効ではないかと。
「……」 瑞輝が黒い何かを見据える。瑞輝が見れば見るほど、黒い影は、何故か吉田の姿に見えてくる。「うおらぁぁぁっ!」 吉田の叫び声とも取れる声と共に、体に衝撃が走る。「うぐっ……」 瑞輝は何かに強烈に押されるように塀にぶつけられ、たちどころに、今度は巨大な手に引っ張られたように前へと体を投げ出され、向かいの塀にぶつかった。「あぐあ……っ……」




「おい悠……」 人の気の無い道端で、瑞輝と吉田のやりとりを見ている者は居た。幽霊の悠と、超霊媒体質の駿一である。かたや幽霊、かたや超霊媒体質である二人には、瑞輝よりもはっきりと、吉田の姿が見えている。「うん……あれ……吉田君かな……」 悠も、駿一と一緒に電柱の陰に隠れながら、吉田と桃井の様子を伺っている。この場合、桃井には見えないが、吉田は見ることができるだろうから、無駄に隠れてはいないなと、駿一は悠の行動に納得している。「らしいな、あの姿かたちは、なんとなくそうだろう」 駿一には、髪型や体格、顔のシルエットから、遠目から見ても吉田だと判別することができた。「駿一、あのままじゃ、桃井君、死んじゃうよ……!」 悠も、桃井の方と駿一の方を交互に見て、気が気ではない。「分かってる! 今、梓さんに電話したから、もうすぐこっちに来るはずだ」「駿一はなんとか出来ないの? 幽霊グッズ、いっぱい持ってるじゃん」「あれは自衛用だよ。能動的に霊を祓うとなったら、また別の方法になるんだよ」 霊を退ける類のまじないと、霊を祓う類のまじないは違う。万能なまじないもあるが、そういうのは、総じて大した威力を発揮しない。今の吉田のように、生きている人を吹き飛ばすほどの強力な怨霊には効き目が無いだろう。
「そんなぁ……」「悠こそ、霊同士、物理で殴り合えるんじゃないのか?」「それは……そうだけど……」 悠が吉田の様子を見据え、「うーん……」と唸る。「後ろから羽交い絞めくらいは出来るかも……」 悠はそう言って、吉田に気付かれないように、そおっと後ろから近づこうと静かに動き始めた。「やめとけ」 駿一が、それを止める。「でもさ……」「もうじきプロが来るんだ。本当にヤバそうじゃなければ、ひとまず様子を見ておこうぜ。下手に手出しして、もっと逆上したら手が付けられんぞ」「そうかな……」「そうだろう。とにかく、今はまだ様子を見るんだ」 吉田がどんな状態にあるのかは分からないが、駿一には今までの経験上、怨霊に見える。ならば、逆上させて憎悪を高めさせれば、それだけ攻撃的になり、生きている人間に対する干渉力も大きくなるだろう。ここはなんとか、なだめる方法を見出したいところだが……。




 駿一と悠の見守る中で、瑞輝は吉田のような黒い何かから逃れるべく、思考を巡らせている。が……そう簡単に打開策が見出せるわけもない。瑞輝は何度も何度もアスファルトの道路に、コンクリートの塀に、そして電柱に体を打ち付けられ、その度に意識は遠のいていった。
 瑞輝は混濁する意識の中で、異世界での事を思い出していた。そういえば、異世界でも、今と同じように意識が飛ぶほどの事があった。……そして、その時に思い出していたのは、この世界、現代社会でのことだった。
 瑞輝は、吉田が悠さんをを突き落としたことを知っている。電車が来るタイミングを見計らって、悠さんを後ろから押したのだ。……そう、あの夜のことだ。僕が駅で電車を待っていた時、向かいには悠さんが居た。僕は悠さんに気付いていたが、悠さんは僕の事に気付かなかった。そして、僕は、後ろを歩いている吉田君にも気付いていた。吉田君は、そのまま悠さんに近付いて……。
「なっ……!」 瑞輝に狼狽える吉田の声が聞こえた。「えっ……?」 朦朧とした意識の中で、瑞輝は吉田が何故、そういった反応をしたのかを考える。「あ……」 なぜ、吉田が狼狽えたのか。その疑問が晴れた時、瑞輝は自分の体を見た。胸は少し膨らんでいて、スカート姿のセーラー服をまとっている。上を見ると、紙はピンク色だ。あまりにも消耗し過ぎたので、魔法を維持出来なくなったのだろう。
「お前……何なんだよ!」 吉田の混乱は、更に増している様子だ。無理も無い。目の前で人が、いきなり女の子になったのだから。 ……しかし、こうなった以上は女だとバレる心配は無くなった。だったら、試したいことが一つある。瑞輝は吉田のような黒に向かって手をかざした。 あれが吉田君だとするならば、吉田君は僕の本当の姿を知らない。他のクラスメートと同様にだ。あれが……恐らく幽霊とか、そういったものなのだろうけれど、それがどういった存在なのかは全く分からない。しかし、吉田君だとすれば、戸惑うのは当然だと思う。
「やっぱり、吉田君……なの?」「……!」 瑞輝には、吉田の顔がどこにあるかは分からない。しかし、ここが顔ではないかと感じる場所を凝視した。吉田の顔が、戸惑いの他にも憎悪、悲哀……そして、どこか情愛めいた感情も含めた、複雑な顔をしているように、瑞輝には感じられた。

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