巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

34話「となりの隣人」

「おい悠、また行くのか?」 駿一は寝転がってテレビを見ながら、普通の人なら何も見えないはずの空中に質問を投げかけた。「あっ! 駿一、もしかしてあたしのこと止めてくれた!? ねえねえ、あたしのこと引き止めてくれたでしょ!」 普通の人なら聞こえないはずなのだが、駿一の耳には物凄くやかましい声が、マシンガンのように襲いかかった。「あーっ、もう暑苦しい女だぜ……ちげーよ、また桃井の所に行くんだろ?」 駿一が、うんざりした様子で悠に返す。悠の事が見え、悠の声が聞こえるのは、本当に苦痛だ。常に耳元で銅鑼をジャンジャンと鳴らされているようなものだ。 とはいえ、今回は、悠に聞いておきたいこともある。
「そうだよ」 駿一が、ほぼ予想していた答えを、悠が答えた。悠は最近、頻繁に桃井を見に行っている。この世に残る原因となった駿一を頻繁に離れて大丈夫なのは何故なのかと不思議に思った駿一だが、うるさくないのはいいことなので、深くは考えないようにしている。
「ふうん……最近、空来と桃井、仲いい感じだよな」「えっ……あっ……そ、そうだね、なんか最近急接近しだしたよね、あの二人」 悠が明らかに動揺する。「でっ、でもヤキモチなんて焼いてないから!」「……いや、別にそこまで言ったつもりはないが……まあ、そういうことなんだろうな」「あっ! 誘導尋問酷ーい!」「お前が自爆しただけだろうが!」 駿一としては、最近の桃井周辺を見て感じた事を、そのまま言っただけなので、本当に他意は無い。あくまで雑談だったのだが……。
「まあいい。今回は俺も行かせてもらうぞ」 駿一は、リモコンを押して、がやがやと騒々しい発泡酒のCMが流れるテレビを消した。「えっ、駿一が?」「そうだよ、悪いか?」 そう言いながら、駿一はすっくと立ちあがる。「でも、駿一、桃井君を尾行するのに一番反対してなかったっけ?」「あのな、まず人として、誰かを尾行するようなマネに賛成するのはおかしいんだよ。お前ら全員、人としておかしいんだ」 お前ら、とはロニクルさんやティムのことだが、悠にそれが分かっているのかは怪しいところだ。
「えっ、じゃあ駿一は尾行しないってこと? 一緒に行くのに」「俺は尾行じゃなくて、桃井の様子を見に行くんだよ」「それ、言い方じゃん」 悠の言葉に、駿一の眉がピクリと動く。悠はさらっとイラつかせることを言うことがあるが、その時はウザさが倍に感じる。
「違う。物見遊山のお前らと一緒にされたくないんだよ」「えー? 何それ」 悠が首を傾げて、納得できなそうなポーズを取る。
「行方不明になって、学校にも来だしてから、どうにもおかしな行動が目立つように感じたが、それは、それまで不登校だったこともあるだろうし、行方不明になった時のショックもあるだろうからと納得はした。だが、最近は、それに輪をかけておかしい。連続殺人で、ティムが入院したこともあるかもしれん。吉田が死んだことについたって、俺ならいい気味だと思うが、お人好しの桃井の場合、それにもショックを受けるかもしれん」「うんと……あたしもなんとなく、昔の桃井君とは、空気感というか……何か違うとは思ったけど……最近は……どうだろう?」 悠も桃井についての違和感を、漠然と感じている様子だが、やはり漠然の範疇を越えてはいないようだ。
「お前は常に桃井を見てるから、かえって細かい変化に気付かないのかもしれんな。なんにせよ、俺は桃井の変化を感じるんだ。梓さんと会ってるって話もある」「えっ、あのオカルト何でも屋の!?」「そう。だから、もしかしてと思ってな……」「霊に取り憑かれたりってこと?」 梓さんに近付くということは、十中八九、霊が絡んでいるといっていいだろう。それは悠でさえ察しのつくことだ。
「あくまで可能性の問題だよ。そうだと決まったわけじゃない。でも、気になるだろう?」「うんうん!」「桃井自身がナイーブになってるのか、それとも霊に取り憑かれてしまったのか……またはその両方……精神が弱っている隙をついて、何かしらの霊障に取り憑かれてしまったか……いずれにしろ、様子を見たいんだ」「なるほど……」「まあ、精神的なショックの線は濃厚だと思うがな。ティムが入院して、一番ショックを受けるのはあいつだろうからな。クラスで数少ない、仲のいい関係だったし、ティムは瑞輝の目の前で倒れてたそうだからな」
「あれ、駿一、人には無頓着かと思ったけど、意外と見てるんだね?」「んん? いや、普通、そう考えるだろ」「あー、そういうことなのか」「まあ、一つの可能性としてだよ。そういう精神的によろしくない状態って、霊とか、色々なのに影響を受け易いし、絡まれ易いから、同じくらい、霊障とショックの線も考えられるしな」「心配ってこと?」「桃井に満足したら、次はどうせ、また俺だからな。自衛だよ」「あ、そう。素直じゃないなぁ……ああ、でも……」「どうした?」「良く考えると、確かにおかしかったかも……」「何かあったのか?」「うん……桃井君、休みの時には家からふらっと出かけてくんだけど、行く時も変える時も、結構な量の荷物を持ってくんだよね、リュック背負って」「そりゃ普通だろ。休日に遊びに行くくらい、誰だってあるぞ。……とはいえ、桃井の場合はインドア派だから、それはそれで妙かもしれんな……」「ああ、確かに……でも、それだけじゃなくて……桃井君、いつも、駅とは逆の方へと向かってくんだよ」「近所に友達でも出来たって事か?」「分からない。あたしもそうかと思って後を付けたんだけど……必ず見失っちゃうんだよね、桃井君の家の、すぐ近くで」「すぐ近く……どれくらい近くなんだか分からんが……」「曲がり角、曲がった所かな?」「どこの曲がり角だか分からんぞ。桃井の自宅から何分くらいの所だ?」
「桃井君の家からだと……10秒くらい?」「近っ!」「もっと近いかな……」「家に隣接してるってことじゃなかろうな?」「そうそう、玄関から出て、すぐ曲がるの」「そりゃ、お前……まあ、とりあえず分かったから良しとするか。しかし、そんな一瞬のタイミング、よく見つけたな」「うん、いつも、桃井君の家に張ってるんだ。幽霊だから、近くで見てもバレないし」 悠がどうだといった様子で、腰に両手を当て、仁王立ちした。
「威張んな。自慢できることじゃないぞ、それ。てか、張ってるって、お前、刑事じゃないんだから……」「アンパンとか、食べないよ?」「刑事は別に、必ずアンパンとか食いながら張ってるわけじゃないぞ」「そうなの?」「そうなの」「そっかぁー、確かに「となりの隣人」でジャムパンとどっちがいいかとか聞いてたもんなぁ」 となりの隣人とは、今、月曜八時からやっているミステリードラマのことである。「そういう問題でもないんだぞ。……とにかく、これからは、俺も暇な時は付き合ってやるから、一緒に行かせてもらうぞ」「えっ、今、何て言った? 付き合う……」「そういう意味じゃないぞ」 駿一は、きっぱりと悠を否定したのだった。

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