捻くれ者の俺は異世界を生き抜く

いのる

26.唯一の願い

迷宮探索の為の冒険者募集は約3週間前から行われ、集まった冒険者の数は全76名である。しかし依頼主の意向により、依頼受注時のランク制限は設けられなかった。これにより集まった冒険者たちは、経験豊富な上級冒険者から駆け出しの命知らずまで、幅広い実力の者が集まることとなった。
故に起こった悲劇であると、王都フェルマニスのあちこちで噂されている。
迷宮の危険度を示す迷宮難度は推定Sランク。迷宮から無事帰還したものは76名中わずか6名。その他70名の冒険者が行方不明、死亡したと報じられている。
迷宮探索から帰還後、2日目の朝。随分とすっきりしてしまったギルド内で酒を飲む男がいた。Aランクの実力者、オルドラゴである。
迷宮内で負傷し一時は意識を失っていたが、その後の適切な処置と治癒魔法による回復で、今ではすっかり酒を飲めるまでに全治していた。

「ちょっとオルドラゴ、あんたまた酒飲んでんの?ちょっは依頼でもこなしたらどうなの?」

彼に話しかけたのは以前の迷宮探索でパーティーを組んでいた女性、マキナである。

「うるせぇ、ほっとけ」

オルドは無愛想に仲間の言葉を跳ね除ける。酒の入った彼は普段の2倍3倍は色々な意味で厄介な男だと定評がある。

「やめとけよマキナ。こいつ、マレちゃんが別の男ばっか気にしてギルドに顔さえ見せないもんだから妬いてんだよ」

横から入ってきたのはカインだ。彼もまた、迷宮探索でオルドとパーティーを組んでいたもう一人のメンバーである。

「マレさん……今どこにいるの?」

マキナがカインに問いかける。

「昨日と同じ場所。俺たちの話を聞いて、まだあのユウって冒険者を待ってる」
「そっか……」

少ししんみりした空気が流れた。
カイン達は迷宮内深部で絶体絶命の危機を一人の少年に救われた。
彼はLv50の駆け出し冒険者を名乗る、黒髪の少年だった。駆け出しだと言うのに単独で迷宮に潜ると言って聞かないのだから、本人は死ぬつもりなのかとさえ思っていた。そんな少年に助けられるなんて夢にも考えない。
彼は最深部の部屋で圧倒的な実力を見せつけると、魔物に囲まれていたカインたちを逃がして見せた。しかしカインたちが部屋から退散したあとすぐ、大きな爆発音が聞こえたと思えば、そこに彼の姿は無かった。あるのはバラバラに吹き飛ばされた魔物の残骸だけ。色々調べはしたが、結局あの少年を見つけることは出来ず、カインたちは負傷したオルドラゴを連れて迷宮を後にしたという訳だった。
この話をカイン達が持ち帰るや否や、血相を変えてその少年のことをあれこれ聞いてきたのが、マレトワ・イーベルシィであった。
カイン達を助けた少年の名はユウ。マレには彼を迷宮内で守って欲しいと頼まれていた訳だが、逆に命を救われる形となってしまった。その後の消息も不明。面目丸潰れ状態でマレに謝罪したが、彼女は仕方がないですと言いつつ今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ユウがマレと親密な関係だったというのは事実だったらしい。そんな二人の間では『絶対に帰ってくる』という約束が交わされていたようだ。カインの経験上、そういった約束事をした者は帰ってきた試しがない。
だがマレは諦めていないようで、今日もフェルマニス南門付近で彼の帰りを健気にも待っているらしい。
彼女はギルド内でも超絶人気の受付嬢だ。元気で明るく可愛らしい。そして度を超えたお人好し。彼女に情が移らない者などいないだろう。かく言うカインやマキナもその一人であった。
しかし皆いい加減に気がついている頃だろう。彼が戻ることはないことくらい。
確かにあの場の魔物は全て残らず爆散していた。一匹たりとも生きてはいない。しかしそれはユウにも同じことが言える。あの部屋にほかの場所へ通づる道はない。散々調べた結果だ、間違いなかった。そしてあの爆発、あれはカイン達を逃がすために彼が全生命力を掛けて放った懇親の一撃。つまり自爆であったと推測できる。むしろそうでなければあの威力は説明がつかないのだ。
だが思っていたって、それを口にすることは普通出来ない。何故なら彼女がまだ諦めていないのだから、口に出来る訳がない。だからこそカインたちに出来ることと言えば、マレが自身で気がつくのを黙って見守ることくらいのはずだったのだ。
しかしオルドラゴは言ってしまった。「あんな奴放っておけ」と、「あいつは死んだんだ」とも言ったし、「いくら待ったって無駄だ」とも言った。

「くそっ、あんな奴のどこが……」

乱暴に机を叩いたことで、ジョッキに入った酒が少しこぼれる。
彼の言い放った言葉でマレは泣いた。オルド本人泣くなんて思っていなかっただろうし、彼女のことを思って言ったのであろうことも分かる。しかしそれが裏目に出た。いつも笑顔で溢れる彼女が、初めて涙を見せたのだ。動揺せずにいられないはずだ。

「まあ何だ、そうやけになるなって。親しい人間が死んだら、そりゃ誰だって涙くらい流すもんだ」
「ちっ、うるせぇ」

カインの言葉さえ突っぱねた。流石に酔いが回っているのかもしれない。

「だいたいよぉ、なんであいつなんだ。あんな雑魚の一人や二人死んだところで変わりゃしねぇだろうがよ」

オルドは貧乏ゆすりしながら口にした。普段から偉そうな男だが、今日はさらに言葉を選ばない。

「ちょっと、彼は私達を助けてくれたのよ!?そんな言い方ないじゃない!だいたい、彼がいなかったらあんただって」
「あぁ?本当のことだろ!?あんな奴死んだって誰も困らねぇ、精々俺たちの囮になれて本望だったろうに!」
「――ッ!!」
 
マキナがオルドに手を上げようとしたその時には既に、カインがオルドの胸ぐらを掴みあげていた。

「な、なんだよ……」
「言っていいことと悪いことがあんだよ。オルドてめぇ、助けられた恩も忘れてよくもそんなに喋れるなぁ!」
「んだよやんのか?!」

喧嘩が始まった。
もっとも彼らの場合、両者ともにAランク冒険者だ。例え喧嘩であっても殺し合いになるだろう。

「ちょっと、こんな所でやめなさいよ!」

慌てたマキナが仲裁に入ろうとするが、

「どうした殴ってみろよ?魔閃剣のカインが聞いて呆れるぜ……この腰抜け野郎ッ!」
「お望み通りぶっ飛ばしてやるよ酔っ払いがッ!」

カインが固く握られた拳をオルドの顔面に叩きつけた。
オルドは吹き飛び、背中から机に飛び込む。周囲にいた他の冒険者たちは慌てて逃げていく。
しかしオルドはすぐに起き上がると血の垂れる口元を拭って、

「へっ、効かねぇな。この程度の実力じゃ、親に捨てられても文句言えねぇなぁ!」
「――ッ」

不敵な笑みを浮かべでオルドは言う。
そんな彼の言葉にカインは青筋を浮かべた。

「てめぇ……」

カインの抜いた細身の剣に魔力が込められた。人間相手に向けられる技ではない。

「へへっ、ぶっ殺してやるよ……」

同じく、オルドの全身に魔力が込められる。極限まで強化された体から放たれる一撃は、当たればただごとでは済まない。

「はぁぁぁぁ――ッ!!」
「うおぉおおッ!!」

両者全力を持ってぶつかり合う、まさにその瞬間。

「こんな場所で暴れんなァ――ッ!!」
「がっ」
「うごっ」

横から繰り出されたマキナのゲンコツが両者の後頭部を強打した。
地面に伏す二人を引き摺るように、マキナはギルド内を出ていった。

「「「マ、マキナ怖ぇぇ〜」」」

ギルド内にいた全冒険者たちを震撼させて。



彼女は待っていた。ここで待っていれば、きっともう時期あの少年が手を振りながら帰ってくると信じて。
かれこれ3時間になるだろうか。昨日のを合わせればもっと長時間待ち続けていることになる。しかし彼女にとって、時間なんてものはどうでもよかった。彼を待ち続けることだけが、今の彼女にとって必要なことだったからだ。例え何日かかろうとも、例えギルドの仕事を休もうとも、彼の生存を確認出来ないことの方が問題だから。
朝からずっと立ちっぱなしで、足が痺れてきた。今日はやけに強く照りつける太陽の光が痛い。日陰にでも入って休もう、そう思って力なく小さな歩幅を進めた。
王都フェルマニスに入るための南門。大きくゴツゴツとした鈍色の金属扉が、孤独にも少年を待ち続ける一人の少女を見下ろしている。
開きっぱなしの扉の影に逃げるように入ると、膝を抱えて座り込み、不意に空を見上げた。そこに雲はなく、大きな2羽の鳥が照りつける閃光など気にも留めないで、上空を旋回するようにクルクルと回っている。
もうすぐ昼だ。

『人は死ぬ』ということをマレは知っている。彼女の両親は死に、彼女の親しかった友人も死に、彼女の関わった冒険者も皆死んできた。もちろんそれは彼女のせいではない。しかしマレはどこかで自分を責めている。身近な人間が一人死ぬ度に、また自分に関わったからだと、心のどこかでそう思ってしまう。故に彼女は人の死を誰よりも恐れていたのだ。
だから多少お金を掛けてでも、自分の関わった駆け出し冒険者くらいは守ってやりたかった。少しくらい厚かましくたっていい。それで一人でも身近な人間を死なせずに済むのなら。ただそれだけだったのだ。

「ユウ、さんっ……」

必ず帰ると言っていた彼の笑顔が、今でも脳裏に焼き付いていて、勝手に溢れた涙を隠すように、膝に顔を埋めた。

「っ……ゆぅ……さんっ……」

こんなことなら、やはり彼を送り出すべきではなかったと、マレは酷く後悔した。

「はやく……帰ってきてよ……」

小さく声が震えた。
心のどこかで、もう彼は帰らないのではないかと思っている自分がいる。それがたまらなく嫌で、こんな言葉で誤魔化した。認めてしまったら、何の為にここで待っているのか分からないからだ。
頼むから無事にここまで帰ってきて欲しい。それだけが今、彼女の心を支配する唯一の願いだった。
そんな彼女の気持ちなど知りもしないで、

「マレ……?こんな所で何やってんだ?」

随分と呑気な声が聞こえたきた。
そして顔を上げた先で、

「ゆ、ゆう……さん……?」

少年は不思議そうにこちらを見下ろしていた。





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