捻くれ者の俺は異世界を生き抜く

いのる

18.攻略開始

揺らいだ空間を抜けた先は暗闇だった。
さっきまであった外の光は完全に失われ、埃っぽくカビ臭い空気だけがそこにあった。
他の冒険者たちは凄まじい勢いで我先にと迷宮内に入って行った。その勢いに押されてほんの少し入るのが遅かった俺は完全に出遅れていた。既に先に入った連中の姿はなく、近くに明かりさえ見えはしない。
そうだと思い出し、ボックスリングから取り出したい物をイメージした。
その瞬間亜空間より手元に取り出されたのは、マレに買ってもらったランタンだった。
そんじょそこらのランタンではない。このランタンの内部には魔力石が入っていて、炎の代わりにこの魔力石が発光する。石に蓄積された魔力が底を突くと、再び魔力を流し込み魔力を貯め直す必要がある。
このように魔法を応用された道具のことを魔道具と呼ぶ。既にセットされた魔法を使うことで、魔法が不得手な人間でもその使用を可能にした便利極まった代物だ。
使い方は簡単で、ただ魔法を使う時と同じようにイメージすればよい。すると既にセットされた魔法が勝手に発動する。
俺はランタンを白く発光させるイメージを持つと、ランタン内の石が眩い光を周囲に放った。
あんまりにも眩しくて思わずうわっと目を細めた。初めての使用で調整を誤ったらしい。
すぐに光を弱めて周囲を照らした。
明るくなった事である程度その場所の状況を把握出来た。この迷宮内は四角い石を積み上げて造られた遺跡のようなところだ。あちこちに苔がこびりついていて、随分昔に造られた遺跡なのかと何となく思った。
この雰囲気だと確かにそこかしこにお宝が眠ってそうな気がしてくる。
暗闇でひとりぼっちという孤独感とちょっとした恐怖、ただどこかワクワクと胸踊る様な感覚も同時にあって変な感じだ。小学生の時に教科書を忘れ夜の学校の廊下をひとり探検気分で歩いていた、あの時の感じに似ていた。
しかしこんな場所でいつまでも突っ立っていてはどうにもならないので、俺はランタンを腰に取り付け剣を抜いてとうとう遺跡内を歩き始めた。

コツコツ革でできた靴が音を響かせた。その度に緊張感が増していく錯覚さえする。
迷宮内には魔物だけじゃなくトラップもある。いつだって気は抜けない。
遺跡内は迷路のように入り組んでいて、進む度に分かれ道が増えていく。その度に自分の直感を信じて突き進む。
しばらく進んだところで立ち止まって地図を広げた。地図は古ぼけた羊皮紙のような材質で、巻物のように端には木製の棒が付いていてその先端部に魔力石がはめ込まれている。これも魔道具だ。この世界の地図は魔力石が使われているものが主流らしい。
この地図は常に周囲に薄い魔力の波を放っており、一度通った場所の魔力の痕跡を地図内に記憶してくれる。つまり自動マッピング機能が搭載されているのだ。
開いたマップにはこれまで歩いてきた道が記されている。道を間違えたなら引き返して別の道を歩く。それを繰り返し行う事で迷宮内の構造を把握出来、攻略に近づいていくのだ。

「さっきの道を左だったかな……」

目の前には壁が立ちはだかって行き止まりになっている。こんなのがこの迷路にはいくつもあるのだから、探索には物凄く時間がかかりそうだ。
俺は踵を返し、元来た道を引き返す。
さっきの十字路まで戻ってきて、今度は左に曲がってみる。
少し歩くと、前方の暗闇に赤い点のような光りが二つ見えた。
目だ。
すぐにそう思った。暗闇の中で動物の目が光るように、魔物の目も光るのだろう。
目を凝らしてよく見ると、その目の付近にまたひとつまたひとつと同じく赤く光る目がこちらを見ていた。奴らは天井に張り付いているように見える。
近づくと攻撃してくるよな、と思いながらも進むしかない。丁度いい腕試しだと思い、俺は剣を構えて一歩ずつ近づいた。
その瞬間、甲高い声を上げて奴らは飛び掛ってきた。体長五、六十センチ程のコウモリの様な生物、そう見えた。
視界に入るなり、右手に握った剣を躊躇いなく振り下ろした。

――あれ。

振り下ろした剣はもの鋭い音を奏で、一瞬遅れで眼前を飛んでいたコウモリの身体が中心からぱっくりと血飛沫と共に割れ落ちた。
余りの手応えの無さに一瞬惚けたが、続いて二匹、三匹と飛び込んでくるので慌てて剣を振った。
下から右上に切り上げるように敵を斬り裂き、そのまま勢いで身体をくるりと回転させ帰りざまに横一文字にもう一匹を斬り捨てた。
その瞬間に全身が暑くなる様な感覚を覚えた。
もしかしてと思ってステータスを確認してみる。




【雨宮優】Lv.3

性別:男
種族:人間族

体力:8693/8693
魔力:8693/8693
筋力:8693
防御:8693
敏捷:8693
感覚:8693

〈AS〉
・属性魔法(熱・風・雷)
・身体強化
・属性強化

〈PS〉
・属性耐性(熱)
・超回復
・言語理解

〈称号〉
・異世界人




レベルとステータスが上昇していた。
先程の全身を覆う熱はレベルアップの感覚なんだろう。
しかし正直〈超回復〉によるステータスの上昇量が多すぎて、レベルアップによるステータス上昇量が微量に思えてくる。
しかしそれよりも魔物の方に驚いた。
正直拍子抜けだ。迷宮の魔物は強い強いと散々マレから聞かされていただけに尚更。こうもあっさり勝ててしまうなんて、ひょっとして俺が強いのだろうか。あまり自信過剰は良くないが、一神達は俺の80分の1くらいのステータスでも充分強かったからちょっと自信はあったのだ。
まだこの世界での俺の強さの位置づけは判然としないが、今後も少しずつ様子を見ていこう。
俺は先へと進んだ。

またしばらく歩いたところで、辺り一面似た景色にようやく変化が訪れた。
階段があった。
しかも登りではなく下り。階段の奥を覗き込むと、呑み込まれそうな澱んだ空気と暗闇が待ち構えているように見える。
マレが言っていた。迷宮は下の階層へ行けば行くほどトラップの数は増し、魔物も手強くなっていくと。
唾をごくりと飲み込んだ。

「やってやるよ……」

正直恐怖がないといえば嘘になる。ただこの薄暗い環境にも慣れてきた。現状魔物は弱いし、マレが言っていた通りまずいと思ったら引き返せばいい。
俺は力強い足取りで古びた階段を下りて行った。

――――――

――――

――

いくつものトラップと魔物をかいくぐり難無く二層目を突破して、現在三層まで降りてきた。ここまで降りてきたところで流石に少し焦りを感じ始めていた。
何故か、この階層に来ても人っ子一人居ないからだ。流石に三層目ともなれば誰かしら遅れた冒険者が彷徨っていてもおかしくないと思っていたのだが、人の気配はまるで無い。みんなどれだけ進むのが速いのだろう。このままでは他の連中に宝を全て奪われてしまう。
しかし人影とは別にトラップや魔物の数は増えているようで、
ガコッと突然地面のブロックが沈んだと思ったら、前方の暗闇から物凄い速度で矢が飛んできた。

――くっ、三本!

飛んでくる矢をよく見て剣を振る。
鈍い金属音が立て続けに三回なって火花が散った。
飛んできた矢を全て弾いたあと、もしかして今のはかっこよかったなと心の中で自賛する。
ちょっと前まで数キロある剣をこんな速度で振り回せるなんて思ってもなかった。自分でも本当に強くなったものだと感心する。

「しかし急がないとな。ここまで来て何の成果も得られませんでしたじゃ話にならない」

俺は小走り気味で探索を続行した。
次の角を右に曲がり、下から飛び出してくる槍を飛びよけ、次に現れた大ネズミを剣で刺し殺しレベルアップ。
続いて二手に分かれた通路が現れ、何となく直感で右を選択する。
コツコツ歩いていくと突き当たりに壁が見えた。

「また行き止まりだ……」

ため息混じりに呟いて、元来た道を引き返そうと振り返った。

正に目と鼻の先数センチ、ドロドロに溶けた人間みたいな顔がそこにあった。
マ゛マァァァ。
痰の絡んだような変な呻き声を出し、同時に強烈な腐乱臭が鼻に張り付くように香った。
マ゛

「うわああああああ――ッ!!!」

腹の底から叫び声を上げながら反射的に右手に握った剣を振り抜いていた。
対物ライフルにでも撃ち抜かれたかのように怪物の頭が弾け飛び、振り抜いた剣先は遺跡の壁にぶち当たり火花を散らしてズガガと壁に大きな傷跡を残した。

「はあっ、はあっ、」

たった今、間違いなく寿命が縮んだ。
この薄暗い空間でこの見た目の魔物は反則が過ぎる。
バクバクと暴れ回る心臓に手を当てて、腐った血肉を撒き散らし地面に倒れ伏した人型の魔物を見下ろした。
グール、と言うやつだろうか。城の図書館で見た本にこんなやつが載っていたのを覚えている。
死体を見ていると吐き気がしてきた。夢に出てきそうなので足早にその場を立ち去った。

またしばらく探索したが、やはり未だ人も宝も見つけられないでいた。もしかして今頃下の階層では既に他の冒険者達が宝をがっぽりと見つけているんじゃ。この階層のどこにも宝が見当たらないのは、既にここを訪れた冒険者達が宝を持ち去ったからでは無いのか。そんなことを考えてより一層焦りは増した。
どうしよう。
このままではいつまで経っても宝は手に入らない。何か考えなければ、そう思ったときひとつの妙案が思い浮かんだ。

「要は下の階へ降りられらばいいんだよな」

今までは階段を探してから下へ降りていた。だがそんなもの態々探さずとも、地面に穴を開けて降りれば一発じゃないか。そう考えるととても素晴らしい案に思えてきて、どうして今まで思い付かなかったんだろうと後悔すらした。
そうと決まれば早速やって見よう。
この分厚そうな地面を破壊するには手っ取り早い方法がある。高威力の魔法による爆破だ。熱と風の複合魔法を成村がいつも使っていて、俺もいつかやってみたいと常々思っていた。ただこれまでは俺の魔力量が少なすぎて高威力の魔法は使えなかった。
けど魔力量の多い今なら出来る。

右手を地面に向けた。
その右手に魔力を込め、まずは風魔法で濃度の高い酸素と可燃性のガスを作り出し一点に集め圧縮していく。
作り出しながら一体どれだけ魔力を込めればいいのだろう、と疑問に思ったが属性適正のない俺は成村よりも多く魔力を込める必要があるはずだと思い、目一杯魔力を込めて行く。
その際に右手にピリピリとした痺れを感じ始めた。だがそれ以外特に異常もないので続行。
酸素とガスがパンパンに圧縮された空気の塊が今右手の先にあって、圧縮を維持するだけでも結構な魔力を使っている気がする。
準備は整った。後はここに熱魔法で爆発のイメージを込めれば、

「――――――」

それは刹那の出来事だった。
俺が爆発のイメージを込めて熱魔法で着火した。そこまでは分かる。しかし次の瞬間に視界は青白い光に包まれ、その後世界から音が消え去った。
そして数秒後に目を開けた時には、暗闇の中瓦礫の上で仰向けに寝転がった俺が惚けた面で大穴の空いた天井を眺めていた。

「し、死ぬかと思った……」

心の底からポツリと言葉が出てきた。
炎は正にガスバーナーの如く青白く、熱に耐性を持つ俺の身体を焼き焦がすほど膨大な熱量を持ち、圧倒的な衝撃と破壊力で幾層もの床をぶち抜いた。
上を見上げると何処までも暗い穴が続いていた。一体どれだけの階層をショートカットし落下してきたのだろうか。今自分が何層に居るのか分からない。
俺が放心状態で少し天井を見つめていると、周囲に散らばった瓦礫の山がなんとひとりでに動きだし、破壊された天井に次々と張り付いていく。

「え?」

そしてあっという間に天井の穴は塞がり、綺麗さっぱり元通りに修復されてしまった。

「な、嘘だろ!」

どうやら迷宮内の壁や天井は破壊してもすぐに修復されるらしい。
ただこれは良くない状況だった。今自分が何層にいるのかも分からないまま、たった今目の前で帰り道は塞がれ、これまでのマッピングが全て無意味と化した。
マップが使えないということは、迷宮を抜ける際にも上への階段を探して歩き回らねばならないと言うこと。つまり超面倒くさい。
最悪の場合先程のように爆破で天井に穴を開けて、穴が塞がる前に上の階へショートカットするしかない。ただ威力の調節がまだ難しいため、なるべく高威力の魔法は避けたい。しくじって自滅なんてパターンは一番最悪だから。ならば残る手段は、

「他の冒険者のマップを奪うしかないな」

なかなか酷いことを考えている自覚がある。しかし俺としては自分さえ助かればそれでいいし、この際他人が死のうが知ったことでは無いのだ。
作戦を考えてみた。まず迷宮内にいる他の冒険者を探し、いつものように作り笑顔と嘘八百で油断させ背後から攻撃、そしてマップを奪い逃走。完璧な流れだ。
やることが決まったので再び歩き始める。まずは宝を探しつつ、人を探すところからだ。










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